第17話大異変を再び起こし・人類は生き残れるかの選択を迫られる俊一郎ミド・女神セイシが全てを再生して新たな世界へ
地球環境は一刻を争う事態に陥っていることから、エキドーナ、バール姉弟は、カラホトに封印されていたジョーカの気象制御兵器を使えるように整備すると、ろくにテストもせずに、もっとも効果的と考えられる極地である南極大陸に設置しました。
そして、エキドーナは、起動のリモコンスイッチをミドに渡しました。
ミドは、アールマティーに、人類が滅びるのは自業自得でかまわないが、世界全体が完全に滅びてしまうことは無いのでしょうね、と再確認しましたが、彼女は、正直に答えました。
「ジョーカの気象制御兵器はね、その昔イュンがアガルトに対して使おうとした時に我々が妨害して無効化し、回収したものなんだけど、実は、その後一度も動かしたことはないのよ。今回も、整備はしたものの、正常に動くかどうかはわからない状態なの。だから、やってみないとわからないっていうのが真実だけど、きっと大丈夫でしょう。少なくとも、このマガダとクンルン、シャンバラの3つの異界と、クジャラート、パレンケ等各地に残された神々のシェルターは大丈夫よ。それよりも、あなたは、前回の時みたいに、大異変の結果として起きる世界中の人々の悲しみ、苦しみを、まともに受け止めない方がいいわよ。前回とは人間自体の数が違うからね。犠牲者も桁違いなのよ。」
俊一郎であるミド自身、自分が犠牲者の心を受け入れる気になるのか、その結果どうなるのかは、気象制御兵器の効果と同じで、やってみないとわからないと考えていました。
「そうですね。でも、私がどうするかも、やってみないとわかりません。」
天使たちは笑いましたが、ミドは、範囲全世界、目的大震災による水没に設定された気象制御兵器のスイッチを、躊躇することなく押しました。
兵器が起動すると、何と地球の自転が急停止し、恐ろしい衝撃が全世界を襲ったのです。
そして、地上に存在する、マガダ、クンルン周辺の異界、太古の神々があらゆる場面に備えたと言われるパレンケ周辺、そしてアーディティーの遺産によって守られたクジャラート周辺等の極一部の地域を残して、全世界の大陸が、大地震、大噴火、大火砕流、大津波を伴って一挙に水没したのです。
アールマティーは、今回の大異変の結果予測がはじき出されるよりも先に、記憶を消さなかった由岐枝のトゥーラを呼び、夫の俊一郎を抱いて鎮めるように命じました。
しかし、俊一郎のミドは、アールマティーの心配どおり、全世界の死に行く人々の苦しみ、悲しみを受け止めたのです。
しかも、神の心だけでなく自らの心でも。
由岐枝が、心配の余り必死に呼びかけましたが、俊一郎は、目を開いたまま意識を失っていたのです。
「お願い、帰って来て。返事をして、ミド。」
由岐枝は、完全にトゥーラとして覚醒し、俊一郎に呼びかけ続けました。
アールマティーは心配になったので、アムルタートに彼の魂がどこに行ったのか聞きました。
しかし、彼女の答えは、大異変前にトゥーラの魂が、肉体を抜けてさまよっていた時とは全く違っていました。
「ミドの魂は、全世界に散っている。いや、全世界を包んでいるような状態になっている。彼は、世界中の死に行く人々の魂を包もうとしたのだ。」
トゥーラとなった由岐枝は、必死に尋ねました。
「では、どうすれば、この肉体に戻すことができるのですか。」
アムルタートの答えは、トゥーラには残酷なものでした。
「わからない。人間の魂が支えることができる限界をはるかに越えて彼は人々の意識を感じたのだ。元に戻るかどうか、いや、ミド個人の意識が残っているかどうかさえわからない。」
トゥーラは、泣きながら頼みました。
「ミドの意識は感じることができます。ここにも、そこにも。何とかしてください。私の命を捧げますから。お願いします。」
