天女の住む時計台
大隅 スミヲ
第1話
記録映像:1999年7月某日
薄暗い空間が広がっている。映像は古いため、時おりノイズが入っていた。
場所は、街はずれにある時計台だった。以前は観光名所として知られていた場所だったが、それ以外に名物のなかった街に観光客などが来るわけもなく、いまは閑古鳥が鳴く場所となっている。
画面の右奥には男の姿があった。懐中電灯の明かりだけが頼りであるため、顔はよく見えない。
「ここで最後だ。気をつけろ。よし、大丈夫だ」
男は撮影者に話しかけながら歩いているため、画面の中からこちらに話しかけてきているような錯覚に陥る。映っている男は佐々木といった。地元の私立大学生である。
カメラが佐々木に追いつき、佐々木の背中に焦点が合う。
「本当にやるんですか。ここって、噂じゃ――」
撮影者が小声で佐々木に問いかける。撮影者は高木という佐々木の大学の後輩だった。
「やるに決まってんだろ。高木、お前は何しに来たんだ。あれを映像に収めるんだろ。知り合いに、こういうビデオを集めている会社の社長がいるんだ。この映像は高く売れるぞ」
「さっきから変な感じがするんですよ。ここって、普段は立入禁止の場所ですよね」
そう言ったのは今井英恵だ。
カメラが今井の方へと向けられる。彼女は両腕で自分の体を抱きしめ、不安そうな表情を浮かべていた。
「大丈夫だって。老朽化が進んでいるから立入禁止なんだよ。まさか今井ちゃんは、あの噂を本気で信じているのか」
そう言いながら佐々木は笑って見せた。
佐々木は懐中電灯の明かりを頼りに、目の前にあった扉のノブに手をかける。扉は錆びており、軋んだ音を立てながらゆっくりと扉は開いた。
カチ、カチ、カチ、カチ。
何か規則正しいリズムで音が聞こえる。
懐中電灯の明かりが空間を舞い、その正体を突き止める。
「うわっ、なんだこれ」
映像が佐々木の顔を横切り、奥にある空間へと移る。
広々とした空間。壁一面に、小さな歯車や
懐中電灯の明かりが振り子時計を照らす。時計の文字盤の数字は奇妙なことに、すべてが漢数字だった。
そして、文字盤のガラスには、まるで指で描いたような無数の引っかき傷が付けられている。
「なんなんだよ、これ……」
「佐々木さん、これって」
カメラが振り子時計の近くまで進み、映像がアップになる。その歯車や螺子はすべてが手作りのように見えた。そして、なぜかそれは動物の骨を連想させるようなものだった。
その時だった。突然、静寂が訪れた。映像の音が消えたのかと思ったが、そうではない。先ほどまで聞こえていたカチ、カチ、カチ、カチという振り子時計の音が止まったのだ。
映像の中で佐々木の目が泳ぐかのように左右に何度も行ったり来たりを繰り返している。
妙な緊張感が漂っていた。
「佐々木さん、戻りましょう。なんか変です」
今井が怯えた声で言う。
「なんだ、これ……」
今井の言葉を無視し、カメラの映像は振り子時計の裏側へと回り込む。
時計の裏側。そこには小さな扉があった。大人が屈まなければ入れないほどの小さな扉であり、なぜかその扉のノブには黒い髪の毛のようなものがぐるぐると巻きつけられていた。
カメラを持った高木の手がその髪の毛のようなものを払い除け、ノブに手を掛ける。
「ひっ」
誰かの小さな悲鳴が聞こえた。映像からは誰の悲鳴であったかは判別できない。男のものとも女のものとも思える悲鳴だった。
扉が開けられる。
中は真っ暗であり、懐中電灯の光は届かなかった。
闇の中で何かが動いた。白い何かだ。
「ひっ」
また小さな悲鳴が聞こえた。
カメラが揺れる。横向きになった映像。おそらく、高木がカメラを床に落としてしまったのだ。
ゆっくりと白い物体が近づいてくる。それは白い着物を着た若い女性だった。
彼女は目を閉じて、微笑んでいる。彼女の顔は、この世のものとは思えぬほどに美しかった。
奇妙なことに気づいた。彼女の足は地面についていなかった。浮いているのだ。
落ちているカメラに気づいた彼女は、それを拾い上げる。
映像は彼女の顔がアップとなる。彼女は、微笑んだまま口をゆっくりと開いた。声は聞こえない。落とした時に音声は壊れてしまったのだろうか。彼女が開けた口からは、小さな歯車がポロポロとこぼれ出てきていた。
ヒッヒッヒッヒッ……
映像が乱れた。ノイズが走り、女性の悲鳴のような甲高い声が聞こえてくる。いや、悲鳴ではない、笑い声だ。
そして、映像は途切れた――。
ニュース報道:1999年8月25日深夜
男性アナウンサーが深刻な顔で、大学生三名が失踪したニュースを読み上げる。
映像には、佐々木、高木、今井の三名の顔写真が映し出されていた。
「――時計台で撮影されたとされる映像が発見されており、地元警察は三人の行方を追っています。時計台は老朽化から立入禁止となっており、来月に解体される予定でした。専門家の話では――」
天女の住む時計台 大隅 スミヲ @smee
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