第21話 カフェー・カシェットの女給面接

 かごめは茶の間で周の出来上がった注文書を確認していた。


 さすが周の仕事は早く、紙面には椿を模した真鍮の飾りの詳細がびっしりと書き込まれている。揺れる耳飾りは落ちた椿を摘まみ上げているようで風情があるし、ところどころに使われているチェーンは寒さで動きが制限される環境でも、目を引く設計になっていた。


 名称は『冬の艶めき:椿コレクション』。雰囲気にぴったりだ。


「どう?」

「いいわね、これで黒鉄堂に出しましょう。ケープは椿コレクションから売り出す予定だから、早めに注文書を作ってちょうだい。椿コレクションの試作品とケープの試作品が揃ったら引出ビラの撮影をしなくちゃ。それから……」


 かごめもまた頷きながら、袂からごそごそと一枚の紙を取り出してみせる。

 周は目の前に掲げられた紙に身を仰け反らせながら、文字を目で追った。


「『カフェー・カシェット女給採用募集』?」

「そう。この文章を新聞の広告に出してもらうの」


──西洋童話『ヘンゼルとグレーテル』に登場するお菓子の家を模した世界観コンセプトカフェー『カフェー・カシェット』に改装リニューアル開店予定!


「女給は女の子たちの中ですごく人気が高い職業だもの。すぐに集まるわ」

「じゃあ、俺は一人で黒鉄堂に行ってくるよ」


 周はかごめの持っている注文書を取ると、腕に掛けていた上着を素早く羽織る。


「いいの?」

「逆に二人も要らないだろ。帰ったらカシミヤのケープの注文書を作るからお構いなく」

「そう。じゃあいってらっしゃい」

「かごめも」


 かごめは店先へ出て行く周の背中を見送りながら、茶の間に引っ掛けられた羽織を手に取った。







 銀月荘は改装のために一時閉店することとなった。

 そして今はカフェー・カシェットとして再始動準備中の店内で、かごめとオーナーの小野田が同じソファ席に座ってその時間を待っている。


 オーナーは先ほどからしきりに深呼吸を繰り返して、すっかり緊張してしまっているようだった。対して離れた席から面接の様子を窺っている周と美代は楽しそうにしている。何よりも美代は女給の友達が増えることを喜んでいるようだ。


 かごめは懐中時計を取り出すと時刻を刻む秒針を数えた。

 あと三十秒。かごめは席から立ち上がると、入口の扉を押し開ける。ふと顔を上げて、かごめは思わず動揺する。そこには長蛇の列ができていた。


「まずは一人目、お入りください」


 面接にやってくる女性はピンからキリだった。元々別のカフェーでは働いていたが、世界観に惹かれてやめてきたという異常な熱意を見せる者から、金の欲しさに条件の合う求人に片っ端から応募しているという者まで。

