第3話 国民を失った貴族
「うちの村はね、昔はこんなに発展していなかったの。この村を捨てて全員で隣の村まで引っ越さないかって話が出ていたほどにね。——」
翌朝、もう一度彼女の家を訪れるとと、昨日よりも少し崩した服装で私を出迎えてくれた。
昨日と比べ少し温められたお茶を飲みながら彼女の話を聞く。
彼女の話はこうだ。
この村は昔とても小さいものだった。しかし、数年ほど前に近くの国の商人がやってきてから全てが変わったらしい。どうやら商団の若旦那がこの森に迷い込んだ際に、ここには他の地域で幻とも呼ばれている希少資源が眠っていることに気がついたという。それ以来、彼はこの村へ大急ぎでやってきてすぐに交渉へ名乗り出たそうだ。それを承諾してからは毎日のように商人が押し寄せ、物を売る変わりにその希少資源を買っていったらしい。おかげで村は大発展を遂げ、今のような活気あふれる街並みを作り出せたのだ。
彼女はお茶を一口飲んで続ける。
「しかし、だ。お嬢さんも気づいているでしょう?この村に商人が一人もいないことに」
「たしかに、昨日と今日で一度もそれらしい人はいませんでした」
「そう。そこで昨日話した依頼に移るんだけど」
「......なるほど、依頼内容は理解しました。ですが、単純に必要がなくなった、みたいな可能性はないんですか?」
「それもある。だけど、それにしても音沙汰がないのはどうにも不可解だと思わない?」
「商団、あるいは国自体になにかが起きたということですね」
「私が思うに、国はとっくに滅んでいるわ。今までに何度か調査依頼を出したのだけれど、みんな国に溢れる瘴気に気圧されて逃げ帰ってきているの。」
彼女は後ろの棚から一冊の新聞を取り出す。
私も見せてもらうと、それは三ヶ月前に刷られたものだった。
「もし国が滅んでいるなら、その原因も探ってきてほしい。......えぇもちろん、報酬は上乗せするわ」
「交渉成立です」
私がだんまりを決め込むと、彼女はそれを察したように一言付け足す。
少し申し訳なく思ったりもするが、旅人としてお金を諦めたりすることはできないのだ。
「じゃあね。小さくて可愛いお嬢さん」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
彼女と別れたあと、私は村の門番に道を尋ね王都へと直行した。どうやら王都は少し高い山の上に建てられているらしい。
ゼーレがいないこともあり黙々と歩いていると、いつの間にか夜は更けり王都揉めの前のところまでたどり着いていた。
もう少し進むと、突然夜に染められた高い城壁が私の前に聳え立ち、検問所を知らせる看板が現れた。
私は苔むした城壁に手のひらを滑らせながらランプ片手に誰もいない検問所を通過した。
壁の内側の瘴気はかなり強いが、ネクロマンサーの私に効くほどではない。
「......至る所に悪霊の気配。少し前まで栄えていたとは到底思えないわ」
村よりも硬い素材の道を音を立てながら進み、国の中を散策する。土地が狭いのかほとんどの建物が一階と二階に分かれており、二つが別々の店の看板を掲げているところも沢山あるようだった。
慣れない閉塞感の中しばらく歩いていると、やがて目の前に大きな館が見えてくる。
「この周りだけ悪霊の気配がない。結界が張ってあるわけでもなさそうだし...まさか元凶が......?」
門から見える庭園はかなり広く、かなりの爵位が伺えた。
私は固唾を飲んで庭の門を押し開ける。
もはや誰も管理していないであろう雑草まみれの庭を見渡し、目の前の館に目を凝らした。
「おかしいな......ここまで広範囲を悪霊にできるほど強い能力の持ち主ならとっくに私の存在に気づいていてもおかしくないのだけど」
元からここには誰もいなく、たまたま悪霊が寄り付かないだけなのかもしれない。もしそうなら、生存者を探す前にこの広い敷地を利用してでっかい浄化魔法でも掛けようかしら。
そんなことを思いながら、五分ほどしてようやっと館の扉へたどり着く。
私が私を肩車してようやく扉の端をさわれるぐらいだろう。全身が赤く塗装されていて極めて精巧に模様が掘られている。
「......んン〜!なにこれ!まったく開かないじゃないのよ......。人の力で開かないなんてどんな設計ミスよ!まったく」
