いいレンズ

　はじめに、僕はオカルト研究会に在籍していますが、オカルト関連のことはあまり信じていないこと。これを宣言しておきます。科学の及ばない領域を検証すること、これが僕のやっていることですね。

　有名な話ですと、人の見える光の種類はあんがい少ないこと、これはとても分かりやすいところでしょうか。光というのは放出された余剰エネルギーの一種なんですが、観測しなくても問題なかったり、別の方法で観測できたりする光は感知できないんです。ただし……こういった科学だけでは説明できない分野もある。

　これなんですが、現物です。型番は「CF-030」、20XX年三月に発売されたもので、前年に発売された020とそんなに変わらない性能だったようです。では何がいいのか、何を根拠に型番を分けたのかという話なんですが。これがどうも、「霊の映らないレンズ」、という触れ込みだったようで。いえ、公にコマーシャルされたわけではありませんよ。業界内の噂程度で、買った人も信じてはいなかったでしょうね。

　ところが、このくだらない風説にふたつの情報を組み合わせると、ぐっとその信憑性が増してくるんです。まずはひとつめ、この年のこの月から半年ほど、全国で行旅死亡人や行方不明者が例年の四倍から十倍に増加していました。もうひとつ、この年から夏のホラー番組、具体的には心霊写真を扱った番組が激減しています。

　ああ、行旅死亡人というのはですね。かんたんに言うと「身元や住所不明で、引き取り手のなかった行き倒れ」のことです。ふつうは身元が分かる所持品がありますし、そこから身元保証人や引受人も出てきます。そういうことが分からない、どうしてここで死んでいるのか分からないうえに、誰か分からないまま火葬されてしまうんですよ。いちばんひどかったのがＫ県で、県内だけで二千人近い行方不明者が出ていますね。

　皆さんご存知だと思うので、あえて言うまでもないことなんですが。Ｋ県は霊場が多く、心霊スポットもかなりの数あります。有名な伝承も多数あって、妖怪が出たとされている場所でもあります。のちに身元が判明した行旅死亡人や行方不明者の住所を調べたところ、とても興味深い情報がいくつも出てきました。

　まず、夏のホラー番組にいくつも心霊写真を送り付けていた常連が、番組ごとに三十人程度。全盛期では十以上あった番組それぞれに重複して、同じハンドルネームを使っていた人物が二十八名いました。全体では六百人以上いましたが、数回のみ・一度きりの人が半数を超えていて、データとしては使えませんでしたね。

　かれら二十八名は、全員が同時期に姿を消していました。ブログを運営していたのが八人、どれも20XX年三月以降……四月から六月までに投稿が途切れています。20XX年度に放送されたホラー番組に贈られた写真の中には、かれら二十八名のハンドルネームはひとつもありませんでした。つまり、全員が写真を撮るまたは送るのを辞めたか、そうしていられない状況に追い込まれたことになります。

　また、行旅死亡人データベースにある特徴的なシャツが、あるブログ運営者の自撮り写真と一致した例もありました。このひとつの根拠ではとても弱いのですが、その年の行旅死亡人データベースに書かれているご遺体の発見状況、それに推定される死因もそうとうに異常なものばかりでした。川で発見された数人が手をつないだ焼死体、内臓を抜かれてうつ伏せになった遺体が全国で計十二名、木の枝に突き刺さった遺体が全国で計六名。明らかに異様なものばかりでしたが、当時それらしい報道を聞いたことはありません。

　これら根拠から、ある結論を導き出すことができます。この「CF-030」こと「霊が映らないレンズ」は、人々の……とくに心霊がらみの危険に対する警戒心を解いてしまい、かれらが死ぬ原因を作った。いえ、「何も映っていないから危険ではない」だのと言った考えが正しいとも思いませんし、なぜそういった自然な警戒心が消えるのか、理解不能ですが。

　こうやって結果から辿るのも、悪くはないでしょう？　ン？　さあ……僕は事実にしか興味がありませんから。ああ、その話ですか。これが本物かどうか。型番だけで言えば本物ですよ、それ以上のことは何とも。

　使ってみますか？