幽霊のあなたにラジオを

奥羽王

第1話

 芸人さんの深夜ラジオが好きで、一人ラジオを趣味にしてみる。だいたい週に2回くらい、ベッドに転がったまま身の回りで起きたこと(主に仕事の失敗談)を、自分なりに面白おかしく話す。それを口元に置いたスマホで録音する。


 根暗なお笑い好きの私には聞いてくれる友人なんていないし、YouTubeやらで公開する度胸も無いので、リスナーも当然わたし一人だけ。録音した翌朝の出社中に聞くのがルーティーンになっている。


 こう書くと何とも悲しい趣味だが、愚痴交じりの雑談を自由に話せる場があるというのは精神衛生的にもありがたいし、実際この趣味を始めてから寝付きが良くなった気がする。あと、手前味噌で恐縮だが聞いていて笑ってしまうこともある。いや、意外と面白いんですよ、本当に。


 で、一人ラジオにハマってから半年ほど経った頃、録音データの中に奇妙な声が入っていることに気付く。


クスクスクス……


 その時私は「入社三年目にもなって取引先メールの宛名に敬称付け忘れて思いっ切り呼び捨てした」という話をしていて、それを丁度話し終えたところに声が入っている。何回か巻き戻して聞いたが間違いない。


 押し殺したような女性のクスクス笑い。私の部屋は一人暮らしだし、家の外の音を拾った感じでもない。ということは幽霊の声?


 最初は半信半疑だったものの、その後の録音データにも同じ声質の笑い声が入っていて、疑いようがなくなる。幽霊が私のラジオを聞いて、笑っている。


 幽霊の存在を確信した頃には私の中から恐怖は無くなっていて、リスナー幽霊への感謝だけがある。「一人ラジオも悪くない」と思っていたが、やっぱり誰かが聞いてくれるってめちゃくちゃ嬉しいのだ。


 彼女は丁度良いタイミングでクスクスと笑ってくれる。キャハッと声に出して笑うこともある。たまに全然笑ってくれないことがあって、幽霊のくせにシビアに笑いを判定するなよと思うが、まあそれもかわいい。


 録音できる幽霊の声は笑い声ばかりで、何か意味のある言葉を告げることはない。時々愚痴をこぼしてみても、励ましとかはくれない。リスナーとしての距離感を守っているのかもしれないが、私は少し寂しい。


 そういう寂しさが募った結果だろうか。職場で大きなミスをして散々説教された夜のラジオで、私は幽霊に「あなたはどう思う?」と声をかける。仕事下手な自分への嫌悪感が限界に達して、愚痴と自己否定を散々録音した後、つい勢いで言ってしまった。きっと誰かに慰めて欲しかったんだと思う。


 翌朝起きた私は、昨晩のラジオを聞くかどうかで少し悩む。うーん、もし幽霊から返事があったらどうしよう?それはさすがに怖い気もする……。あと、そもそも病んでいる自分のラジオなんて聞きたくない。とはいえ、幽霊の反応が気になるのも事実であって……。


 しばらく悩んでから、ええいままよとイヤホンを付ける。

 意を決して再生ボタンを押すと、いきなり大音量の笑い声が聞こえる。


アハハハハハハハハハハハハハ!


 あまりの音量に、私はイヤホンを耳からはたき落とす。スマホ側で設定音量を確認するが、そこに異常は見当たらない。イヤホンを拾って耳を近付けると、アハハハハハハ!という笑い声が止むことなく続いている。


 面白さというより、極度の興奮を表現したような異常な笑い声に、私は血の気が引くのを感じる。結局その日の録音データに私の声はほとんど入っておらず、ひたすら幽霊の笑い声が最初から最後まで大音量で収録されている。


アハハハハハハハハハハハハハ!


 幽霊が突然豹変したことについて考える中で、私は一つの仮説に行き着く。この幽霊が私のラジオを聞いていたのは、私の話が面白かったからなのだろうか。思えば彼女の反応が良い話は、いつも私が失敗した話だった。恐らく彼女は最初から、私の失敗を嘲笑うためにラジオを聞いていたのではないか?


 その日を境に私は一人ラジオを辞める。

 しかし、笑い声の幽霊は実生活にも顔を出すようになる。


 職場でミスをするたびに耳元であの笑い声が響く。そのせいで業務に集中できず、ミスが一層増える。夜もベッドの中で、笑い声を聞きながら反省を繰り返す日々が続く。


 睡眠不足と幻聴で軽い鬱状態になった私はクビ同然の形で離職するが、それでも幽霊は私を離さない。現実から逃れるため布団にくるまっていても、そんな私を追い立てるようなクスクス笑いが聞こえる。意を決して職探しもしたが、不採用のたびに高笑いが聞こえ、続けられなくなる。


 再就職の目途も立たず、貯金が底をついたある日、久しぶりに一人ラジオの録音をする。そこで私は自殺の計画を語る。幽霊のせいで全てを失ったこと。明日には首をくくるつもりだから、この録音が最終回であること。最後に私は大声で叫んで、録音を終える。


あんたのせいでこうなった!

あんたのせいでこうなった!

あんたのせいでこうなった!


 翌朝自殺ラジオを聞いてみたが、あれほど私を嘲笑い続けた幽霊の声は、そこには一つも入っていなかった。そういえば、録音中も笑い声を聞いていない。


 失敗を笑う彼女が反応しない。それはつまり、首吊り自殺という選択が、私の人生にとって正しい決断だってことなんだろう。他人事のようにそう考える。


 自殺ラジオを聞き終えた私は、かつての笑い声を心のどこかで期待していたことに気が付く。結局は私の勘違いだったわけだが、初めてリスナーができた喜び自体は私の中に今も残っている。


 それが悲しくて、とても悔しい。

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幽霊のあなたにラジオを 奥羽王 @fukanoro

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