第2話 村のしがない外交官

❦ : ネクロマンサー 

   寿命:∞(契約を交わした時の容姿を維持する)

  魂の半分をアンデットに捧げ契約することで生まれる種族。生まれる要因はそれぞれであるが、一度それになれば二度と元種族には戻れず、死後転生した後に元種族に生まれ変わる可能性もかなり低くなる。共通点を挙げるとすれば、彼らはアンデットと身体を交わすことでお互いの感情を理解でき、同時に契約したアンデットと会話を交わすことができる。



 ❖✻ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ✻❖



 村を後にした少女――私は、知り合いのいるという隣町へ行くべく、永遠と何も無い道をただひたすらに歩き続けていた。

 その横には先ほどまで着ていた外套が独立して空を飛んでいる。フードの中には、目元に左右三つずつの丸い痣が横に並んでいる緑髪の女の子の顔が浮き上がっていた。

 まるでドクロを彷彿とさせるその瞳の色こそ黒だが、瞳孔が2つに分かれており明らかに人間離れした容姿になっている。更には左目から魂の揺らぎが漏れており、それはアンデットを証明していた。


「お姉ちゃーん。お昼は飛びづらいよー。風が吹いたら手でフード押さえなくちゃいけないの」


 「ゼーレが言ったんじゃない。私の中に籠もってるばっかじゃ退屈だーって。少しくらい我慢しなさいよ」


「だってー......お姉ちゃんがもうちょっとアクロバティックな動きしながら移動してくれたらたのしーのになー」


 ゼーレと呼ばれたアンデットは少し悪戯に私へ笑いかけ頭上をぐるぐると旋回していく。

 空中でバク転や宙返りを繰り返し、最後に私の頭にぶつかってゼーレのアクロバティックショーは幕を閉じた。

 ほぼ外套がぶつかった衝撃しかなかったが、私はわざと誂うように痛がってみる。


「はぁ、悪かったですね死霊術師で。わたしゃあなた様がいないと誰とも戦えない無能ですよ」


「あーんごめーん。怒らないで私のおやつが減っちゃう」


 そのまま分かりやすく拗ねてみると、まんまと本気にしたゼーレが彼女の身体に泣きついた。

 そしてこれに味をしめた私は、しばらくの間怒った振りを続けてゼーレの愛嬌を堪能しまくることにしたのだ。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 あれから数時間歩くと、ようやっと村の柵が遠くに見えてきた。

 私はゼーレから外套を還してもらい、それを身につける。まだ日は落ちていないのでゼーレは私の中に籠ってもらった。


「待て。あんた、見ない顔だな。どこの子だ?」


「私、無所属で旅商人やってるんですけど、こういったものを扱ってて」


 私はあらかじめ用意しておいた宝石を収納魔法から取り出す。

 この地域ではあまり主流ではないタイプのものなので門番はすぐに納得してくれた。

 門をまっすぐ進みながらポケットに入れておいた地図を広げる。

 昨夜の母親が知り合いの家までいけるようにと手書きの地図を描いてくれたのだ。


「えぇと、知り合いの外交官の家は村の東側か。村の真ん中に大広場があるなら、そこを左に曲がればいけそうね」


 昔ここに住んでいたそうで、彼女曰く、十数年前は本当に小さい村でなにか災害が起きたら立ち直れないほどだったそうだ。

 しかし、私の予想とは裏腹に今の村はかなり発展しているようで、石レンガで舗装された道を始め、そこに面して構える宿や商店。規模こそ小さく客足も多いとは言えないが、雰囲気からは街を名乗っていいほどの活気を感じ取れた。

 都市のようなゴテゴテとした街並みはあまり好ましく思えないが、この程度の村人同士が助け合っているような街並みはそこまで嫌いではない。

 私は気分が良くなり鼻歌交じりのステップで外交官の家へ向かった。


 チャリン

 私が扉を開けると取り付けられたベルが鳴り、店中に爽やかな音を響かせる。

 部屋の奥を見るとカウンターがあり、そこで一人の女性が新聞を読んでいた。

 銀髪の髪に藍色のインナーカラーが目立つショートカット。シンメトリーになっていて前髪の七割が左側に寄っているかなり特徴的な髪型をしている女性。右の耳に大きめの丸いドロップピアスをつけていてとても大人びた印象を受け取ることができた。