アムルタートも、できればそうしてやりたかったのですが、何も思い付かなかったのでトゥーラを抱きしめて慰めるしかありませんでした。
アールマティーは、アシューラ、ビャッコ夫妻と話し合って、可能性は低いが、唯一考えられる方法を彼女に教えました。
「トゥーラ、もしかしたらあなた自身がミドの後を追う結果になるかもしれないけど、今考えられる唯一の方法を教えるわ。」
トゥーラは、既に自分の命は捨てる覚悟をしていました。
「私の命は喜んで捨てます。ミドを助けられるのならどうなってもかまいません。教えてください。」
アールマティーは、レムリアの時と同じく、夫を命がけで支えようとする彼女の姿に微笑みながら話し始めました。
「ミドの魂は、無くなったわけではありません。全世界に広がったのです。でも、この状態のままでは、到底元の肉体には戻せません。だから、収束させなくてはいけないのです。恐らく、全世界の人々の死を受け止めた後、彼の魂が無事ならば収束してくるでしょう。その時、あなたが依り代となって導くのです。」
「どうすればいいのですか。早く教えてください。」
トゥーラは、一刻も早く夫を元に戻したかったので、その方法を知りたがりました。
「あなたは、幽体離脱できますか。」
神坂由岐枝ではなく、レムリア最高の巫女、トゥリトゥーラ・ククルカン・シャンバラに戻った今なら、大抵のことはできるはずでした。
「できるはずです。」
「では、前回の大異変の前にミドがしたように、幽体離脱してこの地球をはるか上空から見下ろすのです。そして、ずっとミドを呼び続けなさい。全世界から彼を呼び集めるのです。生きている人間の意識は既にとても少なくなっていますから、彼は気付いてくれるでしょう。」
「そして、どうすればよいのですか。」
もう彼女はそこまでのことはできる気になっているので、アールマティーは苦笑しながら続けました。
「自分の周りにミドの意識が集まってきたら、呼びかけながら徐々に降りてきてこの肉体の周囲に導くのです。魂の形に戻れば、後はアムルタートが何とかしてくれますが、戻らなければ呼び続けるしかありません。できますか。」
言ったものの、これは下手すると何日もかかりかねませんし、トゥーラの魂と生命の方が先に失われてしまう危険の方が大きかったので、果たして教えてよかったのか、アールマティー自身判断がつきかねました。
「やります。今すぐ始めます。」
トゥーラの決心は固かったので、アールマティーは彼女にマガダの宮殿の一番高いところにある部屋を与え、ミドの肉体をそこに運ぶと、マガダの結界を解き、呼びかけさせることにしました。
トゥーラは、自分で宣言したように直ぐに幽体離脱すると空に上って行きました。
そして、その後なんと2週間にわたって、彼女は魂で呼びかけ続けたのです。
アールマティーも、彼女が自らの命を賭して夫を救おうとしていることがよくわかりました。
自ら引き起こした大異変直後、ミドの魂は、地球を見下ろしていました。
そして、全世界の死んで行く人々の苦しみ、悲しみを感じていたのです。今度は自分自身の心でも。
そうなると、あるのは、悲しみ、苦しみを受け止めるなにものかだけであり、そこにはミドも、神坂俊一郎も既に存在してはいなかったのです。
ただ、それでも何かがあり、感じている。
それだけが確かなものだったのです。
無限にも感じられる時間、悲しみを受け止め続けていると、その自分でも何かわからない心の中に、別の、とてつもなく大きな意識が介入してきました。
『あなたは一体なにものなのですか。何故、全世界の人々の悲しみを感じようとしているのですか。』
その意識は、そう尋ねてきたのです。
ミドの意識は、まだ自他の区別ができませんでしたから、感じたままを答えました。
『そこに悲しみがあるからです。』
大きな意識は、同じ問いを繰り返した。
『では、あなたは一体なにものですか。』
ミドの意識は戸惑いました。
『私は、なにものなのでしょう。わかりません。』
