白と黒の溶け合う色彩

 「我々は、神に見捨てられたのか?。否!、我々が神を見捨てるのだ!。かつて地球を支配した、リューソ族は言った!、『理学が力を与えてくれた。』と!。我々スラァ皇国民は、悲しき人類ではない!。我々スラァ帝国民は!、優良種たる民なのだ!。今こそ我々が立ち上がり、ニロイア族による理学の始めの1ページを刻んで見せようではないか!。」

 ワヤン皇王は、自室にて外を眺めていた。彼の静かな部屋の中に、ノック音が響いた。

「誰だ。」

「アグスです。」

「入れ。」

扉が甲高く音を立てた。

「父上!。神々を道具にしようというのは間違っています!。」

入ってくるやいなやアグスは大きな声で言った。

「道具というのは間違っているな。エネルギー源というのが正しい。道具と言って差し支えないのは、国民共の方だ。」

「どちらでもいいんですよ!、そんなの!。そういうやり方は、やめろと言っているんです!。」

「ボールは、常に最も聡明な者が持たねばならない。ヱイザネミゥなどという俗物に、主導権を握らせてはいかんのだ。」

「それは違います!。」

「お前たちは、私に従っておけばよい。優良種と呼べるのは、私だけだ。」

アグスは黙ってその場を後にした。

「アグスの考え方、やはり母親譲りだな。あいつに、国を任せてはおけぬか…。」

 ワヤン皇王の演説は、国民に、希望の明日を見せた。国民は、国のため、皇王のために働き、時には死んでいった。

 「アグス、私だけど、入っていいかしら?。」

「ああ、そうしてくれ。」

扉は鈍い音を立てて開かれた。

「皇王陛下に、また文句言ったんだって?。部屋から凄い声がしたって、噂になってるわよ。」

「止めなきゃいけないじゃないか、リアン。少なくとも、僕は止めたい。」

アグスは、真剣な表情をしていた。

「やめてよ…。そんなに素直に言われれば、また助けたくなっちゃうじゃない。」

「いけない。防衛術の時間だ。」

「防衛術?そんなの習っていて?。」

「母さんが、習っておけって。」

 重く座る皇王の後ろには、ルディが立っていた。二人は話をしていたが、皇王は、窓の外を見つめていて、ルディの方へ、振り返ろうともしなかった。

「久しぶりだな。ルディ。」

「はい。どれくらい経ったでしょうか。」

「5ヶ月半、いや、5ヶ月と19日と言うべきか。それで、5ヶ月半以上もあったのだから、解析の方は進んでいるのだろうな。」

「はい。クリーチャー特装部のエネルギーは、ファーヴァル本土にあるであろう元本部より、全て供給されていた模様です。が、現在は、エネルギー源となる+瑪那(プラスマナ)を、生成できる物質が、見つかっておりません。」

「ならば、旧時代の、+瑪那を持つ生物の死体を、活用すればよいのではないか?。」

 その夜、月は紅かった。皇王は、静かに廊下を進む。皇王だけではない、沢山の人々が同じ場所へ歩いている。会議室だ。吊るされたランプは明るくも光るが、同時に影も作り出す。皇王はやはり、人の意見を取り入れはせず、思う道を進んでゆく。国民たちもまた、彼の道へとついて行く。いや、連れて行かれているのかも知れない。彼の、恐るべきカリスマ性に。

 アグスは会議室の扉の前を、行ったり来たりしていた。何周したかも分からないくらいには。再び北側の端へ着いたとき、目の前には人がいた。アグスはぶつかってからやっと気づいた。

