第35話 不思議な店の秘密
正式依頼を終え、僕たちは東の都に戻った。
報告を済ませたあと、アヤメさんとリュシアンさんとは一旦別れ、ミオと一緒に街を歩く。
「ムキュッ?」
肩の上で短い手をちょいちょいと動かすミオに、僕は頷いた。
「うん。昨日の“幻の製麺”、すごく美味しかっただろ? あれをくれたおじいさんにお礼を言いに行こう。それに、リュシアンさんに“どこの店だ”って聞かれたからさ、もう一度確かめに行こうと思って」
僕は記憶を頼りに、細い裏路地を抜けていく。石畳が急に古びて、人気も少なくなった頃――ふいに、昨日と同じ、骨董品店のような木の扉がぽつんと現れる。
扉を押すと――。
からん。
「戻ってきたんだね……ウヒヒヒ」
例のおじいさんが、口の端をくいっと上げて店の奥に鎮座していた。
妙に楽しそうな声。
丸めた背には、袖無しのちゃんちゃんこを羽織っている。真っ白な髪がすだれのようで、顔は梅干しみたいにしわくちゃだ。
「昨日は“幻の製麺”、ありがとうございました。すごく美味しくて、みんな喜んでました」
「キヒヒヒヒ……そうだよ、そうだよ……あれは特別だからねぇ」
僕は続けた。
「それで、仲間がお店に来たいって言ってました。幻の製麺を食べてみたいって」
「ウヒヒヒ……でもねぇ……その人たちは、ここには来られないんだよ……ウヒヒヒ」
「えっ? どうしてですか」
僕は驚いて口を開けた。思わずヒソヒソ声になる。
「秘密のお店なんですか? 会員制だったり? 教えない方がいいんですか」
「秘密……というよりねぇ……ここは“隠しマップ”なんだよ。キヒヒヒヒ」
「……隠しマップ?」
「そうそう。プレイヤーしか見つけられないんだよ。幸運値が九九以上じゃないと、扉は見えないのさ……ウヒヒヒ」
僕は瞬きを繰り返し、ちょっと考えてから肩をすくめる。
「……よ、よくわかんないけど、そういうものなんですね」
「そういうものだよ。ウヒヒヒ。気にしなくていいんだよ」
軽く言われると、逆に本当にただの変わり者なんじゃないかと思えてきてしまう。
「ムキュッ」
ミオが短い手で僕の頬をちょんちょん。
「その子も特別だからねぇ……大事にするんだよ……ウヒヒヒ」
言葉の調子は変わっているけど、悪意は感じない。
だから僕は、なんとなく笑って返した。
「はい。ありがとうございます」
店を出て扉を閉め、振り返ると――もうそこには建物の影さえなかった。
「……やっぱり不思議だなぁ」
「ムキュ」
ミオがぴとっと頬に寄り添い、僕は「異世界転移したくらいだし、このくらい、まぁいいか」と流しながら歩き出した。
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