すると、大きな意識は、とても暖かい波動を注いできました。
『何でしょうか。とても心地よい波動を感じます。あなたは一体誰なのですか。』
すると、驚くべき答えが返って来たのです。
『私はイギギ、見守る者。この世界を創造した者の意識の一部です。』
ミドの意識は、感じた疑問をそのまま答えにしました。
『では、私もあなたが創造したものなのではないのですか。』
すると、イギギは、笑ったような反応を示しました。
『私は、あなたのような特殊な意識を創造した覚えは無いのですが、確かにあなたは存在しています。』
『では、私はなにものでしょう。』
ミドの意識が逆に問いかけると、今度は突き放されました。
『考えてご覧なさい。あなたには考えることができるのでしょう。』
『私は、考えることができる…。それが、私なのでしょうか。』
すると、イギギは教えてくれました。
『あなたには、私とあなた自身を区別すること、そして考えることができます。それがあなたなのです。』
『そうですね。私は存在します。でも、私は、自分自身が何者なのかわかりません。』
イギギは、笑いながらも驚いたようでした。
『それでは、あなたは、私と自分自身とをどうやって区別したのですか。』
ミドの意識は、極単純に答えました。
『あなたは、私ではない。ただ、それだけです。』
『では、どこが私ではないのですか。』
しばらく考えて、ミドの意識は答えました。
『私ではないことが。』
イギギは、明らかに笑いました。
『面白いですね。』
『何が面白いのですか。』
『あなたの答えがです。』
『それしかありませんから。』
『では、あなたが感じていたのは、何の悲しみですか。』
しばらく考えてみると、人間と言う存在のように思われました。
しかし、自分が感じていたものは、それだけではなかったのです。
全ての存在、生き物の死の苦しみも感じていたようでした。
『全ての生き物ですね。』
『では、あなたも生き物ですか。』
よく考えると少し違いました。
でも、何が違うのかはわかりません。
『今は考える意識でしかありませんが、以前は生き物だったような気がします。でも、何だったのでしょう。人間と言うものだった気もするのですが。』
イギギは、何かを考えるようにしばらく沈黙した後、彼に告げました。
『それでは、私は、あなたを消去します。よろしいですね。』
それは困る気がしましたので、ミドの意識は尋ねました。
『消去されると、どうなるのですか。』
『存在が無くなります。つまりは、あなたという意識は、消えてなくなります。』
そう言われてしまうと、ミドの意識は、自分が何だかわからないながらも寂しい気がしました。
『それは、寂しい気がします。』
『何故寂しいのですか。』
大きな意識は尋ねました。
ミドの意識は、何かが足らないような気がしていたのです。
『何かが足らないからです。』
『それが何か、わからないのですか。』
『はい。思い出せません。』
『では、少し待ってあげましょう。それでも思い出せないのなら、あなたには消えてもらいます。あなたは特異な存在なのです。この世界の秩序を保つ上からは、消えてもらった方がよいのです。』
イギギにそう言われると、そのとおりのような気もしましたが、自分の中の何かが消されてたまるかと叫んでいるようでもありました。
『何だか、それは嫌だ、つまらないと、何かが私の中で叫んでいますね。』
『何が足らないのか、早く思い出しなさい。私にとっても、あなたは大変興味深い存在ですから、一つだけ教えてあげましょう。あなたには、あなたのことをとても心配している存在がいます。あなたにはその声が聞こえるはずです。ただし、その存在もあなたが自分のことを思い出し、元の姿に戻らなければ、やがては消えてしまうでしょう。ですから、その存在が消えてしまったら、あなたにも消えてもらうことにしましょう。』
ミドの意識は、少しだけ懐かしい気がしました。