「君が、アグス君だね?。少しこちらへ来てもらえないかしら?。」

その女の人は、唐突に喋りだして、アグスは腕を掴まれ、暗い路地へと連れて行かれた。

「今になって名乗るのは、遅すぎるかもしれないけど、私はディアン、クリーチャー特捜部の隊員です。貴方は私を嫌うでしょうけど、私はあなたの考えを好くわ。」

彼女は、一拍おいてから、もう一度口を開いた。

「明日の今日と同じ時間、もう一度ここへ来てちょうだい。皇王を、止められるかもしれないの。」

そうしてディアンは、何も言葉を発さぬまま、路地の奥へと抜けていった。

 明朝、アグスの部屋へ一羽の文鳥が飛んできて、封筒とその中の資料を渡した。

 いくつもの液晶は暗く、人々は解析を進めていた。その中には、ディアンやルディも混ざっている。ルディは隣のディアンに向けて喋っている。

「ディアン、+瑪那を持つ者の遺体、リューソ族のものを使えばいいんじゃない?。」

「少し、非人道的でなくって?。」

「でも、精霊を捕まえるってのは、とても難しい事だろう?。」

「精霊だって、同じでしょ!?。」

「す、すまない!ディアン!。でも、我慢が必要なんだよ…。我らが、皇王陛下の為に。」

ディアンは下を向いてから、強く顔を顰めた。

 ディアンには、今夜、アグスと会うという予定があった。今夜のことに関しては、ルディには昨日忘れ物をしたと伝えたが、当座、今宵だけでは皇王を止めることなどできないだろうということは、ディアンにははっきりと分かった。

 ディアンはアグスに手紙でのやり取りを希望した。今日の朝の様に。それからディアンはアグスへいくつもの資料や情報を送り続けた。アグスは秘密裏に解析し、+瑪那に変わるエネルギーを探し続けた。

 それから、何日も何日もたった日の昼、アグスの部屋に、リアンがやって来た。

「アグス、今日から、建設が始まったんだって。神様を、利用するための装置の。」

「始まって、しまったのか…。そっか…。」

アグスの机の上には、これまでの研究資料が山積みになっていた。そこには、アグスの資料と、ディアンからの資料が混ざっていた。アグスはその机の前で。俯きながら、手を強く握りしめた。リアンは、アグスの下へ近づいた。リアンは机の上の封筒を見て、一瞬目を丸くしてから、身勝手にも自らの心に怒りと…、悲しみを込めた。

「もういいわよ!。何かに熱中してるアグスも、嫌いじゃなかったはずなのに!。」

リアンは部屋を出ていって、強く部屋の扉を締めた。

 次の日の夕方、美しい夕日は黒く分厚い雲に隠され、やがてそれは嵐となった。アグスは部屋に急いで戻り、自室の窓を閉めた。机の上の資料には濡れてしまった物もあったが、そうでないものもあった。文鳥は嵐の中でも飛んで、アグスに手紙を渡した。その手紙によれば、明日の昼下がり、またあの路地にて会えるらしい。約4ヶ月もあったのに、止める策は見つからなかった。

 翌日、ディアンと会うことができた。ディアンも、建設が始まってしまったことは、たしかに知っていたはずだが、決して屈してはならないと、諦めたなどという様子ではてんでなかった。いつものようにディアンは路地を抜けようとしたが、抜けることができなかった。見知らぬ少女が立っていたのだ。それはリアンで、リアンは少しの間を置いたあと、ゆっくりと口を開いた。

「私のアグスに、近づかないでもらいたいものね。」

「貴方が誰だか知らないけれど、これはスラァを、世界を守る為の事なの。それを、分かっておいてちょうだい。」

それだけ言うと、ディアンはそのまま去っていった。リアンは、去っていくのを追おうとしたが、追いかけることはできなかった。

 翌日の新聞の見出しには、「クリーチャー特捜部技術士官、国家転覆の罪で逮捕か。」と書かれていた。その新聞によると、クリーチャー特捜部の技術士官、ディアン(26)による、国家転覆の計画に関する資料が、濡れた石畳の地面の上で、回収されたのだという。国立中央広場にて、明日の昼頃、ギロチンが計画されている模様だ。アグスは、その記事目の当たりにして、暗い沈黙の中で、膝から崩れ落ちたという。