私が非力なのはわかっている。筋力増強の補助魔法も持っていない。
だけど、普通こういうのってメイドとか執事が開けるわよね、なんでこんなに重いのよ。錆びてるんじゃないの。
「はぁ、どうせ人がいないならいいわ、気前よくやっちゃいましょうか」
私は10歩ほど後ろに下がり、もう一度扉に向き直った。
右手の人差し指を立てて目の前の虚空に大きく円を描く。すると円の軌跡が光だし、その光が共鳴するように内側を線で埋めていった。
私が出来上がったそれに魔力を込めると、白く輝いていた魔法陣が赤く染まる。
「覚悟なさい。このポンコツ建築」
大きな爆発音とともに扉のあった場所に濃い煙が立ち込める。
ここからはいつ敵に出くわしてもおかしくない。気を引き締めていかなくちゃ。
私がそう思った矢先のことだった。
風穴の奥で大きな轟音が襲ってきた。木が音を立てて倒れながら床に倒れるような音。私は恐怖する。
「きゃっ!何?崩壊とかシャレにならないわよほんと。あーもう入れなくなったら終わりも終わりよもやもやする。早く煙どきなさいよ!」
急いでランプにもう一度魔力を込める。さっきよりも小さめの魔法陣から横向きの竜巻が生まれ、目の前の煙を奥へ奥へと押し出していった。
さっきまでとどまっていた煙たちは一気に霧散し、ゆっくりとエントランス広間が明らかになっていく。
ランプの先に広がる世界では、灰色の埃にまみれたカーペットが私を出迎えてくれた。
少し先まで進んでみても特にこれと言った瓦礫は見当たらない。
「とりあえず崩壊......ではなさそうね。——ッてことは...!誰かいるでしょう!姿を見せなさい!」
私はすぐさまランプの持ち手に魔法陣を展開する。それを真上に投げることで部屋の中心へと魔法陣を移動させそのまま光魔法を部屋全体へ行き渡らせた。
全方向へと迸る閃光はやがて奥の巨大な階段へと足伸びていき、2階へ続く踊り場にて座り込む形の人影を伸ばしていく。全く手入れをしていないボサボサの赤髪が肩から上のすべての肌色を隠してしまっている。
その隣には轟音の犯人であろう、柱を四 , 五本を含んだ階段の手すりが人影に向いて倒れていた。きっと彼はその手すりとともに階段を転げ落ちたのだろう。
恐れと興味が同時に生まれる。私は両手でランプをキャッチし、臨戦態勢を整えて声を上げた。
「どれだけ息を潜めても無駄よ!早く観念して顔を晒してちょうだい!」
元凶だって生き残りだって、私には関係ない。この街の情報を何が何でも手に入れなくてはならないんだから。
私は確かにそういう意気込みで彼に歩み寄ろうとした。しかし、そんな私の試みは不覚にも不発に終わった。
人影の主が立ち上がり、その全身を光の元に晒したのだ。彼が片手で髪を乱し上げ、ようやく人影が男だったことが判明する。
男は、血のように赤い髪を膝までくゆらせ、魔法の光を反射させるその瞳はまるで月光のように憂いに細められていた。顔の左目より上に痛々しい痣が刻まれており、皮膚が赤く変色してしまっていた。
服装は赤と黒を基調とした高貴な貴族服。長く手入れしていないのか所々に傷が見えるが、当時の輝きの面影はいまだ消えていなかった。
「......私に用か」
彼は腰に掛けていた剣を鞘ごと引き抜き、杖のように真下へ突き立てる。
魔法は使っていないが、振動とともに伝わる彼の静かながらも鋭い気迫が私の足をひりつかせた。
彼は光魔法を直視し目が眩んだに見えたが、一度の瞬きを挟んだ後、すぐさま私を見下ろし睨みつけてくる。
そして彼はまさに威厳が具現化したような声量で私の支配を目論んだ。
「私はペトリコール家8代目当主。シレンツィオ・アルカ・ペトリコールである。貴殿の名にも、なにが目的かも興味はない。私の左手が貴殿に振り下ろされる前に、即刻立ち去るがいい!!」
尋常の人間ならば、この時点で気圧され速攻逃げ出すのだろう。
しかし、ここにいる"私"は残念ながら尋常ではない。ネクロマンサーになってまで生きようとした愚か者が、この程度の威嚇に恐れ慄くはずもなかったのだ。
外套の魔女たち 亡霊部員 @Helvelicksizuki
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