第36話 市場での宝物と迷子の子ども

 市場は今日もにぎやかだった。魚介の香り、香辛料の匂い、露店の呼び声……人混みに少し圧倒されながらも、僕はミオと歩いていた。


 その時だった。


 トテトテ。

 肩から飛び降りたミオが、短い手を伸ばして指さした。


「ムキュッ!」


 そこには、色とりどりのガラス細工を並べた露店があった。陽光を受けてきらきらと輝いている。その中で、ミオは小さなガラスの貝殻に釘付けになっていた。淡い青色に透けて、手のひらにのせれば涼やかな音が鳴りそうな一品だ。


「気に入ったのか?」

「ムキュッ!」


 うっとりと見上げている様子があまりにもわかりやすくて、僕は笑って代金を払った。


「ほら、ミオ。大事にするんだぞ」


 貝殻を受け取ったミオは、短い手でポシェットのボタンを押し―― 大切そうに 中へ仕舞った。

 そしてぽんぽんとポシェットを叩いたあと、きゅっと息を吸い込んで――。


「さと、くん! あ……あ、あいやとう!」


 一瞬、僕は耳を疑った。

 でも確かに、今のはミオの声だ。


「……ミオって、たまに喋れるんだな」

 とても嬉しい時とか、僕を守ろうとしてくれる時とか……気持ちが通じた時なのかな。

 そんな気がして、自然と頬が緩んだ。


 ミオは得意げに「ミー!」と鳴き、僕の肩へぴょんと戻ってきた。


 ――と、その時だった。


「……おかあさん……」


 人混みの向こうから、小さな泣き声が聞こえてきた。


 果物屋の軒先で、まだ五歳くらいの女の子がうずくまっている。目元をこすりながらしゃくりあげていた。


「……迷子か」

 僕が足を止めると、ミオも肩から飛び降りてトテトテと女の子の前に歩いていった。


「ぅゆ〜?」

 短い手をそっと差し伸べる。


 女の子は一瞬きょとんとしたが、すぐに「ひっ」と涙をこぼした。


「ミオ、びっくりさせないように……」

 そう言いかけた瞬間――。


「みゅう! みゅみゅみゅみゅ!」


 ミオは必死に両手をばたばた振って、子どもに話しかけた。

 女の子はぽかんと目を丸くし――そして、少しずつ笑みを浮かべていく。


 ミオは「みゅみゅ!」ともう一声鳴き、ポシェットのボタンを押して――さっき仕舞ったばかりのガラスの貝殻を取り出してみせた。


「……きれい……」


 女の子は涙を拭い、見とれている。


 僕はそっとしゃがんで声をかけた。

「大丈夫? お母さんを探そう。名前は言えるかな」


 女の子は小さく頷いて名前を教えてくれた。すぐに近くの衛兵を呼ぶと、親御さんが見つかり、無事に再会できた。


「ほんとうにありがとうございました!」

 母親が頭を下げ、女の子も「ありがとう」とミオに手を振る。


「ミッ!」

 ミオは今日は胸を張らず、小さく「ぅゆ」と鳴いた。照れているのかもしれない。


 帰り道。肩に抱き上げたミオが僕の頬にぴとっと寄り添ってくる。

「ありがとうな、ミオ。君のおかげで助かったよ」


「さと、くん! みゅみゅみゅ!」


 今度は僕に向かって話しかけてきた。

 思わず足を止めて笑みがこぼれる。


「……ああ。本当に、頼れる相棒だ」


 市場の雑踏の中、僕はミオを撫でながら歩き出した。

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最弱スライム? いいえ、僕の相棒は世界一かわいいです フルーツ仙人 @satokunmio

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