 彼女はベルの音で顔をあげ、私と目が合うなりすぐさま表情を明るくする。


「話は聞いてる。歓迎するわ」


 彼女は立ち上がり部屋の真ん中にあるソファーへと移動した。

 そのまま慣れた手つきでお茶を淹れ、私も座るようにジェスチャーをする。

 私は彼女の向かいのソファーに座り、お茶を持ち上げながら部屋を一瞥した。

 住処兼仕事場と聞いていたのでかなり事務的な内装を想像していたが、意外にもそんなことはないらしい。ほとんどが木製のインテリアで、窓辺にはきれいに管理された観葉植物も置かれている。どこか心が安らぐような温かい雰囲気を醸しだしている一般的なリビングだった。

 私が話を聞く準備ができたことを確認して、彼女が口を開く。


「単刀直入に聞くわ。どこまでやれる?」


「『やれる』というのは、依頼の難度のことですよね」


「えぇ。薬草採取に畑の収穫手伝い。戦えるならスライムやレッサーボアが最近出没しているから減らしてくれるのもありがたいわね」


 彼女はまるで子供を相手しているかのようにシンプルな例を出していく。

 しかし、それもそうだと私は納得する。

 私はかなりの年数を生きているが、容姿はいつまでも変わらず十五歳のままなのだ。


「戦闘の心得はかなり自信があります。なんならテストをしてくれても。......今ある中で一番稼げる依頼を教えてください」


 私の一切怖気づかない様子を見て、彼女は少し目の色を変える。


「へぇ、かわいい顔してかなりの自信家ちゃんなんだ。じゃあ頼んじゃわおっかな~?『最難関ク エ ス ト』」


「自衛は得意なのでなんでも」


「じゃあ、こういうのはどう?

 私の村の取引相手、連絡の途絶えたセラータ王国の調査」


「報酬は?」


「そりゃあもう。村の存続に関わることよ?馬車が買えるぐらい」


「まだいけますよね?」


「......面白いじゃない。いいわ、家が買えるぐらい」


「乗りました!」


「いい返事ね。じゃあ詳細は明日話すから......そうね、今日はおやすみなさい?」


 彼女の目線につられ窓の外を見ると、真っ赤に染まった空が広がり、今にも日が落ちそうな時間帯だった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 私はその晩、村一番の宿に泊まらせてもらうことになった。

 これに関しては別に頼んでいなかったのだが「せっかくならうちを楽しんでほしい」と言われたので、彼女の自費で快諾することになった。

 私は個室に入りベッドの上に外套を寝かす。


『出ていいわよ。ゼーレ』


 私が外套に向かって唱えると、外套が青白く光りだした。

 そのまま光が外套から離れたところでお互いにくっついていき、最終的に人魂の霊気を纏った小さく白い髑髏が象られていく。

 これが私の相棒ーゼーレの本来の姿。昼の姿も勿論彼女だが、あれはあくまで私を真似て擬人化した仮の姿なのだ。


「うはー!どっと疲れたー」


「別に何もしてないでしょう」


「そんな事ないもん!じっとしてるのって大変なんだよ!」


「はいはい」


「もー!ここんとこずっと人間と触れ合ってなかったから忘れてた!服の中やっぱり楽しくない!」


 ゼーレは擬人化した姿になり、全力で頬を膨らませて迫ってくる。

 全く可愛いだけなのだが、こんなに必死に訴えられるのも久しぶりなもので、少し可哀想に思えてきた。


「じゃあゼーレ。別行動しない?」


「べつこーどー?」


「そう。たぶん明日も長い間村にいることになるから。その間遠くで私の手伝いをしてくれる?」


 私がそうゼーレに笑いかけると、すぐさま彼女は機嫌を取り戻して私へ迫る。さっきとは感情が真逆だということに気がついていない様子だった。


「面白そう!何のお手伝い?」


「そうね......。

  ————————————なんてどう?」


「え!楽しそう。バカンス!」


「そうとも言うわね。存分に楽しんでいいけれど、目的は忘れないでね」


「わかった!行ってきます!」


「っえ!?今から??えっちょ......いっ...ちゃった」


 私は彼女が出ていった出窓の景色を唖然として見つめる。満月に実った月の夜だった。


「あの子の行動力は......見習わないとね」


 私は軽く苦笑して、そのままベッドに倒れ込んだ。

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