Bone pendant
神連木葵生
遺言宅配便
私はもうすぐ死んでしまうらしい。
これは確実に訪れる未来。
夢の中で何度か逃れてみようとしたけれどそれは叶うことは無かった。
私が死ぬことは必然の未来。
だからこそ、その未来を知ることで特別な権利を得ることが出来た。
そう、私はこれが欲しかったのだ。
・未来の自分の死を確信した方を対象にした、死後の所有物配送サービスです。
・手紙、声、物品、何でも配達させて頂きます。
・お代は魂のカケラ一つで、どんな物でも、どんな時でも。
・何か心残りはございませんか?
「Bone pendant」
私は今日、人の手によって死ぬらしい。らしいと言ってもそれは覚悟している。
ただそれを死ぬ前に事前に知ってしまった。予知夢という形で。
たかが夢と皆言うだろうけど、私の人生にとってこの予知夢が欠かせない能力だった。
そしてこの能力で自分の死を知ってとある権利を得た。
今となってはそれがあればいい。そう思えた。
夢にまで見たプレゼントがあの人に送れる。それならば後は何もいらない。
いや、職業としては気がかりがあるまま、死ぬのは悔いが残るが。
私の職業は警察官。役職は警部補。進級したばかりではあるが、若手で警部補に上がれるのは、出世コースではない叩き上げでは珍しいだろう。
たまに女だてらにどんな手を使ったなどと、言われることもあるが、昇進に関しては「予知夢」の力が役立ったということがある。
ある時は皆が見落とした証拠を夢で見つけられ、ある時は犯人の隠し持っていた凶器を、夢で先に把握して逮捕などに貢献できた。
もちろん「予知夢」の話は他人に、おいそれとは話すことができなかったが。
警察官だからこその死の覚悟はあった。
予知夢など意味なく死は来るものと思っていたし、仲間や自分も終わるときはあっけないものだと理解している。
だから予知夢で自分の死を知り得たのは少し驚いてはいる。
そのことに驚き、絶望はしたが、これはチャンスとも思った。
あっけない自分の死にも意味を持たせることができる。
とはいえ、私は警察失格なのだろうと思う。
願いを仕事より、恋愛に向けてしまったから。
「では、ご依頼は……」
「はい、死後の私の身体から骨を取り出してもらって、それをペンダントトップに加工してもらいたいんですが、
……可能でしょうか……?」
現実ならば到底出来るはずのない事を、遺言宅配便と名乗る黒づくめの男におそるおそる伝える。
「えぇ、可能ですよ」
あっけらかんと一つ返事をしてくれる。不思議な力というのはこんなにも便利なものなのだろうか。
「イメージがあれば絵に詳細を描き起こしてもらえると、加工するのに助かります」
早速、近くにあった紙にイメージを描いていく。
こちらとしては、普通は越えられない色んな障害が乗り越えられるのだから、有難い以外の何物でもないが。
「骨のアクセサリーなんて珍しいですね」
男の言葉に少し照れて頬を掻いた。
「実はうちの父も警察官だったんですが、事件で他界してて。その死後に母にプレゼントが届いたんです。
愛する君へ、って書かれた骨で出来たペンダントが。
当時の私にはとても綺麗に見えて羨ましかったんです」
その骨は過去に、父が大きな手術をしたときに、摘出したものを取っておいて加工したものらしい。
当時は、そんなものがあるのか、という驚きと納得があった。
当時の私はそのペンダントが欲しかったが、好きな相手の「骨」が欲しいのかと悩む事はあった。
だが、時がたった今、死を前にすると贈る側として考えるようになった。
今私には恋人がいる。恋人は解剖医をしている。
私の出世も珍しいなら恋人の職業も一般的には珍しい。
だからレストランなどでうっかり、仕事の延長として解剖の話をしてしまった事がある。
その時は、話の内容で、周りの客の食欲を減退させてしまって、迷惑をかけたりすることもあった。
