ひと夏の思い出

新田光

ひと夏の思い出

 片田舎の神社にていつもは灯されていない灯りが見える。


 夏祭り。


 といっても、八月三十一日行われる夏最後のお祭りだ。


 ここでは小さいながらも屋台が出店し、メイン項目として小規模の花火が打ち上げられる。


 その祭りに参加する予定だった橘千夏たちばなちなつは、走りにくい草履で小走りに急いでいた。


「ごめーん、待った?」


 手を合わせながら、舌をぺろっと出して鳥居で待っていた男性へと謝る。


 色白な肌を持ち、恵まれた容姿の持ち主。小柄でスレンダーな体型すらも、今来ている水色の着物と相性がよく、非の打ち所がない。うなじがくっきりと見える茶髪のポニーテールが、彼女の魅力をさらに際立たせる。


「待ったけど、これくらいは問題ないよ」


「そう? なら良かった」


 幼馴染である夏木誠也なつきせいやがいつもとは違う口調で返事する。それを見て千夏は、


「私といると人柄変わるねー。いつもはモジモジしてるくせに」


千夏ちなつとは幼稚園から一緒だし、今さら恥ずかしがるのもおかしいでしょ」


「それはそっか!」


 納得したかのように言葉にしたのち、彼の手を取る。


 そのまま千夏ちなつは彼をリードしていき、最初の目的地へと辿り着いた。


「射的! 射的やろ!」


「急に連れて来てそれはないでしょー。そんなだからモテないんだよ」


「いいもん! 私には誠也せいやがいるし」


 千夏ちなつの言葉を聞いて、誠也せいやは袴を仰ぎながら目を逸らしていた。彼の行為に千夏ちなつは小首を傾げた。


 謎の行為を見た彼女だったが、すぐに気持ちを切り替える。


「おじちゃん! 射的一回ね!」


「おう! なっちゃん。今年も来たか! 今年は取れるかなー」


「今年こそは取るもん! 見てなさいよ!」


 意気揚々と答え、おじさんに三百円を渡して置いてあったコルク銃を構える。


 狙いは犬のぬいぐるみ。この屋台で唯一彼女の気を引いた代物だった。


 しっかりと狙いを定めて……一発。掠めることすらできず、次のコルクを装填。


 二発目は成功するようにさらに集中力を研ぎ澄ましていく。だが……


「惜しい!」


 当たったが、当たりどころが悪かったのか少し傾いただけ。


 最後の一発に望みをかけ、意識をあのぬいぐるみの重心にのみ傾ける。そして……


「あちゃー、残念だったね」


 意識を研ぎ澄まさせてしまったことが原因で、今度は盛大に外した。


「はぁ〜、自信あったんだけどな〜」


「今年もワシの勝ちじゃな!」


「ぐぬぬぬ〜!」


 小学生の頃から毎年恒例になっている千夏ちなつとおじさんの戦い。それにまたも敗れた。


 千夏ちなつとしてはなけなしのお金で挑戦したのでショックが大きい。


 もう一度挑戦しようか悩みながら、花柄の財布の中を確認していく。


 祭りでは『絶対に食べたいもの』があるので、とても悩む。でも、おじさんに今年こそは勝ちたい。


「じゃあ、僕が取ってあげるよ」


 誠也せいやの言葉に千夏はちょっとだけびっくりした。


「おっ! せいちゃんが自分からそんなことを言うなんてなー。さては、なっちゃんに気がある?」


「そ、そんなんじゃないです」


 おじさんの揶揄いに誠也せいやは照れながら答える。


 その後、咳払いをし、前髪を掻き上げてからコルク銃を手にして狙いを定めた。


 念願の犬のぬいぐるみ。


 祭りが開催された二十年前から一度も取られていない幻のぬいぐるみだ。


 ぬいぐるみ自体は五年おきに変わっているため、二十年前のものとは違うが、おじさんが千夏や子供達のために五年おきに全く同じぬいぐるみを作ってくれているらしい。


 そのため、魂だけは二十年前のぬいぐるみと何も変わらない。


(今年こそは取る!)


