あまりの暑さに部活の顧問に殺されそうになった話
利楽山
第1話
05:30
スモーキン・ビリーが携帯電話から鳴り響いた。
大好きな曲だからアラームとして設定したのだが、憂鬱な1日の始まりを告げる狼煙と化してるキレキレのイントロも、最早嫌いになりつつある。
寝ぼけながら洗面台に向かうと、相変わらず冴えない自分の顔が映っていた。なんとも隈がひどい。
昨晩は携帯をいじりすぎて寝入ったのが日付が変わってからとなってしまった。
それでも顔を洗い、歯を磨き、入念に寝癖を治した。寝癖に関して言えばそれが原因で「やつ」の逆鱗に触れたことがある。
昨年一度だけ遅刻をしかけたことがあって、大慌てでグランドまでいったところ、奇跡的に遅刻は免れたのだが、寝癖が爆発したままであった。
「やつ」は身だしなみにとにかくうるさい。ちょっとでもルーズだったりチャラついた格好をしようものなら制裁が待っている。縦横無尽に飛び跳ねた寝癖を披露した結果、見事に坊主という制裁を受けたのだった。
そのトラウマがあってか、こと寝癖治しに関しては余念がない。あれからここまで大事に伸ばした髪をこんなつまらないことでお別れしたくないのである。
入念にセットした頭を何度も確認し、ジャムをベッタベタになった食パンという粗末な朝食を終え、玄関を開けるととんでもない熱気と蝉の声が出迎えてくれた。
そういえば、ニュースで今日の最高気温は今年1番の暑さになるおそれがあるとか言ってたような。
この異常な暑さが憂鬱な気持ちに追い討ちをかけられながも、自転車に跨った。
家から自転車を走らせて40分で通っている高校のグランドに到着した。
今日は練習試合で幸運にもホームで試合だったので移動はいつもと比べて楽な方だ。
ホームでの試合なのでグランドにラインを引いたりサッカーゴールを退かしたりと準備は面倒だが、それでも電車を乗り継いだりバスを使ったりという手間を考えるとこっちの方が断然いい。
いつも通り他の部員達と協力して準備に取り掛かっていると、グランドと国道を隔てているフェンス越しに、白いエルグランドが見えた。
「やつ」の愛車である。
今あの道を通過したということは、5分後にはこのグランドに到着するであろう。
しばらくすると部員達からざぁーすというもはや挨拶だか掛け声だかわからないような叫びが至る所でグランド中に響いた。
顔を上げると校舎の間からスキンヘッドにサングラスをかけた中肉中背、ポロシャツに短パンがお馴染みのスタイルのおよそ暴力団構成員と見間違われてとおかしくない男がズカズカとガニ股で歩いてきた
これが「やつ」である。我がラグビー部の顧問であり、監督であり、暴君であり、教祖であり、ストレスの根源である絶対的な存在なのだ。
キャプテンの「集合」という掛け声とともに皆が「やつ」に向かって一斉に駆け出した。
「やつ」を取り囲むような体系で集まったのち、ボソボソと今日のキックオフの時間と今回の試合のテーマを手短に伝えたられた後すぐに解散となった。
キックオフまで一時間もないので、すぐにウォーミングアップの準備に取り掛かる。
「やつ」相手の学校の顧問と親しげに話していた。気がつくと相手のチームもわらわらと現れ、いつの間にかアップの準備に取り掛かっていた。
誰かが小声で今日機嫌いいなとボソッと言った。
それを周りで賛同する人間が多数。
そう。残念な事に「やつ」機嫌はチームの士気に大きな影響を及ぼすのである。
1番理不尽だったのが贔屓にしている野球チームが負けたとかなんとかで半日走らされたりするほどだ。
指導なのか虐待なのかわからない指導に皆うんざりしながらもついていっているのがチームの現状である。
しかし、幸か不幸か今年のラグビー部の成績は絶好調だった。
新人戦は県ベスト4、関東大会予選では準優勝で見事関東大会行きを果たした。これは創部して以来の快挙で今年のラグビー部は大いに期待されていたのだ。
ちなみに今日対戦する学校は関東大会予選の2回戦でボコボコにしたチームであった。
チームでウォーミングアップをしながらも、周りではあちいーーーと文句をいったり今日のトライ数でアイスを賭けていたり、相手チームの何番がムカつくとかそんな下衆な話を自分達のチームメイト達がコソコソしているのを耳にした。
そう。皆「やつ」の前では大声で返事をし、キビキビ動いてはいるが、その裏には今日の相手は以前ボロ勝ちした大したことないチームで、むしろこっちが相手をしてあげると言わんばかりのムードが漂っていた。
そんな事を知ってか知らずか「やつ」はいまだに相手チームの監督と談笑を続けていた。
予想に反して試合は大苦戦を強いられた。
集散の早いフォワードとしつこいディフェンスで中々マイボールをキープできず、トリッキーなサインプレーに翻弄された。以前戦った時と別のチームのような変貌を遂げていたのである。
極め付けはこの暑さである。相手チームは自陣からでも積極的にボールを回して左右に振ってくる。ラグビーは反則やボールがタッチラインから出たらプレーが切れる。その瞬間が束の間の休息(もっとも、
セットプレーで力を発揮しなければならないフォワードにそんなことを言ったら殺されてしまうので口が裂けても言えない)となるのだが、相手チームの攻撃が始まるとそういったことが一切ない。
