天女の住む時計台
藤泉都理
天女の住む時計台
カチン、カチン、と。
時計台の秒針が厳かに動く音がする。
カチン、カチン、と。
時の進む音がする。
わらわたちの世界にはない音だった。
時が止まったわらわたちの世界にはないこの音に、耳をそばだてるのが好きだった。
カァアアアン、カァアアアンと。
朝の六時と夕方の六時を知らせる澄んだ鐘の音も。
時計台の美しく精巧に組み立てられた金属の歯車も。
町を見下ろせる高く大きなレンガ積みの時計台も。
大好きだったけれど、時々だった。天上からここに訪れるのは。
時々で満足していたのだ。
あやつに出逢うまでは。
あやつに恋われるまでは。
共に生きてほしいと。
未来永劫愛している今この時の生が終えて輪廻転生を幾度果たしてもなお、ぼくは必ずまた君に恋に落ちると、
赤らんだ顔で、真摯な顔で、とても胸を打つ顔で、
「言っておったのにのう」
時計台の窓の縁に座っていた天女は、ジト目でかつて熱い告白をしてくれた男の成れの果てを見つめた。
「好き」だの「す」すら伝えないやんちゃ坊主を見つめた。
「この大ウソつきめ」
「え? 何か言った? 天女様」
「今回はうまくいくとよいなと言った」
「えへへ。うん。今回はうまくいくよ絶対に」
「うむ。さっさと行け」
「行ってきます」
カァアアアン、カァアアアンと。
夕方の六時を知らせる鐘の音が鳴り響く。
昔は時計守が数人で鐘の音を手動で鳴り響かせていたのだが、今は自動で鳴り響くのだ。味気ない事だと、天女は思った。
「しかし、本当にあやつはわらわが愛した
忽然と姿を消したやんちゃ坊主、もとい、天女が愛した男、奏は、輪廻転生を果たした先で発明家の卵になっていた。つい先程も、この鐘の音のエネルギーを利用して、タイムスリップを果たしたのだ。
目的は一つ。
メロン、モモ、ナシ、ブドウの旬で豪華なパフェを妹に食べられるのを阻止するためである。
これで五回目の挑戦であった。
四回ともことごとく失敗しては、妹に辛酸をなめさせられているらしい。
(新しいパフェを買えばいいと言えば、妹に食べられた事が悔しいんだこれは兄の意地だと。っは。くだらん。くだらなすぎる。本当にあやつはわらわが愛した奏か? っふ。奏だ。わらわがあやつの魂の音色を間違えるはずがない。はあ。もう時計台に暮らすのは止めて天上に帰るか。あやつが転生するのを今か今かと待ち望んだ結果、おバカなやんちゃ坊主の爆誕とは。いや。まあ。退屈はせぬし。今暫し、様子を見るとするか)
「どうじゃ。成功したか?」
「………また五日後に挑戦します」
「そうか。がんばれよ」
「はいっ!」
ここに戻って来た時に見せていたぶすぐれ顔を一変させた奏を前に、惚れた弱みよのうと独り言ちた。
「え? 何か言いましたか? 天女様?」
「五日後はうまくいくとよいなと言ったのだ」
「えへへ。うん。今度はうまくいくよ絶対に」
「うむ。はよう帰れ。家族が心配するぞ」
「はあいっ!」
手を振って元気よく駆け走っていく奏を、天女は目を細めて見つめたのであった。
「まあ。今暫くは、な」
(2025.9.4)
天女の住む時計台 藤泉都理 @fujitori
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