 狙いを定めてコルクを発射。しかし……射的初心者だった彼は掠めることすらもできない。


 二発目も三発目も同じ結果になり、失敗に終わる。


「くそ!」


「ははははは! 残念だったね。でも、男気を見せてくれておじさん嬉しいよ。はい、これ」


 そう言ってペロキャンを二つ渡してくれた。


「来年は勝ちますから!」


「おう! また待ってるからな」


 おじさんと来年の約束を果たし、指切りをした。


「じゃあ、次どこ行く?」


 また自分勝手にリードしていこうとするが、「ちょっと、僕のやりたいことも聞いてよ」と誠也が制止する。


「ごめんね。じゃあ、どこ行きたい?」


「金魚すくい行こうよ」


 意外な言葉が投げかけられてキョトンとする千夏ちなつだったが、誠也からこう言ってくれたので嬉しかった。


「おじさん! 一回お願い」


「おー、誠也せいやくん。君から来るなんて珍しいね。毎年千夏ちなつちゃんに嫌々連れられてだったのに」


「そ、そんなことないですよ」


 おじさんの言葉に反論しながらも、彼は目の前の金魚をすくっていく。


 だが、コツとかを気にしたことなどない彼はすぐにポイが破れていってしまう。


「こうやるんだよ」


 千夏ちなつが隣でポイを受け取り、手際よく金魚をすくっていく。


「僕だってこれくらい!」


 悔しさを滲ませながら、千夏ちなつに張り合っていく誠也せいや


「じゃあ私も!」


 二人はバチバチにやり合い、いつしか金魚すくいは勝負になっていた。


 だが、この勝負はやるまでもなかった。


 千夏ちなつが圧倒的に差をつけて勝利したからだ。


「あー、なんでだよ!」


「だって誠也せいや、ポイの持ち方がなってないんだもん! それに、金魚の動きをしっかり見て、包み込むようにして取るんだよ。こんな風にね」


 お手本を見せるように、軽々と金魚をすくってみせる。


千夏ちなつちゃん、毎年上手くなっていくね! おじさん困っちゃうなー」


「そうですか? 練習の成果が出たってことですかね」


「そうかもね」


 おじさんに褒められたことで俄然とやる気になった彼女は、さらに金魚を取っていく。


 全ての金魚をすくうくらいの勢いの千夏ちなつ。結局、調子に乗って二十匹くらい取ってしまった。


「で、毎年のように返すんだろ?」


「バレた? ウチの親が金魚嫌いだから、持って帰っても飼わせてくれないし、この子達も他のお客さんに渡る方がいいもんね」


千夏ちなつは優しいよな」


「そう?」


 誠也せいやの言葉に首を傾げ、二人は立ち上がる。そして、おじさんに「またね」と告げて、次の屋台へと向かって行った。


 その後は型抜き、ヨーヨー釣り、輪投げと色々な屋台で遊んだ。


 結局、どれも勝負になってしまったが、全て千夏ちなつが勝つ結果となった。


「あっ! そろそろ花火の時間だね」


「もうそんな時間かー」


 千夏ちなつの言葉で二人は花火が見やすいスポットへと移動……しようとしたが、


「綿菓子買っていい?」


千夏ちなつ、綿菓子好きだよね」


「うん、子供の頃の思い出だからね」


 満面の笑顔で話をする千夏ちなつ


 あれは小学校三年生頃の話。


 この祭りに毎年誠也せいやと来るのが恒例となっていた。


 そんな彼が自分の小遣いを叩いて買ってくれた。その行為がとても嬉しくて、彼女はこの時から毎年購入している。


「はい、今年もありがとうね千夏ちなつちゃん」


「いえ、思い出だけは消したくないんです。いつかこの町を出ていく時が来ても……この思い出だけは」


 高校生二年生の千夏。


 大学は都会に行こうと決めているため、おそらく来年が最後になる。


 たとえ引っ越したとしてもこの祭りにだけは参加したいと思っているのだが……それが叶えられるかはわからない。


「花火始まっちゃうよ」


「はーい。行ってきます!」


 屋台のおばさんの言葉に答え、誠也せいやが待つ河原へと歩いていく。


「ごめんね。待たせて」


「いいよ。毎年のことじゃん」


「何よそれー」


『ハハハハハハ!』


 二人で笑い合う。その時、『ドーン』と上空で大音量の花火が打ち上がった。


 大光量の花火が二人の笑顔を形取る。その姿はとても美しかった。


「ねぇ、誠也せいや


「何?」


「来年も来ようね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひと夏の思い出 新田光 @dopM390uy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画