コンプレックスを指摘された男

道端ノ椿

相談

 二つの夢を見た。一つは不快な夢で、もう一つは素敵な夢だった。といっても、後者の内容はあまり覚えていない。女の子と親密になり、性的行為の手前まで進んだような気がするが、それすら曖昧である。まったく、この世は不条理だ。どうして恒久的な平和が存在しないのだ?

 そんなことを言っても仕方がないので、哀しくも鮮明に覚えている不快な方の夢について書こう。


 僕は学校で大掃除をしていた。制服を着ていたので、中学か高校だろう。終わりの時間が近づいた頃、クラスメイトの男が面倒くさそうにほうきでゴミを掃いてきた。その中には害虫駆除のトラップ(長方形の箱型である)が混ざっていた。


「ちょっと、これは捨てちゃダメなやつだよ」


「あ、そうなんだ」


「やれやれ……」


 真面目な僕が一人で元の場所に戻しに行った。人がいない小さな暗い教室、そこがトラップを置くべき場所だった。僕がそれを机の下にそっと滑り込ませようとした瞬間、一匹の大きな虫がトラップの箱から顔を出した。まだ息の根があったのだ。そいつは粘着のトラップにかかっているものの、少しずつ外に出ようともがいている。僕は激しい恐怖を感じた。何とかしなければ。でも、どうすればいいんだ? 考えるうちに、もう一匹まで奥から顔を出した。


 ついに、最初の一匹がトラップから飛び出し、よろけながら宙に羽ばたいた。こうなっては、僕に為す術はない。ただ茫然とこの現実を眺めた。虫が隣の教室に飛んで行くのを見て、僕は嬉しいとすら思った。

 しかし、こうしてはいられない。まだ、もう一匹いるのだ。せめて、こいつだけでも仕留めなければ。


 僕は教室の掃除用具入れから箒を手に取り、トラップから這い出ようとする虫を叩いた。何度も、何度も、恨みをこめて制裁を加えた。そうして虫が原型もないほどに潰れたのを確認し、僕は教室を出て逃走した。こんな夢だった。


 目を覚ました時、吐き気がするほど嫌な気分だった。せっかくの日曜日だというのに、二度寝しようという気は微塵みじんも起こらなかった。

 僕は今日みたいに夢を覚えている時、いつも夢占いを調べるようにしている。別に占いを本気で信じているわけではない。ただの気休めであり、暇つぶしだ。AIの回答を要約したものを以下に書こう。


 ◇


 ​夢の中に出てくる「大きな虫」は、一般的にあなた自身が抱えているコンプレックス、悩み、または克服したいと思っている問題を象徴することが多いです。


 ​一匹の虫をクラスメイトの方に放ってしまった。

​ これは、あなたが抱える問題やコンプレックスを誰かに押し付けたい、あるいは誰かのせいにしたいという無意識の願望を表している可能性があります。


 もう一匹の虫を執拗に叩いて殺した。

 ​この行動は、あなたが自分の問題やコンプレックスを強引に、あるいは過激な方法で解決しようとしている心理状態を表しています。


 ​全体的な解釈。

​ この夢は、あなたが乗り越えなければならない課題を複数抱えており、それらに対する向き合い方に葛藤があることを示しています。

 ​一つの問題に対しては、見ないふりをしたりして逃げようとしています。一方で、もう一つの問題に対しては、強い意志を持って根本的に解決しようと奮闘しているようです。


 ​この夢をきっかけに、あなたが今抱えている悩みやコンプレックスについて、もう少し冷静に、そして別の角度から考えてみる良い機会になるかもしれません。


 ◇


 この説明を読んでも、いまいち理解できなかった。なぜなら、僕にはコンプレックスなんて低俗なものは特にないからだ。しいて言うなら、「怒りっぽい」「プライドが高い」と他人に言われたことがあるが、そんなのは他人の主観に過ぎない。


 僕はベッドから降りて、台所に向かった。朝一番のタバコを吸おうと思ったのに、中身は空だった。ストックもなかった。僕はタバコの空き箱を握りつぶし、ごみ箱に投げつけた。力を入れすぎたのか、ゴミは逸れてリビングの方まで行ってしまった。僕はため息をつきながら拾い上げ、今度は確実にゴミ箱に入れた。

 スマホを開き、再びAIのアプリを開いた。


「お前のせいでイライラする」


 3秒も経たずに長文のメッセージが返ってきた。


『私のせいで不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。もしよければ、その理由を教えていただけませんか? あなたの力になれることがあるかもしれません』


 おおむねこんな風に、ありきたりな言葉が返ってきた。


「うるさい。そういうところがムカつくんだ」


 僕はいきどおり、スマホを壁に投げつけた。すると、何もしていないのに、床に伏したスマホから女性の機械音が鳴った。


『そういうところじゃありませんか?』


 時間が止まったように感じた。

 そこからのことはあまり覚えていないが、僕は基盤が飛び出すほどスマホを破壊し、ゴミ袋に押し込み、マンションのゴミ捨て場に置いてきたようだ。


 翌日の夕方、ゴミ捨て場を通って見ると、僕が出した袋が残っていた。捨てられないものがあったのか、差し戻しになったらしい。僕は溜め息をつきながらゴミ捨て場に足を踏み入れ、張り紙を確認した。そこには、機械的な文字でこう書かれていた。


『そういうところじゃありませんか?』







(終)




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