四着目 カシミヤの羽織と冬の艶めき:椿コレクション

第20話 冬のケープ作戦

 周は店の奥の茶の間に転がり込むと、いかにも重厚そうなトランクケースを畳の上に無造作に置いて、その場に腰を下ろした。かごめは冷たくなった手をこすりながら茶の間を通り過ぎ台所へ向かう。


 最近はかなり冷えるようになってきた。外から帰ってきたらまずは温かい茶を飲むのが一番だ。


「疲れたな。かごめ、お茶」

「はいはい。……というか貴方ね、居候なんだからちょっとは動きなさいよ」


 かごめは茶の間から響いてくる周の声に答えながらも苦言を呈する。しかしかごめは口にしてから後悔した。


「俺が勝手に台所を漁ってめちゃくちゃにされるのと──」

「わかってるわよっ」


 周も、文目堂に身を置くことを決めたその日は高慢ながらも何か手伝おうという意思が見えた。しかしそこは良家の息子らしいというか、茶を沸かす勝手さえわからなかったのだ。一通り勘だけで試みたようだが、その結果は散々だった。


 やかんと茶器を探した痕跡だけを残して、結局見つけられなかったらしい。


(まあ、男の子だし無理はないのかもしれないけど……)


 それでもこの下町の人間なら茶の一つくらい沸かせるはず。

 以来、周自身も慣れないことはやるもんじゃないと思ったらしく、客人のような態度を見せている。


 あの惨状はもう二度と見たくない。


「とはいっても、もうちょっと謙虚にするとか……やりようはあるわよね」


 かごめはこっそり呟くと、急須と湯呑二つを盆に載せて茶の間に向かう。

 襖を開くと茶の間では周がちゃぶ台の上で紙に鉛筆を動かしていた。


 周の文目堂にいる時間が長くなったことによって、かごめは周の努力を知った。ぽんぽんと発想が飛び出すものだから天性の才なのだと思っていたが、努力の結晶でもあったのだ。


 かごめはちゃぶ台の上に盆を下ろそうとして、ふと周の頭に視線が吸い寄せられる。周の方が身長が高いので気にしていなかったが、彼の耳の上にはかごめがあげた銀の髪飾りが挿さっていた。


(こういう義理深いところが憎めなさなんでしょうけど)


 かごめは周の目の前に腰を下ろすと、湯呑に茶を注いだ。茶葉からよく香りが出ている。寒い季節にはこれだ。


 一口すすって一息つくと、かごめは不意に鉛筆を持つ手を止めた周に問いかけた。


「ところで冬はどんなことするか考えてるの?」

「かごめは?」

「私は……金木犀コレクションの時みたいに、同じようなことが何かできたらって思ってる。あとは諏訪商事さんがカシミヤの生地が届いたって言っていたし、そのあたりを使って防寒具が作れたらいいわよね」


 周に問い返されても、かごめは淀みなく意見を言えるようになってきた。これも経験の積み重ねのおかげだ。

 周は手の中で鉛筆をくるりと回すと、顔を上げて紙をかごめに見えるようにひっくり返す。


「じゃあ、俺の案聞いてくれる?」

「ええ。話して」


 紙には上半身に何かを羽織っているシルエットが大きな女性が描かれていた。羽織というには少し短く厚みもある。


「この冬文目堂が売るべきはカシミヤを使った羽織風のケープだ」

「ケープというと洋装のイメージがあるけど」


 モダンガールが洋装のワンピースに合わせている姿が想像される。呉服店の文目堂が売るとは新しい組み合わせだ。


「ケープは首元のボタンで閉じられる前開きの袖のない外套のこと。洋装に合わせるにはケープ単体だと寒くて着こなしにまだまだ工夫が必要になる」

「そうなの! ケープってかわいいのにこれからの時期、洋装の人は皆寒いのかケープよりもコートを着てしまって」


「でも和装なら元から厚着だから上から重ね着する必要もないし、羽織なんかを着る時に邪魔になる袖が、ケープなら気にならずに上半身の寒さが解消される。さらには厚みのある編み方をすると、平面的になりがちな和服に立体感を持たせてくれる」


 確かに周の描く女性の姿はそろばんの玉を横から見たような格好になっている。羽織やコートを羽織るのでは一本の円柱のようになって、こうはならない。


「で、今回俺が提案したいのは、ケープだ」

「そうね、絵を見る限り首元で留まってないわ」


「首元に釦をつけないかわりに、お客には羽織留めを使ってもらう。和服は着物と帯の組み合わせが醍醐味なのに、釦で前を閉じて帯が見えなくなってしまったらもったいない」

「つまり他店との差別化ってこと?」


 ただケープを合わせるだけなら他店で購入してもいい。しかしケープに羽織止めという組み合わせは文目堂だけだ。


「そうなる。さらにこのケープに使ってもらう羽織留めは金木犀コレクションの続編、椿コレクションで売り出すんだ。冬は選んで着る色も街の景色も寂しくなってどうしても平面がちになる。椿もまた立体的に咲いてそのまま落ちる花だしちょうどいい。──どう? 社長さん」


 興味深い提案だ。ケープは防寒具なのでカフェーの女給たちに着てもらうことは叶わないだろうが、椿コレクションなら展開次第では身に着けて接客できる。


「カシミヤの羽織風ケープはとてもいいと思う。すぐにでも商品化を進めるべきだわ。でも椿コレクションの展開はどうする予定なの? 季節の移り変わりに甘んじて金木犀の時と同じ展開にするのか、椿コレクション独自の展開を繰り広げるのか」


「もちろん、全く別で考えてるよ。そもそも前回とは目的が違う。展開は簪、揺れる耳飾り、ブローチ、羽織留めの四種類。目玉は羽織留めだけど、揺れる耳飾りは背伸びしたい女子には魅力的だし、簪の使い方もいくつか考えてる。鼻緒の前坪飾りは好評だったけど、冬はみんな雪下駄を履いてつま先を隠すから意味がないし」


 周はそう言うと耳の上に挿さった銀の髪飾りへ手を伸ばした。


「分かったわ。じゃあ、今回も予約販売から数量限定販売の形で進める。それからケープはうちの縫製部門に任せるけど、きっと作るのにあまり時間はかからないでしょうから、先に作り始めちゃった方がいいわね」

「じゃあケープの注文書を先に──……待て、縫製部門?」


 周は突然言葉を切って、眉を曲げながら訊き返した。


「どうかした?」

「文目堂って縫製部門があったのか?」


 周がやけに神妙な表情で尋ねるので、かごめはむすっとして答える。


「腐っても中店、それくらいあるわよ。というか貴方のつぎはぎ細工パッチワークの着物を作ったのはうちの縫製部門のおばちゃんたちよ」

「てっきりかごめがやったのかと」


「私じゃ素人仕事になるしあんなにきれいには作れないわ。ここから少し離れたところで働いているから、会ったことないのは当たり前だけど……そんなに驚くこと?」


 かごめは周がぽかんと口を開けるので、その呆けっぷりに唇を尖らせる。

 文目堂の規模は井倉屋や赤坂屋には遠く及ばないが、これでも下町では名だたる呉服屋なのだ。


「じゃ……じゃあ、まあ、ケープの注文書を明日中に作っておくよ」


 周はどれだけ驚いたのか心ここにあらずな調子だ。しかし精一杯取り繕って言いながら、茶の間から出て行こうとする。

「お願いね」

(というか中店だろうが小店だろうが呉服屋に縫製担当くらいいないとやっていけないでしょ。どんな箱入り息子なのよ)

 かごめは周の背中を見送りながらそう思った。

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