営業マンと探偵と

案山子

営業マンと探偵と

『わたしは鈴木直也すずきなおや

四十五歳の男性で、某商社で営業マンを勤めている。

自宅に帰ればあいする妻がいて、いとしい十歳の一人娘がいて、ペットのハムスターもいるーー近頃は鬼気迫る勢いで回し車を回しているが、ストレスでも溜まっているのだろうか?ーー

そんなごくごくありふれた一般人であるわたしが、まさかあのような心を乱すような目に遭ってしまうとは……。

事の始まりは一通りの外回りを終えた昼下がり、とある公園のベンチに座り、コンビニで購入したパンとペットボトルのコーヒーで遅めの昼食を取っている時に、ボサボサ頭で目の下にクマができた二十歳は過ぎているであろう見知らぬ若者に声を掛けられたことであった』



「あのぅ〜、栄養摂取中にすいません」


「そこは素直にお食事中でいいのでは? とまぁそんなことはどうでもいいか。はい、何でしょうか」


「……………………………………………」


「…………………………………………。え? キミの方から話し掛けといて、なにも言わないの?」


「あぁ、すいません。どう言葉で説明すればいいのかわからなくて。

あの、一応伺いますけど、テレパシーとかって使えますか?」


「使えないよ。お店で電子決済を使えるかどうかを尋ねるみたいなノリで聞いてきてるけど、誰もテレパシーなんて使えないよ」


「…………そうですか。なら口で説明するしかありませんか。ふぅ、面倒だなぁ〜」


「え? なんでそんなヤレヤレ感を全力で醸し出すの?

それだとテレパシーを使えないわたしがなんだが悪いようにみえるんですけど……」


「それは被害妄想が過ぎるってもんですよ、鈴木直也さん」


「! どうしてわたしの名前を!?」


「やっぱり驚きますよね。初対面しょたいめんの人間に自分の名前を呼ばれるのは。

とりあえず立ち話もなんなのでお隣失礼しますね」


「て! おい! 勝手に隣に座るな!!」


「まぁまぁ。そんなに怒鳴らないでくださいよ。

これから重要なお話をしなければならないのですから」


「重要な話?」


「そうです。実はボク、探偵業をしていまして」


「探偵業、だぁ?」


「えぇ。こんな見た目の若造が探偵業と言っても信じてもらえないかもしれませんが」


「ふむ。その辺の常識はちゃんと持ち合わせているようだな」


「ハハハ。まるでボクが非常識な人間みたいに言わないでくださいよ」


「ふむ。その辺の自覚は持ち合わせてはいないようだな」


「ハハハ。酷い言われようだな。

……さて、と。雑談ももうそろそろおひらきにして、本題に移りましょうか。

鈴木直也さん、アナタとんでもない嘘を周囲についていますよね」


「嘘? いったいなんのことだ?」


「またまた空惚そらとぼけちゃって。嘘はもう全てバレているんですから、ここは正直に白状しましょうよ」


「だからなんのことを言っているんだ。わたしは嘘なんて一切ついてないぞ!」


「お認めになりませんか……。それなら仕方ない、ボクの方からアナタの嘘を暴かせてもらいます。

直也さん、いまのアナタは地球人ではないですね」


「は?」


「鈴木直也も偽名で、本名はゴカゴーラ・z《ゼット》っていうんですよね」


「わしゃ某有名の炭酸飲料か! なにがゴカゴーラ・Z《ゼット》だ!」


「あ、zは大文字ではなく小文字です」


「知るか! 変なとここだわるな!!」


「たしか出身も地球から五十光年離れたブァンダークレーブ銀河にあるミッツイザイター星とか」


「銀河も惑星も某有名な炭酸飲料から取ってるじゃないか!!

それはなんだ、こだわりか?

それとも新しいネタが思いつかなかっただけなのか?」


「やめてくださいよ、そんな見え見えの話しの逸らしかた。見苦しいですよ」


「見苦しいのは断然キミだよ! それにわたしは正真正銘の地球人だ。愚弄するのも大概にしたまえ!」


「あらら。また怒鳴られてしまいました。

でもね、直也さん。ボクの依頼主はほんとうにアナタのことを地球外生命体だと確信しているみたいなんですよ」


「はぁ!? なにを根拠にそんなこと言ってるんだ、そいつは。そもそもその依頼主とは誰なんだ!」


「それは守秘義務なので教えられません。

依頼主が九十過ぎのおじいちゃんだなんて絶対に教えられませんよ」


「この令和の時代にベタなバラし方してる!!

