第19話 秘密兵器を添えて
姿を見せたのは焼き菓子の寄せ集めのような着物に、白い洋エプロンをした美代だった。美代の表情は一段と明るくなっており、三人の前に立つとその場でくるりと回ってみせる。
「すごく可愛いです! 着てみて分かったけど、端切れは茶色だけじゃないんですね?」
「『お菓子の家』は焼き菓子だけでできているわけじゃないからね」
美代は自身のまとう着物の袂を覗き込むと、ぽつぽつと紛れ込んでいる桃色や白の端切れを指さす。美代の分かりやすい反応に、周は満足に足を組んで答えた。
「キャンディーやゼリー、クリームも西洋を代表するお菓子の一つだよ。それから、エプロンの最適な付け方はそうじゃない」
周が立ち上がった瞬間、かごめは小野田に目配せした。小野田は躊躇いがちに許可を出す。
周は美代の背後に回ると、帯の下で結ばれた紐を解いた。
「落ちないように持っていて」
「は、はい!」
周はエプロンの右側の肩ひもを手に取るとと、美代の着物の袖をまくり上げて袂を巻き込むように背中で交差させる。続いて左側も同じようにすれば、両方の紐を帯の下にくぐらせた。
「たすきみたいにも使えるってことですか?」
「それだけじゃない」
周は紐を帯の結びにぐるりと巻き付ける要領で上に持ってくると、リボンのようにも見える文庫結びの上からエプロンの紐の蝶々結びを重ねて垂らす。
袖などやリボンの塩梅を整えてやれば最後の仕上げだ。
「腕を出して」
周は、背中で繰り広げられている着こなし指南に興味津々になっている美代に腕を出させると、細長いレースの端をつなげて輪にしたものをさらに取り出した。美代の細い腕に通してやって、心もとない着物の袖の上から肘の上で留めてやる。
「これは袖止め。ゴムという伸縮性のある素材でレース状に編まれてる」
周は美代の左腕に袖止めを通し終えると、少し離れたところから眺めて、それからかごめに視線を送った。
かごめは小野田を見上げると、「どうですか?」と囁きながら、美代へ目線を誘導した。目を輝かせる美代に小野田は口を開きかける。しかし何も言うことなく口を閉じてしまう。
美代は父親のその様子に「なんで!」と声を上げた。
「文目堂さんはいろいろ考えてきてくれたんだよ? こんな客入りの乏しいカフェーに素質を見出してくれてるの。ちょっとだけでもやってみようよ、お父さん!」
「待ってください。あともう一つあるんです」
かごめは興奮する美代を宥めて、周の持ってきたトランクへ手を伸ばした。かごめが取り出したのは立方体をした木箱。かごめはテーブルの上に慎重に乗せると、木箱の蓋を開いた。
中には新聞紙で包まれた何かが収まっている。かごめは中身を取り出して小野田に手渡した。
小野田は怪訝な表情で恐る恐る新聞紙を捲る。すると、中から姿を覗かせたかが気にはっと目を見開いた。
「
小野田はガラス食器を外から差し込む日の光にかざした。中に封じ込まれた気泡が陽光を反射してきらきらと輝いている。
「金額はご心配いりません。新調するための食器代は
もう一押しだ。かごめは小野田を真っすぐ見据えた。
「この一週間、私は銀月荘さんの料理をいただいてきました。銀月荘さんのトーストからオムレツ、プリンやクリームソーダに至るまでどれも絶品です。こんなにおいしいのに、世の中に知られていないというのはものすごくもったいない。お客様が店にいらっしゃらないのは料理が悪いんじゃありません。
かごめは短く息を吸うと、深く頭を下げた。空間を満たすのは痛いまでの沈黙。
「お父さん……」
美代のか細い声が静寂を破った。それが決定打となったのだろうか。
小野田の深い吐息がかごめの頭上に降り注ぐ。
「遠藤さんと言いましたよね」
「はい」
かごめがゆっくりと顔を上げると、目の前には手のひらの分厚い料理人の手が伸びていた。
「どうか、うちをよろしくお願いします」
かごめは表情を明るくすると、小野田の手を取り口を開く。
「こちらこそ、よろしくお願いします! ……では手始めに、店名を世界観に合わせて『銀月荘』から『カフェー・カシェット』に変えましょう」
「『カシェット』?」
かごめの早速の提案に小野田と美代は目を丸くして口を揃えて驚いた。
銀月荘──カフェー・カシェットから出ると、黄みを帯びた陽光が空を染めていた。夕焼けというにはまだ早い時刻だが、日の短さが冬の訪れを感じさせる。
本当に寒い冬の日になる前に店を盛り返さなければ。
かごめは夕日に向かって大きく伸びをする。
「一仕事終えたわね」
周は長く伸びた影の背後から近づいて、かごめを抜き去った。
「まだ始まったばかりだよ。帰ったら冬に向けて何を売り出すか作戦を考えなくちゃ。……それより、」
周は足を止めてかごめを振り返る。
「『
「素敵でしょ?
「かごめにしては悪くない」
周は鼻で笑うと、再び前を向いて歩きだした。
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