『わかりました。一瞬とても懐かしい気がしました。では、その声を聞いてみます。』
すると、イギギは、優しげに励ましました。
『急ぐことです。あなたにとっても、とても大切な存在でしょうから。』
『はい。』
イギギからの呼びかけはそれで途絶えたので、星を見下ろしながらミドの意識は耳を澄ませました。
まだ続く悲しみ、苦しみの声に混じって、弱々しいが必死に呼んでいる声が聞こえました。
『ミド、私のミド、お願い帰って来て。』
最初ミドの意識は、それが悲しみの声と区別が付きませんでした。大切な存在を失った悲しみの余り、帰って来てくれと呼んでいるのかと思ったのです。
しかし、生きている意識はとても少なかったうえにどんどん消えて行ってしまいましたので、しばらく聞いている内に、もしかしたら、と思うようになってきました。
『私は、ミドと言う名なのか。』
ミドの意識は、自分を呼ぶ声に答えてみました。
すると、驚くことに、その声は、それに応答しました。
『ミド、私よ。トゥーラよ。お願い、ミドの魂に戻って。』
ミド、トゥーラと言う名を何故かひどく懐かしく感じていると、自分がそう言う名だった気もしてきました。
ミドの意識は、その声がどこから来ているのか探しました。
すると、高空の一点からその声が聞こえてくることがわかりましたから、今度は、その一点に集中して呼びかけて見ました。
『私は、ミドと言う名の存在なのか。』
トゥーラは、ミドの心を感じたので、必死に呼びかけました。
『そうよ。あなたはミド。私の愛するミド。大切なミドよ。お願い帰って来て。』
イギギが、自分をとても心配してくれる存在がいると教えてくれたことを思い出し、ミドの意識はどうすればよいのか尋ねた。
『私がミドであるならば、どうすればよいのだ。』
トゥーラは、ミドが返事をしてきたので、アールマティーに教えられたように答えました。
『人間の魂に戻ってちょうだい。』
『私は、人間だったのか。』
ミドの意識は、全ての生物の意識の叫び声を聞いていたので、人間であるかどうかもわからなくなっていたのです。
トゥーラは、ミドが自分を忘れているようなので優しく呼びかけた。
「あなたは、人間のミドなのです。私は、あなたの妻のトゥーラです。あなたは私の一番大切な人です。あなたの体は、今私の腕の中にあります。戻ってきてください。」
ミドの意識は、考え込みました。
私は、人間というものだったのか。
人間に戻るためには、魂と言うものにもどれば良いのか。
では、魂とは何なのだ。
『魂に戻るとはどう言うことなのか。教えてくれ。』
トゥーラは、夫が元に戻ってくれそうなので、喜びながら教えました。
『あなたは、自分の魂で、全世界の死に行く全ての人々の魂を包もうとしたのです。あなたは全世界に広がり、自分が誰かさえもわからなくなってしまったのです。ですから、人間の体の大きさまで自分を小さくしてください。そして、私の近くに来てください。』
ミドの意識は、トゥーラの呼びかけにしたがって徐々に自分の意識を狭い範囲に集中させ、呼びかけている意識に近づいて行きました。
トゥーラは、ミドの意識が自分の近くに集まってくると、まだ不完全かも知れませんでしたが、彼の意識を引きつれてマガダに降りて行きました。
マガダの宮殿の最上階の一室で、ミドの体を抱いたトゥーラの前に凝集してきたミドの意識は、肉体に戻った彼女に尋ねた。
『言われたように近くに来た。それからどうすればよい。』
トゥーラは、魂に戻ってもらうためにも、ミドに自分のことを思い出して欲しいと思いました。
『あなたは確かにミドです。この波動はミドのものに間違いありません。あなたの体はここにあります。』
ミドの意識は、自分の体よりもトゥーラの由岐枝を見て何かを感じました。
『お前は私の何なのだ。何故かとても懐かしい、いとおしい感じがする。この感覚は何なのだ。』