 時計台が正午を知らせた。中央広場の真ん中には、断頭台が設置され、周りは、沢山の人々埋め尽くされていたという。アグスはその光景を、リアンとともに、部屋の窓から見つめていた。断頭台の上に、ディアンが運び込まれた。アグスは今、今日初めて、言葉を放った。

「僕の…、せいだ…。きっと…、あの嵐のときに…、」

「そんな事…、ないわよ…、きっと…。そうよ!…、間が…、間が!…悪かったのよ!…」

リアンはそう言って、涙を流しながら、この部屋を去った。

「…だから私は…、嫌いなのよ!…。」

リアンは廊下の壁を強く叩いた。

 「諸君!、ここにいるのは、国家転覆を企み、我がスラァ皇国の発展を妨げようとした大罪人である!。しかし、この罪人も、今こうして、断頭台の上に縛り付けることができているのだ!。これは、我が国の警備部隊はもちろん、諸君ら国民の団結のお陰である!。私は!、諸君らとともにこの素晴らしい瞬間を見ることができることを、大変嬉しく思う!。国民たちよ!これからもこのワヤン主義を支える柱として私に手を貸してくれたまえ!。」

周囲は皇王に対する誓いで溢れた。そしてその中には、あのルディも立っていた。

「こんなこと…、こんな事あるはずがない!。きっと反政府派に計られたのだ!。そうだ!そうなんだよ!。ディアン、君の遺志はきっと私が継いでみせよう…。」

 ディアンは涙を我慢しながら、歯を食いしばっていた。

「だけど、好きだったよ、ルディ…。」

次の瞬間、ギロチンについたレバーはひかれ、ディアンの首に刃は落ちた。巨木のような装置の前で、ディアンの頭はごろごろと転がり、そして止まった。処刑人は頭を籠の中に回収した。

 中央広場でのショーは終わり、皇王は部屋に戻った。

「ルディです。入ってもよろしいでしょうか?。」

「ああ、勿論だ。」

皇王は箪笥へ向かい、リューソ族の石板を取った。ルディをソファに座らせた後、自らもソファに座った。

「突然呼び出して、このような質問をするというのは申し訳ないが、君の、ルディ指揮官の、本心を聞きたい。」

「…私は皇王陛下についてゆきます。ワヤン主義を支えるべき一人のスラァ皇国民として、そして、…、いえ、何でもありません。ともかく、私は皇王陛下の為に。」

「そうか。その言葉、信じたくわないが、受け入れるしかあるまいな。それでは、本題へ移ろうか。君の、君たちのお陰で、『ルネサンス』は完成しつつある。そこで一つ、考えてみたのだよ、完全なる復興を。どうだ?、リューソ族の栄光、我が手にしたいと思わぬか?。」

 あれから3週間ほど経ったが、アグスの部屋に明かりがつくことはなかった。アグスはずっとベッドの上で布団に包まり縮こまっていた。そんな中、独りリアンは恐る恐る部屋に入った。

「リリット、作ってきたの。食べ、る?。」

アグスは何も言わなかったが、リアンには、決して無視ではないということがはっきりと分かった。リアンは下を向きながらも、ゆっくりと、はっきりと話した。

「…アグスはいつもそうなのね、ディアンさんが死んでから。」

「…」

「私が言えたことじゃあないけど、ディアンさん、これじゃ悲しいはずだよ。」

「…」

「一人で何とかやってみようって思ったけど、やっぱり私じゃ無理だった。」

「…」

「アグス、ディアンさんの命、無駄にするの?。」

アグスはゆっくりと、リリットに手を伸ばした。目に涙を浮かばせながらも、歪んだ視界で口まで運んだ。

「美味しいね、このリリット…。」

リアンは、口では何も答えることができなかった。しかし、アグスはそんなリアンに微笑んだ。アグスはゆっくりと立ち上がり、窓のカーテンを開けた。窓からは光が差し込んでいたが、アグスの目には、光以外のもう一つが飛び込んだ。そこには、完成したルネサンスと、その四方につく謎の機械があったのだ。それらの装置はルネサンスの中で精霊たちを縛り付け、+瑪那としていた。アグスは部屋を飛び出し、走った。ワヤン皇王のいる場所へ。アグスは勢いに任せて扉を開けて中にはいった。