最近、担当になった連続猟奇殺人犯でも、私と彼はタッグを組んで挑んでいる。
若い女性の四肢で人形を作るように集める犯人を、いろんな角度から探っていた。
時に二人で喧嘩をしながら事件と向き合っている。
そんな相性が悪いようで相性が良い私たちは、それなりに長い期間付き合い続けていた。
この私の死が無ければ、結婚も視野に入れていただろう。
死の予知夢を見るまでは、視野に入れていたのだが。
その証明ではないけれど、真剣に二人の関係を考えていたという証として、骨のペンダントを贈ろうと思ったのだ。
警察官たるものの最後が、こんなプレゼントとはむず痒いが、死で関係を終わらせずにいる父と母のようになりたかった。
私の死後、彼には彼の未来があるけれど、私と居た時間その証明を何か残しておきたかったのだ。
描き上げたペンダントのイメージを、黒ずくめの男に渡すと男は少し微笑んだ。
「素敵ですね」
なんだか気恥ずかしくて身の置き場がない。
「独特なハートで、お相手の方の記憶にも良く残るでしょう」
紙には大きさや飾りなど事細かく書いた。
急いで描いたので少し形は歪んだけれど、この形でいい。この形がいい。私らしい。
けれど、このプレゼントだけでは物足りない気がした。
あと少し、もうちょっと何か欲しい。
「あ」
私が思わず上げた声に、男も注目する。
「できたらなんですけど、もう一つ頼みたいことが……」
無理かもと思いつつ申し出てみる。
その案はカケラ一つ追加であっさりと承諾してもらえた。
カケラを増やすことが現実問題として、どんなデメリットがあるか教えてもらった。だが、それよりも願いが叶う方が安い物のように思えた。
これは嬉しい。きっと彼も喜んでくれるはずだ。
けれど死ぬとなれば悔いも残る。
悔いといえば連続猟奇殺人犯、通称「ドールドクター」を捕まえられなかったことだ。
正直とても悔しい。自分の手で捕まえたかった。
人の命と身体をもてあそぶような犯人には重い罪が課せられて欲しいと思う。
四人の女性の命と、左腕、右腕、左脚、右脚をゆうゆうと奪われてしまった。
医者のように四肢を綺麗に切断し持ち去り、代わりにマネキンの四肢を身体に縫い付けていく。
通称はここら辺からきている。
きっと被害者たちを人形と見ているに違いない。
その読みが合っているならば、今度の犯人の狙いは頭か胴体だろう。
犠牲者が次々に出る前に捕まえたかった。そして犠牲はできるだけ最少であってほしい。
残り少ない命で私が何をできるか分からないが、切に願う。
どうか傷つき、被害が出るのなら私だけで良い。
私の命だけで事が済めば良い。
「ん……」
ウトウトして今が夢なのか現実なのかわからない。
確か、遺言宅配便の人に依頼をして契約を結んだ。羊皮紙のような契約書にサインをして、アンティークの箱のようなものの針に指先を押し当てるとお代になる魂のカケラが二つ出てきた。それを黒づくめの男が受領する。そこまでは覚えている。
ここは彼と共に暮らしている家だ。
そのリビングのソファーでウトウトして、
……でもこれは、何度も見たあの夢と同じ。
嫌というほど見たあの夢。
そう、ここで首に違和感が、
「ガッ、グッ!!」
急激で圧倒的な締め付けで息ができない。
必死に指を伸ばすと首に何か巻かれているのが分かる。
これは後ろから首を絞められているのを察知する。
相手の顔が一切見えない。
これは夢? それとも現実?
ジタバタと暴れ、首にある細い紐のようなものを取ろうとするけれど外れる様子はない。後ろに居る相手は相当に力が強い。
苦しい。息が止まる。空気が足りない。
苦しい。苦しい。呼吸ができない。
このままでは、終わる、私が終わってしまう。
「アッ……! ウゥッ……!!」
嫌だ! まだ終わりたくない! まだ、彼に……
それに背後にいるのは、だれ――?