トゥーラは、彼の意識が自分を見分けてくれたであろうことに嬉しくなりました。
『私は、あなたの妻であり、ソウルメイトでもあるトゥーラです。あなたが一番大切にしてくださったトゥーラです。思い出してください。』
そう言われると、そんな気がしてきました。
『確かにそんなことがあったような気がする。それでは、私は、お前の何なのだ。』
トゥーラは必死でした。
『あなたはミド。私の何よりも大切なソウルメイトであり、夫です。私は死んでもかまいません。あなたがこの体に戻ってくれるのなら。』
ミドの意識は、大きな意識が「消える。」と言ったことと死ぬことは一緒なのか尋ねた。
『死ぬとは、存在が消えることなのか。』
『人間にとっての死とは、魂が他の肉体に転生することで、消えることではありません。でも、魂が消えてしまえば、その存在も消えてしまうでしょう。あなたが戻ってくれるなら、私は、本当に消え去ってもかまいません。あなたさえ助かれば。』
トゥーラの答えに、イギギが、自分を心配してくれる存在が消えれば自分を消すと言ったことを思い出し、彼女こそが自分にも大切な存在だと確信しました。
『わかった。その体に戻ろう。そうすれば、お前のことを思い出すかもしれない。』
トゥーラは、慌ててアムルタートを呼びました。
アムルタートは、アールマティーと一緒に現れ、ミドの意識に指示して彼の意識を更に小さくさせると、吸いこんで肉体に吹き込みました。
ミドは、トゥーラとアムルタートの導きによって2週間ぶりに自らの肉体に戻ることができたのです。
自分の肉体に戻り、トゥーラに抱かれている内に、ミドは自分のことを徐々に思い出し、2週間後にはすっかりミドに戻りました。
しかし、代わりに大きな意識であった見守る者、イギギさまとの対話は忘れてしまいました。
トゥーラは、2週間ミドに呼びかけ続けた無理がたたって、黒い髪が真っ白に変わり、顔も身体も老婆のように変わってしまっていましたから、アムルタートは、生命と寿命を延ばすことができる能力「祝福」により、彼女の身体を元に戻しました。
すると、生き返ったに近いミドを前にして、エキドーナ、バール姉弟がつかみあいの大喧嘩を始めたのです。
原因は、気象制御兵器暴走の責任のなすりあいにあったのですが、本来ならばもっと慎重に対処すべきだったことを反省していたアシューラ、ビャッコ夫妻は二人をなだめました。
ミドは、自分の肉体に戻ってから、自らが招いた結果の大きさを再確認し、衝撃を受けていましたが、現実は動かしようがないのでしばらく静観を決め込むことにしました。
そんな彼にとっては、むしろエキドーナ達二人の姉弟喧嘩は、却って大きな慰めとなったのです。
それでなくとも元々は人間の責任であり、スイッチを押した自分は、その責任もあって全世界の人々の苦しみを感じたのですが、エキドーナ姉弟とアシューラ夫妻も責任を分担してくれたようで、嬉しかったのです。
地球の状況はと言うと、自転は直ぐに回復したものの、前回と違って世界の大部分が巨大地震を伴って沈没した状況でしたから、ミドは天使たちと地球全体の状況が落ち着くまで無為に過ごさざるを得ませんでした。
トゥーラ以外は記憶を操作しており、何が何だかわからず宮殿内を物珍しげに徘徊しているだけでしたから、チーチェンの夫である天使のヤシャは、彼らを集めてそれぞれの国の言葉を教え、相互の意思の疎通ができるように図りました。
ミドは、息子とも言えるアシューラ夫妻と今後の見通しを予測していましたが、地殻の状況が不安定なため、当分は静観せざるを得ないとの結論に達しました。
何もすることがないミドは、現在の地球は、レムリア時代に女神のセイシさまが見せてくれた天地創造とは大分違っており、むしろ古事記の国生み神話で、神様が世界をかきまぜて陸地を作ろうとする前の段階に似ているな、とぼんやり考えていました。