 少し前の取引相手の貿易会社募集を思い起こさせる。


 しかし今回見るべきは志望動機よりも、女給として働ける充分な愛想があり機転が利くか。それと見た目の良さだ。身も蓋もないが。


「友人に『試しに行ってきたら』って薦められて──」


 採用。理由は愛想がよくて美人だから。


「私は社会勉強のために──」


 不採用。帯締めの蝶々結びが崩れているから。身だしなみの細部に気を遣えないのはいただけない。


 終盤になれば、かごめもオーナーもかなり疲れてきた。はじめこそ楽しそうにしていた美代や周も勝手に紅茶を淹れて、ティースプーンでストレートの紅茶をかき混ぜている。


「多分次で最後です。呼んできますね」


 かごめは沸き上がってくる疲れを押し殺しながら扉を開ける。しかし彼女の姿を目に留めた瞬間、息を止めてしまった。

 迫力ある長身の細身。顔は静かだが凛とした雰囲気をまとっている。雪が似合う、まるで精霊なような女性だった。


 しかしかごめはそんな彼女を席へ誘導しながら、心中でため息を零す。愛想がからっきしだ。緊張しているのかわからないが、かごめと目を合わせてもにこりともしなかった。


 周や美代も女性を認めた途端目を瞠って、だらけていた姿勢を伸ばす。


「お名前と年齢をどうぞ」


 女性は無表情で四人の顔を順番に見遣ると、静かに薄い唇を開いた。


「垣矢玲子です。年は十七です」


 かごめは思わず驚きの声が出かかる。

 まさか自分よりも年下だとは思わなかったのだ。身体の細さはまだ成熟しきっていないところから来ているのか。


「し、志望動機は」

「客と関わる仕事をやってみたくて。以前の職場では愛想がないと言われてずっと裏方だったんです」


(まあ、そうでしょうね……)


 そういう今も、玲子の表情は硬く感情が読めない。

 いくつか質問を続けるが、かごめの中ではすでに不採用の文字がちらついていた。無念だが、この態度はカフェーではいただけないのだ。


 玲子は最後まで笑わなかった。ありがとうございました、とか細い声と丁寧な所作で頭を下げて帰ってゆく。

 面接官だけが残された店内で、四人はしばらく沈黙していた。


「今の子すごく美人だったのになぁ」

「そうね……」


 美代の言葉を皮切りにかごめも本音を漏らす。場所が違えばとても輝けるに違いないのに、その舞台すらも思いつかない。

 縁がなかったと切り捨てるにはあまりにも惜しい人材なのだ。


 そのとき、ふと着飾った彼女が文目堂で働く姿が脳裏にちらついた。かごめは勢いのままに席を立つ。


「周、今の子を文目堂うちのマネキンガールに採用しましょう」


 周は手癖で冷めた紅茶をティースプーンでしばらくかき混ぜていたが、はっと顔を上げると紅茶を飲み干して立ち上がった。


引出ビラのモデルにもちょうどいい。追いかけるぞ!」


 周は颯爽と店を飛び出し、かごめも同じく追いかける。


 玲子は背中を丸めて、多くの人に揉まれながらとぼとぼと帰路についていた。彼女が通りを横断しようとする寸前、かごめは声を張って玲子を呼び止めた。


「垣矢さん、垣矢玲子さん!」


 玲子はぴたりと足を止めると、きょろきょろとあたりを見回す。そしてかごめと周の姿を視界に入れると、目を瞠って体を縮こまらせた。


「路面電車に乗ってしまう前でよかった……」


 何とか追いついたかごめは息を切らして肩で呼吸する。玲子は戸惑った様子で、息を整える二人を交互に見遣った。


「あの……?」

「今日は、カフェー・カシェットの女給応募面接に来てくださって、ありがとうございました」

「は、はあ」

「女給として雇うことは難しいのですが、どうか文目堂でマネキンガールとして働きませんか?」

「マネキンガール……?」


 かごめの言葉に玲子は困惑の表情でおうむ返しをする。息が上がって途切れ途切れの様子に、周はかごめを押しのけた。


「マネキンガールってのは店の商品を着て、店先に立ってもらうだけの仕事。文目堂うち引出ビラ配りも兼ねてるけど、やることはほとんど変わらない。……あんた、自分の仏頂面に気づいてるだろ?」


 玲子は周の鋭い一言に、はたと顔に手を添える。そして眉を悲しげに下げて、俯いた。


「でもマネキンガールはその無表情が武器になる。マネキンガールが売るべきは体験も人間性でもない。服だ。服をよりよく見せるために、人の中身なんて時には邪魔になる。俺たちはあんたのその顔と体型と表情を買ったんだ。……垣矢玲子、あんたは文目堂うちでマネキンガールとして働ける?」


 玲子は突如二択を突き付けられて、視線を泳がせた。

 頷かなければこれで終わり。頷いてくれたら、新しいことの始まりだ。文目堂にとっても、垣矢玲子にとっても。


 玲子はかごめと周の真剣なまなざしを目の前に狼狽えると、たたらを踏むように数歩退いた。


「わ、私は……」


 そして玲子は「ごめんなさい!」とこれまでで一等大きな声で叫ぶと、走り去ってしまった。

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