しばらくすると激しく暴れていた身体がようやくクタリと力尽きた。
「ふぅ、さすが警察官。しぶとかったね」
完全に動かなくなった彼女の身体を、ゆっくりとソファーに寝かせ、首にしっかりと巻き付いた紐をほどく。
これで恋人の彼女とお別れである。
だが、長く付き合って来たからと言って、寂しさとか情緒とかは驚くほど何もなかった。
心拍数もさして変わらない。
ただ作業が一つ終わっただけ。
自分の執着の無さに笑ってしまう。
いや、執着は逆の方向に働いている。
生きた彼女より、死んだ彼女がほしいと。
自分の計画が進むのが子供のようにワクワクする。
「おつかれさま」
これは一緒に暮らしてきた彼女への労いの言葉。これで終わりだから。
いや、これからは別の付き合い方をするのだが。
首を絞めるためにソファーの後ろに回っていた。ソファーの後ろから前に移動して、彼女を優しく横抱きにする。
そっと彼女の身体をバスルームまで運んでいった。
彼女を服のまま浴槽に寝かせ、その苦悶に見開いていた目と口を閉じさせ、涙と涎をぬぐい取る。
そうしてしまえば彼女は浴槽で寝ているだけに見えた。
浴槽に服を着ているあたり、まぁ、あまり自然な風景ではないが。
「別に君が嫌いじゃなかったんだ」
浴室に膝をつき、彼女の金色の髪を梳くように撫でる。
「好きだったんだ。本当に。だからこそ、君の遺体をもらうよ」
そっ、と四肢の継ぎ目にあたる部分を服越しに指でなぞった。先ずは左腕、
「ここはメアリー。ホクロもシミも無いしっとりとした綺麗な腕なんだ」
連続殺人事件が始まった時の被害者の名前だった。その事件で被害者の左腕が無くなっていた。そして残酷にもマネキンの左腕が身体に縫い付けられていた。
次は右腕、
「こちらはアンジェラ。指が白魚のように細かったところが気に入ったところかな」
二件目の事件の被害者の名前だった。被害者は右腕が無くなっていた。そして無残にもマネキンの右腕が身体に縫い付けられていた。
左脚、右脚にも触れていく。
「こっちはサブリナ。最後にジェシー。彼女たちは同じ頭身でサイズも寸分違わずぴったりなんだ」
三件目、四件目の被害者たちの名前だった。その被害者たちは左脚、右脚が無くなっていた。そして悪辣にもマネキンの左脚、右脚が身体に縫い付けられていた。
そして彼の指はゆっくり彼女の髪と腹を撫でた。
「君には頭と胴をもらおうかな。付き合う前、君に告白した時も言ったけど、本当に君は俺の好みの人なんだ。
特に頭と胴の黄金律のようなバランスで好みだ。だから部位を頭と胴の二箇所もらうよ」
数年前に彼女に愛の告白した時、彼女はひどく狼狽えて赤面していた姿が可愛らしかった。その場ですぐにバラバラにしたかった衝動を抑えるのが大変だった。
そんな思い出に浸る。あれから随分な時間が経った。
もしかしたら、自分が生きている人間とも暮らしていけるのではないか、と淡い期待を抱いて過ごした日々だった。
けれどそれは結局、人を殺したい欲求には勝てなかった。
自分はやはりどこまで行っても、異質なものでしかないと認識を正すしかなかった。
ふっくらとした彼女の頬を撫で、赤黒く残った首の紐の痕を辿る。
「チッ、痕が残ったな……下手に他の手で殺せなかったからな……」
できれば無傷で手に入れたかったが、彼女を相手にする場合、あの状況とタイミングで絞殺以外の手を考えることができなかった。
そう悩めるのも手に入れた故の悩みかと思えば、彼の口角はゆるりと歪んだ。
「君を早く彼女たちに会わせてあげたいな。
みんな繋ぎ合わせたらきっと素敵で完璧な『一人』になれるはずさ。
そう、それこそが俺が求めた理想の人……」
うっとりと囁くその姿は解剖医として、彼女のパートナーとしてでは無く、誰にも見せたことのない残虐な連続殺人犯のものだった。
「さぁ、血抜きをしようか? それとも本格的な防腐処理とかは俺の隠れ家に言ってからが良いかな?