すると、先ほどまで側で、彼とアシューラ夫妻のやりとりを見ていた後、ヤシャの講義を覗きに行ったはずのスザクが、何故か全く違う古代中国のようなきらびやかな衣装をまとって彼の前に立って顔を覗きこんだのです。
「スザクさん、どうしたのですか。」
ミドが訝しげに尋ねると、彼女は、彼の顔をじっと見つめて聞きました。
「あなた、ミドね。そんな姿になったの。私よ。セイシよ。覚えている。」
ミドは、セイシのことを覚えてはいたのですが、彼女は、どう見てもスザクにしか見えませんでしたから、混乱しました。
トゥーラの由岐枝を呼ぶと、彼女は、由岐枝のことも見抜きました。
「あっ、あなたがトゥーラね。この世界でもミドと夫婦なのね。素敵ね。」
トゥーラも混乱しましたから、スザク、メタトロン夫妻を呼びました。
セイシと称する彼女を前にすると、スザクが二人になったようなものですから、夫のメタトロンも驚きましたが、スザクは、彼女と抱き合って喜びました。
「セイシ様、お久しぶりです。私、スザクです。あなたの体をいただきました。」
セイシも、昔の自分である彼女の変わらぬ姿を見て喜びました。
「私の体、スザクが使ってくれていたのね。嬉しいわ。」
良く見るとセイシの方が少し若いようにも思えましたが、ほとんど見分けはつきませんでした。
スザクは、本当の母であるセイシが現れましたから、その時までミドたち人間の前には一切姿を現わさなかった息子のルキフェルを呼び、彼女に紹介しました。
「息子のルキフェル。でも、本当はこの体のセイシ様とミドの子供なのですよ。」
この事実には、セイシも驚いていました。
「あの一夜で子供ができていたのか。では、スザクが、私の代わりに生んでくれたのだな。感謝するぞ。」
スザクは、セイシがミドの創造した永遠の次元に消えた後、のことを説明しました。
まず、彼女の肉体を希望通りクンルンで永久保存しようとしたのですが、アシューラがセイシの肉体に興味を持って分析させて欲しいと頼み、傷つけないことを条件に承諾したところ、子宮内に、受精卵があることを発見したのです。
そのまま保存してしまうと、受精卵が死んでしまう可能性もあったので、アシューラは、誰かがこの肉体を引き受けて、子供を産んでほしいと希望しました。
それで、自分が彼女の肉体に移ってルキフェルを生んだのです。
スザクは、セイシの肉体が持っていた、ゲンブ、セイリュウ、スザク、ビャッコら四神の地水火風の能力は何とかコントロールできましたが、思考の物質化能力だけはうまく扱えなかったため封印したのです。
セイシは、思考の物資化能力は、意識体の神ですら使いこなすことが難しい能力であり、スザクの手に負えなくて当然だと大笑いした後、封印したのは大変賢明な判断だったと彼女を褒めました。
そして、ルキフェルを手招きして抱きしめました。
「あなたが、本当の母上なのですね。」
戸惑う彼に、セイシは答えました。
「いいえ、スザクが肉体の上での本当の母よ。強いて言えば、私は魂の上の母と言うべきでしょうね。ところで、その可愛い娘は誰。」
セイシは、ルキフェルの後ろに隠れるように従っていたトゥランが気になったので聞きました。
彼は、トゥランに話しかけ、彼女は、ルキフェルの前に立って自己紹介しました。
「トゥラン・オグドと申します。ルキフェル様の妻でございますので、よろしくお見知りおきくださいませ。」
セイシは、彼女の手を取り、顔にも手を触れました。
そして、ルキフェルに聞きました。
「この子は、完全な人間じゃないの。どうして、半神のあなたが、人間の娘を妻にしたの。」
不安がるトゥランを優しく抱きしめながら、ルキフェルは、レムリア滅亡後、その一部を継いだオグドの都チーチェンでのミドの転生の国王パカルとトゥーラの転生である巫女キシリアの悲恋、キシリアの死とパカルの手によるチーチェン滅亡後、自分がパカルとキシリアの死体をマガダに持ち帰ったところ、アシューラがキシリアの死体の胎内から、仮死状態の胎児を取り出し、セイシの肉体の代わりにクンルンで保存していた人間チーチェンの体を借りて誕生させたこと、トゥランと名付けた彼女を外界で18歳まで成長させると、ルキフェルが、人間だがどうしても彼女が欲しいと望んで妻にしたこと、その後トゥランは、マガダから一歩も出ることなく、不老不死状態を保っていることを説明しました。