「父上!あの装置は何なのです!?。」

「そんな質問をしてくるとは、部屋にこもっている間に、頭が冷えたのか?。」

「装置は、装置は何なのです!?。」

「あの装置は、精霊や神を縛り付けるための装置だよ。」

「仕組みは!?。」

皇王は少し考えてから口を開いた。

「精霊や神というのは、いわば+瑪那そのものだ。だから、ルネサンスに迷い込んできた精霊に向けて、四方八方から-瑪那を浴びせれば、反発の法則より位置はほとんど固定される。」

「わかりました!。」

アグスはまたも部屋を飛び出し自室へと帰った。

 それから数ヶ月の間、リアンとともに研究を続けた。そこになんの結果もなくても、ふたりはただ考え続けた。そんな中だった。二人を悲劇が襲ったのは。なんとスラァ列島に、シンガンサマが近づいてきているというのだ。アグスは、ルネサンスを止めに来たのだと思った。しかし、救世主にはなれないとも、アグスには思えた。

「リアン、この続きは君に任せた。僕がいなくなったとしても、僕が悲しまないように、君が跡を継いでくれ。」

「どういうこと!?。」

「僕はこれから賭けに出る。外へ出て、みんなに訴えかけてみるんだ。シンガンサマが崩れれば、世界は壊れるのだから。」

「私にもやらせてよ!」

「…」

アグスは、ディアンからもらった資料を束にして、文鳥に渡した。文鳥は窓から飛んで行く。アグスは別れを告げ、部屋を出た。アグスの手は、震えていた。

 アグスは思い出の路地を抜け、大通りについた。そして道の真ん中に立って、覚悟を決めた。

 リアンは部屋に閉じこもって、沢山のデータを見続けた。リアンには、そこに悔いはなかった。

 アグスは大きく深呼吸をしてから、大きく口を開いた。

「皆さん、聞いて下さい。今このスラァに、シンガンサマが向かっています。皇王は、それをも利用するつもりです。皆さん、目を覚ましてくださいよ!。」

大勢の民衆たちがアグスのもとへ詰め寄った。アグスは少し体制を崩すも、必死になって叫んだ。

「みんな、みんなおかしいですよ―――――っ!。」

 翌日の早朝には、広場に再びギロチン台が運び込まれた。後ろにはアグスが連れられていた。アグスは木の板で首を挟まれた直後、必死に前を向いて人々に訴えかけた。

「皆さん、皆さんは、人や神を利用してでも、皇王の幸せを望むのですか!?。自分が死に追いやられてまで、皇王の幸せを望むのですか!?。きっと、この他の方法があるはずです!。皆さん、目を覚ましてください!。」

「早くレバーを引け!。」

皇王は処刑人に言う。しかし処刑人は、一切動こうとはしなかった。

「一人ひとりが少しづつ人を思いやれば、きっと世界は変わります!。皆さん、目を覚ましてください!。みんな、みんな、おかしいんですよ――――――ッ!」

「理想主義などやめろ!、アグス!。」

皇王はレバーを思いっきり引いた。アグスの首もまた落ちたが、決して、ディアンと同じ軌跡をたどることはなかった。

 その頃、ルディの家に一羽の文鳥がやって来て、紙の束を置いて行った。ルディにはその資料が、ディアンの書いたものだとわかった。

「そうか、そう、だよな…。すまない、ディアン、そしてアグス。なんて私は馬鹿なのだ!。私は誓おう。二人の遺志は、必ず私が継いでみせる。」

 その日、空は青かった。それからというもの、反政府派と呼ばれる人々が現れ、彼らは、何度も暴動を起こした。国民のための暴動を。

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