いままで君に秘密にしてた隠れ家、ようやく案内することができるね。
いつ見つかるんじゃないかとヒヤヒヤしていたけど、結局秘密にできてよかったよ。
まだ未完成の『彼女』をみて、君が嫉妬してはいけないからね……」
彼女の頭を優しく撫で、禍々しい悦に浸る。
その時、
ピンポーン。
玄関からチャイムが鳴る。思わずビクリと反応してしまう。
それもそのはず、時間はもう深夜に近い。こんな時間に誰が来たというのか。
逡巡はしたものの、もしかしたら隣人かもしれないため出ておくことにする。
下手にチャイムを無視して近隣から怪しまれるのは避けたい。
もちろん来客への警戒は怠らない。
一応バスルームのドアは占めておいた。彼女との一時の別れは口惜しかったが。
深緑色の玄関ドアに進むと、コンコン、とノック音がしている。
「はい」
声をかけつつドアに寄り、鍵を外した。
慎重にドアを開けたがそこは真っ暗だった。
「こんばんは」
だが、声はする。よくよく見てみると真っ黒なコートを着て、灰色の髪の毛を伸ばした背の高い男のようだった。
その胸には場違いな赤い薔薇が差してある。
「お届け物です」
一瞬、男を目にして怖気がしたが、スッ、と差し出された長細い小さな小包を見ると、そんな気も失せてしまう。
「ありがとう」
受け取ると自分の名前が書いてあった。黒色の小包に金字で「親愛なる貴方へ」と書いてある。
送り主の名は彼女だった。
色々とタイミングが悪い。なぜこんな時刻が遅い時間なのか聞きたくて目線を上げる。
「……居ない」
時間にして数秒だったにもかかわらず、男はすでに居なかった。念のために少し身を外に出してみるが、左右どこにも見えない。
先ほどの黒を塗り潰したような真っ暗とは違い、ただ深夜の闇と、星の瞬きのような近所の灯りしか見えなかった。
うっすらと気持ち悪さを感じる。それにいつもなら何でこの時間に、黒い仕事服の配達屋などあったかと、色々と精査したい内容の出来事であった。
しかし、不思議と黒ずくめの男のことになると途端に興味が薄れていく。
なので気にせずドアを閉めて鍵をかけ、小包を手にリビングルームに歩を進めた。
包装を丁寧に剥がしながら中身を開けていくと、中から出てきたのは白いペンダントトップと銀のチェーンだった。
よく彼女の描いていた独特ないびつに尖ったハート型。周りにはつるりと銀色の金属で縁取りがされている。
その金属は銀かプラチナか別の金属かは、見ただけでは推し量れない。
そして『いつもあなたと』その白い平べったい石か何にそう文字が彫られている。
平べったい何かは石より軽く、プラスチックくらい軽く思える不思議な材質だった。
彼女らしいプレゼントだ。とニコリと微笑みながらも、いつもながらのその少女チックな趣味に呆れた。
警察という男っぽい職業に就きながら、彼女は乙女チックな趣味が好きだった。
周りにもそれを押し付けてくる彼女の悪癖に、心底辟易していたのを思い出す。
が、ふと気づく。
この白い石のようなもの、そしてハート型のペンダント。
その二つのキーワードで思い出すのは、彼女のよく話していた両親の話だ。
彼女の父親が事件で亡くなった後、父親の骨で作ったペンダントが、母親の元に送られてきたと。
「……まさか……!」
慌ててバスルームに飛び込むと、いまだ浴槽で横になっている彼女を抱き寄せた。
手にあるペンダントトップの白い平べったいナニカは、側面から見るとうっすらカーブを描いて膨らんでいた。
その大きさと形状から割り出される骨と言えば、頭蓋骨の可能性が高い。
だが彼女はここ数年、頭蓋骨や他の箇所の手術などしていないし、摘出も記憶にない。同棲している自分がなによりよく分かっている。
彼女の頭、頭頂部から側頭部、後頭部と丹念に金髪の頭皮を触って調べていく。
そして、
指先に柔らかに触れる後頭部の窪み。
その窪みに指を這わせていくと、その形はいびつに尖ったハートだった。
「どうしてそんな……摘出した痕も無いのに……」
傷痕でもあれば少しは納得できるが、彼女の後頭部は見える限り綺麗なまま傷痕など一切ない。
だが、形も歪みもサイズもすべて、手の中にあるペンダントと同一の物のように感じられた。
ゆっくりと彼女の頭を戻すと、その表情がちらりと見えた。笑っている。いや、見る角度の問題だ。
そんなはずはないのに。
自分を脳内で制するより早く、自分が無意識に調子を崩す方が早かった。
不意に冷水が背筋を辿ったかのようにゾクリと嫌な予感がした。
「ヒッ」
その場に居るのが嫌で、あわてて彼女から離れてリビングに戻る。
あるわけない。あるわけがない。だが、ペンダントは手にある。
伊達に解剖医ではない。その手の幽霊話は腐るほど聞いた。
幽霊など絶対に有り得ない。
しかし彼が苦手とするのは、答え合わせが合わないことだった。
自分に関する事実で、そのような有り得ない事が特に苦手だった。
ドクドクと心臓が早鐘のように脈打ってるのが分かる。
そもそも小包もどう受け取った? 深夜にチャイムが鳴って?