ミスも反則も最小限にして、延々とフェイズを重ねて来る。つまりは休憩なしで走り回り、ボールを奪取するまでの我慢比べのような試合展開になっていたので、相手に合わせて動くディフェンス側は体力の消耗が半端ではなかった。
サイズで圧倒していた味方のフォワードも最初は猛威を振るったが、次第に暑さと身体を当てては走り回るループで意気消沈していき、脚が止まってしまっていた。
自分のプレーは冴えていたのかというと、こちらも近年稀に見る絶不調であった。
汗で滑るボールを何度も落とした上、陣地を挽回しようとキックを蹴ってはミスキックを連発。
「何回ダイレクト蹴ってんだボケコラァァ!!!」
ベンチから怒号が聞こえた。もちろん「やつ」だ。
このミスキックを機に「やつ」の自分に対する怒号が頻繁に鳴り響くようになった。
こういった状況をチームメイト内では「カモられる」という。
「やつ」にカモにされてる。略してかもられる。最近ちょくちょくかもられるようになったがここまで酷いのは久しぶりであった。
ハーフタイム殴られるかもしれない。そう思うとこんなに肉体的にキツい試合でも終わってほしくないと強くそう思った。
そんな思いも虚しく、ハーフタイムの笛が鳴った。
スコアは0-3。
終了間際にゴール前からモールで押し込まれて失点してしまった。
試合前の軽口はどこへやら。皆揃いも揃って意気消沈してる時にやつの怒号が響きわたった。
完全に走り負けしているフォワードに対する叱責から始まり、この体たらくに対する不平不満を喚き散らし始めたのだ。
喉が酷く乾いて頭まで痛くなってきた
こんなクソ暑い中ロースコアゲームで尚且つウォーターブレイクもなく戦ってたため、水を飲むタイミングを見失っていたのだ。
そんな時ブサイクなマネージャーが待ってきた冷えたボトルが自分のところまで回ってきた。
この時いつもブサイクでくっちゃべってばっかりの使えないマネージャーがこの時ばっかりは天使に見えたが、水を飲もうとした矢先不意に名前を呼ばれた。
「やつ」が聞いてんのかコラと小さく呟きながら近づいてきた。
来る。そう思った瞬間視界の横、丁度「やつ」の手の付近が消えたと思ったと同時に頬に衝撃が走った。
続けて一発。さらに一発。腹部に前蹴り一発でフィニッシュ。最後の前蹴りで後ろによろめいてすぐ後ろにいた人間にぶつかってしまい、転倒させてしまった。
ボーリングだったらスペアとこんな時にくだらない事を考えていたら今度は罵詈雑言のオンパレードが来た。
やる気あんのか?お前はスパイか?身体を張らないなら腹切って死ね。などの名言を頂戴した後、後半から交代を言い渡された。
この地獄の試合から解放されるのかと思いきや、やつの口から告げられたのはそんな甘いものではなかった。
H字型になったゴールポストの真下に正座して試合を見届けるという制裁を受ける羽目になった。
1番の失敗はさっきのビンタとキックのコンボのせいで水を飲むタイミングを完全に見失ってしまった。後半に入ってもなお、相手のしつこいディフェンスと無尽蔵のスタミナに翻弄されてる仲間達をみて、一体自分は何をしてるんだろうと悲しくなってきた。
中学で始めたラグビーが好きで高校でも続けようと思い入部したらこのザマだ。
理不尽で暴力的な監督。たかだか歳が一個だか二個だか上なだけで偉そうにしてる大したラグビーも上手くない先輩達。ブサイクなマネージャー。そんな奴らの下僕のような存在としてこの巣窟に自分から入っていってしまった。
何回も辞めようと思ったし、学校に行くのすら憂鬱だった。それでもこいつらに負けてたまるかとその一心で今まで頑張ってきた。それなのに未だにこのような仕打ちを受けるなんて正気の沙汰ではない。
喉もカラカラで意識が朦朧とする。ここで倒れたらどうなるんだろう。みんなが駆け寄ってきて涼しい場所に連れていってくれるのかとか想像を巡らせた。
ふと気がつくと自分の目の前で激しい攻防が行われていた。ラックの周辺には「やつ」が笛を持って立っていた。
なにか奇声を発しながら自分の教え子に蹴りを喰らわせていた。そういえば前半は相手チームのコーチか何かが笛を吹いていたような。
後半からなぜこいつがレフリーなんてやってるんだろうと思ったら、オフサイドのペナルティを告げる長い笛が鳴った。ああ、そうかこいつ自らレフリーをやって自分達が不利になるようなレフリングをしてるんだという事に気がついた。
以前も何回かそういうことがあった。そうなると大概試合の内容が悪くなり、試合後にエンドレスの走り込みをさせられるのである。
不幸にも今回の試合はホームなので制限時間は青天井である。ホームだと移動の手間がとか考えていた自分はなんて馬鹿なんだろうと後悔した。
クイックスタートで相手の速攻に反応が遅れ、自陣ゴールラインに敵が傾れ込んできた。
終わった。だんだん目の前が暗くなってきた。
相手のトライを認める笛の音はもう聞こえなかった。
なぜなら、「やつ」が倒れていたからである。
その後救急車で運ばれ呆気なく逝ってしまった。
死因はどうやら熱中症らしい
あまりの暑さに部活の顧問に殺されそうになった話 利楽山 @relaxan
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