というかそのおじいさん頭がもうぼけているのではないか? 地球外生命体だなんて馬鹿馬鹿しい」


「いや、それはないですよ。

だってそのおじいちゃんデイトレーダーとして月一千万以上も稼いでいるようですから」


全然ぜんぜん頭ぼけてないじゃん!」


「でも早朝になると近所を徘徊するみたいなんですけどね」


「やっぱり頭ぼけてんじゃん!」


「けどよくよく聞いてみると、徘徊じゃなくて健康のために散歩をしていただけらしいんですよ」


「やっぱり頭ぼけてないじゃん!」


「それでも自宅に戻れなくなって何度も迷子として保護されているようなんです」


「結局は頭はぼけていたっていうオチか!」


「けどそれは生まれ持った方向音痴のせいで、若い頃からちょくちょく道に迷っていたらしいんですよ」


「結局のところは頭はぼけていなかったていうオチなんかい!!

もういい! これ以上いじょう不毛な時間に付き合ってられん! 次の仕事があるんでここいらで失礼させてもらう!」


「ちょっと待ってください直也さん。依頼主のおじいちゃんは本物の鈴木直也さんをご家族の元に戻し、ブァンダークレーブ銀河のミッツイザイター星にこのまま大人しく帰ってくれるなら、事を騒ぎ立てはしないと言っているんですよ」


「ハイハイ、そうですか。それではさようなら」


「ちょ、ちょっと直也さん。あ〜あ、行っちゃった……。

と、電話だ。もしもし。あ、村田の爺ちゃん? ちゃんと依頼通りにやったよ。

ウン。言われた通りの公園のベンチに鈴木直也さんっていう人は確かに居たよ。

ウン。ウン。忘れずに地球外生命体でしょって突きつけたよ。凄く不機嫌になったけど。

ウン。ウン。え? これで地球は救われた? なに言ってんの村田の爺ちゃん。は? 占いでそう出てる?

ウン。わかってるわかってる。村田の爺ちゃんの占いが外れたことは一度もないんだもんね。

ハイ、ハイ。それじゃこれで依頼は達成ってことでいいんだね。

ウン。ハイ。ご依頼ありがとうごさいました。それじゃあ切るね、村田の爺ちゃん、バイバイ。

………………はぁ、鈴木直也さんが異星人で地球侵略を企んでいただなんて、そんな与太話をするなんて村田の爺ちゃんほんとに頭がぼけちゃったのかな?

まぁ年も年だもんなぁ。さてと、仕事も終えたし、ボクも帰ろ」



『わたしは鈴木直也すずきなおや

四十五歳の男性で、某商社で営業マンを勤めている。

自宅に帰ればあいする妻がいて、いとしい十歳の一人娘がいて、ペットのハムスターもいる。

そんなごくごくありふれた一般人を完璧に演じていたはずなのに。

どうしてあの若造はわたしが地球人ではなく、異星人だと気付いたのだ!

我らの特殊能力で、目視した生き物の姿形を一寸の狂いもなく擬態ぎたいでき、なおかつその者が持つ記憶や性格や思考などの類いも一瞬にして同化できて、誰にも怪しまれることなくその者になりきれるのに。

攫った鈴木直也本人も我が母船の人工冬眠施設にて現在も眠っているとの報告は受けている。

なのになぜあの若造はわたしが鈴木直也ではないとわかった!

もしかしたらあの若造は我々の地球侵略作戦のこともすでに知っているのか?

それに我々のことを勘づいているのがあの若造だけとは言い切れない。

あの若造の仲間がすでに我々の地球侵略作戦に対してなんらかの対策を練っている可能性だってある。

これは由々しき事態だ!

近々、地球侵略作戦を決行しようと目論んでいたが、ここは中止にすべきだろう。

わたしは慎重に物事を進めることを信条としている。

僅かでも不安要素があるならば、指揮官として作戦を断念するのもまた勇断であろう』




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

営業マンと探偵と 案山子 @158byrh0067

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