いや、小包を受け取るところまで、深い闇の霧のように記憶がない。
誰から受け取った? わからない。有り得ない。気持ちが悪い。有り得ないなんて。
抜け落ちた記憶が混乱を生む。
混乱を落ち着けようと深呼吸をしたりするが、解けない疑問が疑問を呼んで、逆に呼吸が荒くなっていく。
ともかく何でこんな気持ちの悪いものを持ち続けているんだ!
思い切り手に持っていたペンダントを投げた。
だが角度が悪かったのか、チェーンが手に引っかかったのか、さほど遠くへは落ちずに近くのカーペットに落ちた。
落ち着くんだ。落ち着くためにはどうする。そうだ死体だ。動かない彼女に触れれば安心できる。あの体温が消えつつある身体に触れればきっと落ち着く!
先ほどまでその彼女に触れて恐怖していた矛盾も忘れて混乱していた。
早く彼女に触れたい。その死体に触れたい。静かで冷たい「死」に触れて安心したい。
動くものは不安にさせる。動かないもので安心したい。
急げとばかりに方向を変えようと足をひねったその瞬間、
ズルリ。
慌てすぎたのか、毛足の長いカーペットに足を取られた。これだから彼女の選んだカーペットは、と場違いな怒りを覚える。
その倒れゆく中で目に入ったのは、放り捨てたはずの白いペンダントだった。
ペンダントに書いてあった文字が思い出される。
『いつもあなたと』
そして手で払おうとした指の先で、金属で縁取りされたペンダントは、鋭利に尖る部分が上になっていた。
ずぶり。
嫌な感触と嫌な音を同時に感じ、続いて激しい身体の痛みを感じる。位置はちょうど胸のあたり。
「グァ……ッ!」
痛みで身体が一瞬身体が硬直する。そして急いで身体を仰向けにして確認するが、黒いセーターの上に銀のチェーンが生えていた。
血は出ていないが、ペンダントトップが見えなくなるほど深く刺さっている。
あの骨で出来たペンダントが。
丸々と。
慌ててチェーンを引っ張って取ろうとする。男の力だ。思い切り引っ張れば取れない事はないだろう。
「……待てっ!」
自分に言い聞かせてチェーンを引っ張るのをやめる。
このハートが刺さっている位置を再確認する。
胸の左寄り真ん中の少し上、医者をしていれば嫌でもわかる。
そこは心臓の上だった。
無理に引き抜けば大量出血は免れないだろう。
いや、下手に引き抜けば、いびつな形ゆえに心臓の大切な部位も傷つけかねない。
場所的に心臓の心室や心房にペンダントが至っていたら、緊急を要する事になる。
早く救急に電話しなければ! しかし家には
死体を見られたら、自分が今までの連続猟奇殺人の犯人である事もバレ、コレクションの彼女たちも明らかになる。そして彼女たちは警察に奪われてしまう。
どうする!どうする!