セイシはにっこり笑うと、二人の結婚を認め、トゥランをルキフェルの妻として不自由のないように完全な不老不死にすると言い出しました。
これは、天使の文明を持ってしても大変難しいことでしたから、アールマティーもアシューラ夫妻も驚いて尋ねました。
「そんなことが簡単にできるのですか。」
セイシは、微笑みながら説明しました。
「トゥランを不老不死にするには、二つの方法があるわ。人間の肉体は、遺伝子のレベルで死を既定されているの。それを外すと死は免れる。ただ、それだけだと死なないだけで、死人が生きているような状態になるから、老化も外さないといけなくなるの。」
「つまりは、遺伝子操作ですね。」
理論上は可能でしたし、アシューラは、ギルガメッシュで遺伝子操作による不老不死を一度は試行した経験もあったのですが、成功したかのように見えた彼も、人間の悲しみを知ると死を望んで消滅しましたから、彼の肉体の不老不死が真に半永久的なものであったかどうかは、検証できていなかったのです。
また、寿命のある存在が下手に出入りすると生存確率が半分となるマガダの不可解な淘汰機能についても解明できていませんでしたから、トゥランの不老不死化は見送っていたのです。
そんな経緯がありましたから、アシューラとしても、セイシがどのような方法を取るか興味がありました。
セイシは、アシューラの考えを読んだように付け加えました。
「でも、遺伝子操作はとても難しい、と言うよりも面倒だわ。」
彼とアールマティー、ビャッコがうなずくと、セイシは別の方法を示した。
「だからね、肉体自体を作りなおした方が、はるかに楽なのよ。」
ルキフェルは、作り直すと言われて心配になった。
「それでは、トゥランではない別の存在になりませんか。」
セイシは、笑いました。
「そうね。でも、変わるのは二つだけよ。」
「何でしょうか、その二つとは。」
今度は、トゥラン本人が心配になって尋ねた。
「一つは、その肉体。」
これは当然だったので、彼女はうなずきました。
「そうですね。」
「もう一つは、心の中の老いと死に対する恐怖よ。」
トゥランは、小さい頃からマガダにいる限りは不老不死であると教えられており、老いと死に対する恐怖は元々ありませんでしたから、そちらは理解できませんでした。
むしろ、トゥランを外界に出さないよう気遣っていた他の天使たちの方がうなずきました。
ルキフェルは、母に更に念を押しました。
「では、トゥランに、危険はないのですね。」
セイシは苦笑しました。
「あなた、この世界のレベルでは全知全能の母を信じなさい。」
彼も、母はこの世界の住人とはレベルが違うことを思い出しました。
「そうでした。では、お願いします。」
セイシは、トゥランに裸になるように言い付けたので、彼女は恥じらいながら服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になりました。
「ふーん、人間とは思えないほど綺麗なのね。」
セイシは、彼女の体に一点の染みも無いことに感心し、誉められたトゥランは、恥ずかしさもあって体全体がピンクに染まりました。
セイシは、彼女にくるくる回るように言いつけると、回る彼女をしばらく見つめていました。
そして、彼女を止まらせて、隣に立って手をかざした途端、トゥランにとても良く似た女が忽然と出現したのです。
唖然とする一同をよそに、セイシは、二人を見比べながら微修正していき、ほんの数分間で寸部違わぬトゥランの肉体ができあがりました。
「これからどうするのですか。」
