平尾夕希とは、関わるな。

至璃依生

平尾夕希とは、関わるな。



 平尾ひらお夕希ゆきとは、関わるな。


 それは、この学校において、彼女に対する評価の「極論」である。


 極論が故に、その理解はかなり極端になる。その扱われ方こそ極端とも思うが、しかし、だからといってこの校内の誰もは、その事を僅かなりとも訂正しなかった。



「こんにちは」



 だから今や。この学校で、彼女と関わる生徒は、もういない。その上、先生たちでさえ、立場上は仕方なく関わるものの、内心では先程の極論に理解がある始末。もはや平尾夕希は、誰からも避けられる存在になってしまっていた。


 俺もまた、その内の一人。彼女とは、一線を引いている。


「……ッ」


 放課後。誰もいない廊下。夕焼けが、校内を赤く染める。


 今日は、特に訳もなく暇つぶしに、完全下校の時刻まで教室に残っていた。この日は部活動もなく、もう生徒全員が帰宅していた。その筈だった。


 俺は静かになった教室を出て、ひとり、廊下を歩く。するとしばらくして、後ろから声が聞こえた。


 誰もいないものだと思ったので、躊躇いながら振り返れば、そこには平尾夕希。こんにちは、と挨拶されたが、俺には急なことで声が詰まる。


「――――」


 彼女は、なんとも感情が読めん顔で、こっちを見る。無表情とはまた違う、無言の顔。瞬き一つせず、彼女はずっと見てきた。 

 

 それに、完全下校時刻だというのに、彼女はかばんも何も持っていなかった。しかしその代わりに、なぜかその右手には、少しだけ開かれたが握られていた。


 でも、それは次の瞬間、どうでも良くなった。


 彼女はハサミを持ちながら、俺をじっと見る。問題は、その真っ直ぐな視線だった。その視線が、俺をぞわりとさせた。


 俺を見る彼女の視線。それが、ほんの少し、左にズレている。


 そう。彼女は、さっきから俺を見ているようで、見ていなかった。


 ただ静かに。俺の背後を、ずっと見ていたのだった。


 ――――何を、見ている。


 すれば、俺の頭に過ったのは、あの「極論」と、だった。俺は彼女を置いて一目散に逃げ出し、すぐに側の階段を駆け下り、そのまま学校から飛び出していった。


 あの後、彼女はどうなった、まだ校内に居るのか――――いや、今は逃げるんだ。俺には、さっき彼女が「何を見ていたのか」が分かってしまったのだから。


 平尾夕希とは、関わるな。それは、この学校において彼女に対する評価の極論である。


 極論が故に、その理解はあまりにも極端だ。しかしその形は「決して間違ってなかったのだ」と、翌日、俺は思い知ることになる。


 実は最近、この学校付近に、凶器を持った不審者が出没しているという注意喚起があった。


 そして、昨日午後五時頃。「誰か」の通報により、不審者は発見された。しかし警察が駆けつけた際には、もはやという。





 そして、本日。平尾夕希は何事もなく登校していた。


 俺は、初めて平尾夕希あいつが気になった。あの日、あの時、ハサミを持って、いったい何をしていたのか。恐らくだが、それを訊く権利は、俺にはあるだろうから。







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