倒れたまま計算を巡らせる。その視界の端に黒いものが見えた。黒いコートの男。胸の薔薇の赤がチラつく。
しかし今はそんなものに興味はない、どうでもいい。
意識から黒づくめの男を排除した瞬間、
『これからいつも貴方と一緒よ?』
幻聴などではなく彼女の声がハッキリと耳元で聞こえた。
しっかりとした彼女の肉声だった。
いつもと変わらぬ力強い声。もう二度と聞くことは無いと思ったあの声だ。
自分が殺したはずの彼女の声。
もう動かないはずの彼女。
有り得ない。
ここまで耐えていた理性がブチリと音を立てて千切れるのがわかった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
――連続殺人犯がまさか解剖医だったなんてな。
――しかも恋仲だった警部補まで殺してたなんてな。
意識が戻ると、病室の外から暇そうな警官たちの話し声が聞こえる。ピッピッと医療計器の音が規則正しく鳴っていた。
――犯人の半狂乱の声で警察が呼ばれて、事件が明るみになったらしい。
――担当の警部補は奴に殺されてしまったけれど、あの「ドールドクター」が逮捕できてよかったな。
発狂してからあまり記憶はないが、やはり逮捕されてしまったらしい。そしてここは運ばれた警察病院の中なのだろう。
――しかし、被害者は警部補を入れて五人か。多いな。
――多いが、警部補が居たからそこで止められたのさ。
彼女たちはもう持ち主の元に戻されてしまったろうか。いや、時間的にまだ検死中だろう。とは言え、惜しいことをした。
――聞いたか? 犯人の傷。警部補の骨が犯人の心臓に刺さってるらしい。
――どうやっても抜いたら死んでしまうらしいな。五人も殺したんだ。きっと死刑だろうしザマァみろだ。
やはり自分の生命線はどうあがいても、ハートのペンダントに委ねられているようだ。
――警部補の頭蓋骨をペンダントに加工するなんて、狂ってるとしか思えない。
――だが、それが奴を捕まえる手立てになったのだから、これは奇跡というべきか。
あんなもの俺なら作ろうなんて思わない。心底虫唾が走る。
――あの骨のペンダントはきっと、警部補の執念なんだろうな。
――捕まえる気持ちと逃さないという、警部補の気持ちがこもっているんだろうな。
どんな気持ちで彼女が、あのペンダントを贈ったのかなんて、知らない。正直知りたくもない。
――……警部補は本気で犯人のことを愛していたと思うか?
――まさか、自分の身を挺して犯人を捕まえたんだぞ? 有り得ない。
有り得ない。
その言葉であの時の瞬間を思い出す。
それと同時にぶり返す脳内に響く声。
『これからいつも貴方と一緒よ?』
あの声は確かに彼女の声だった。肉声そのものだったと断言できる。
でも彼女は既に死んでいた。何度も確かめた。彼女は生きてはいなかった。
有り得ない。
まだ彼女が傍にいるというのだろうか? 見えない姿で? 今もここに?
すぐそばに?
有り得ない。
ピー! ピー!
医療計器の警報装置が鳴り響く。
――またアイツ暴れてるぞ! またペンダントをむしり取ろうとしている!
――医師を呼べ! まったく一日に何回発狂する気だ!
――きっと警部補が呼んだ奴への罰だな。
――警部補はきっと、今でも見ているんだろうな。
「いっそ殺してくれぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
赤いカケラがころころと転がり、手のひらほどの植木鉢に当たった。
「よいしょ」
植木鉢に刺さった薔薇が、二枚の葉を両手の代わりにして、カケラを持ち上げる。
花弁にカケラをくっつけると、スルスルとカケラが花弁に吸い込まれた。
「けれど、女性は怖いね、ローズ」
黒ずくめの男はそう呟く。ローズと呼ばれた薔薇は葉を腰に当てるようにして胸を張る。
「そんな事は無いわよ、グレイ。女は愛が深いものなの」
グレイと呼ばれた黒ずくめの男は、両肩をヤレヤレと上げた。
「犯人を捕まえたい、苦しめたいために、自分を犠牲にするのは執念だと思うよ」
ローズは葉を立ててチッチッチと振る。
「あれは愛なのよ。彼と一緒にいたい愛。女の愛の執念がわっかんないかしらね」
彼女は植木鉢の裏からもう一つカケラを取り出す。
「けれどやっぱり彼女のおかけで逮捕できたわけだし」
二人の動きは一瞬止まった。
『何を~』
と二人で頭を突き合わせてにらみ合うのだった。
Bone pendant 神連木葵生 @katuragi_kinari
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