落陽の果てに、光あり

@k-shirakawa

落陽の果てに、光あり

第一話:栄光の頂


彼の名は神谷蒼一郎かみや・そういちろう

世界的飲料メーカー「アクアリス・グローバル」の会長であり、経済界の重鎮として「未来経済フォーラム」の代表幹事を務める男だった。

その名は、政財界に響き渡り、彼の言葉一つで株価が揺れるほどの影響力を持っていた。

そして部下にはめっぽう厳しかった。


だが、2025年の春。

アメリカ出張の帰途、彼は一つのサプリメントを購入した。時差ボケに悩まされていた彼に、現地の友人が強く勧めたものだった。

「合法だ。安全だ。君の健康に必要だ」

そう言われ、彼は疑うことなくそれを手にした。


第二話:疑惑の影


そのサプリメントが、日本では規制対象の成分「THC」を含む可能性があると報じられたのは、数ヶ月後のことだった。

福岡でその製品を受け取った知人の弟が逮捕され、捜査の矛先は神谷の自宅へと向けられた。


「私は知らなかった。違法性はないと信じていた」

記者会見で彼はそう語った。

だが、世間は冷酷だった。

「名声に胡坐をかいた男の転落」

「経済界の顔が、違法薬物に関与か」

メディアは彼の過去の功績を忘れ、疑惑の炎を煽った。


彼はアクアリス・グローバルの会長職を辞任。

未来経済フォーラムの活動も自粛。

政府の諮問会議の委員も、判断を委ねると述べた。


彼の世界は、音もなく崩れていった。


第三話:沈黙の季節


神谷は、東京郊外の自宅に身を潜めていた。

かつて政財界の要人たちが集い、賑わいを見せた邸宅も、今では静寂に包まれている。

彼は毎朝、庭を散策しながら、過去の自分と静かに向き合っていた。


庭の奥には、滝の水しぶきが激しく打ちつける池がありその周囲には四季折々に植物たちが趣のある表情を浮かべる。

その池には、かつて全日本品評会で総合優勝を総なめにした紅白、大正三色、昭和三色、五色などの錦鯉が悠々と泳いでいた。

会社の部下たちを招いた懇親会では、誇らしげにその鯉たちを披露したものだった。

しかし今では、水は濁り、神谷が近づくと、鯉たちは底へと沈み、姿を見せなくなっていた。


「まさに今の私と一緒だな」

名声が高ければ高いほど、その信用を失った瞬間から人も何もかもが近寄らなくなる。


「私は潔白だ。だが、甘かった」

彼は静かにそう認めた。

名声とは、信頼の上に築かれる儚い塔のようなものだ。

その信頼を守るには、細心の注意と、何よりも謙虚さが欠かせない―― 神谷は、ようやくその重みを痛感していた。


第四話:再生の光


半年後、神谷はある地方都市の小さな講演会に姿を現した。

テーマは「信頼と再起」だ。

彼は壇上で語った。

「私は過ちを犯したとは思っていません。しかし、信頼を失ったことは事実です。だからこそ、私はもう一度、信頼を築き直したい」


彼はその後、若手起業家の支援団体「リスタート・ジャパン」を立ち上げ、地方の中小企業と共に歩み始めた。

かつてのような華やかさはない。

だが、彼の言葉には、かつて以上の重みがあった。


最終話:落陽の果てに


2027年春。

神谷は再び、未来経済フォーラムの壇上に立った。

今度は、名誉職ではなく、招待講演者として。

彼は語った。

「人は、過ちを犯す。だが、過ちを認め、歩み直すことができる。それが人間の強さだ」


会場は静まり返り、そして割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

神谷蒼一郎――かつての栄光を失った男は、今、別の光を手にしていた。


―了―

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