アムルタートは、彼女がどのように魂を扱うのか、興味を覚えました。
「魂を移し変えるのよ。」
言われたトゥランは怖くなりましたが、夫も見守っていてくれますし、義母と言っても良いセイシは、真の女神なので、信じて身を任せることにしました。
「じゃあ、やるわよ。」
トゥランがうなずくと、セイシは無雑作に彼女の頭に手を置いたかと思うとその手を上に上げました。
すると、トゥランは、自分の体を見下ろしていました。
魂が抜けたトゥランの体が倒れたので、ルキフェルは瞬間移動してきて抱き上げました。
そして、セイシは上げていた手を、自分が作ったトゥランそっくりの肉体の頭に置きました。
しばらくすると、新しい肉体のトゥランが瞬きを始め、それからぐるっと一同を見回しました。
「私、こっちの体に移ったのね。」
しゃべると、天使たちから拍手が起こりました。
アムルタートが、元は人間だったチーチェンの魂を、不老不死のスザクの体に移し替えた時のことを思い出していると、そのチーチェンが彼女に聞きました。
「トゥラン、新しい体の感触はどう。」
裸であることを忘れて手足を動かしながら隅々まで見回した彼女は、目を輝かせて答えました。
「素晴らしいわ。ありがとう、お母様。」
セイシに抱きついたトゥランにルキフェルが服を差し出すと、トゥランはようやく自分が裸であることに気付いて、真っ赤になって慌てて着ました。
服を着たトゥランが、自分の元の肉体を抱えた夫のルキフェルに寄り添うと、アールマティーは尋ねました。
「セイシさま、あなたはそのトゥランの肉体をどうすればいいと思いますか。」
セイシは、彼女とトゥランを交互に見て微笑んだ。
「少女のようなトゥランも、人間の年齢で言えば大変な歳だったのだろう。」
「ええ。既に1500歳にはなると思います。」
ルキフェルが答えると、彼女は、二人に命じました。
「では、二人で外界に持って行って土に返してあげなさい。」
二人は、トゥランの元の体を持ってマガダから外に出たのですが、トゥランにとっては、約1500年ぶりの外界でした。
トゥランの元の肉体は、一瞬にしてその年月を背負い、灰のように崩れて粉になりました。
二人が出て行った後、セイシは、アールマティーの顔を見てにやりと笑いました。
「お前も、同じことを考えていたな。トゥランの肉体を大地に返せと。」
アールマティーは、彼女がテレパシーも使えることに気付いた。
「セイシさまは、本当は心が読めるのですね。」
彼女がうなずくと、昔を思い出したミドが尋ねました。
「レムリアで、あなたを殺そうとした義父スサノオと私の二人と戦いになりかけた時には使わなかったようでしたが、何故ですか。」
すると、セイシは大きな声で笑い出しました。
「そうね。でも、それには大きな理由があるのよ。あの時スサノオは、娘を助けるためには自分が犠牲になっても私を倒さないといけないと考えながらも、私の肉体を惜しいと思っていたし、あなたは、最初から私と戦うことは考えていなかったんじゃないかしら。」
当時の状況を考えるに、彼女のいうとおりだろうと思われた。
「確かにそうだったかもしれません。」
「それでも、スサノオは私を殺そうとしたでしょう。人間の心っていくつもの相反することを同時に考えたりするから、読むと却って混乱するのよ。本当に思ってもいないことをしたり、考えていることと反対のことをしたり。」
ミドは、日本の昔話にある「山わろ」のことを話しました。
山わろは、テレパスの妖怪であったらしく、人間の考えていたことを全て言い当てたのですが、食べてやろうとした桶屋が、手元を誤って箍にしようとしていた竹がはぜ、彼女の目に当たってしまったのです。すると彼女は、「人間は恐ろしい。考えていないことをする。」と言い残して山に帰って行ったのです。
セイシは、笑いながら答えた。
「そうね。私は山わろみたいなものね。人間の考えたことで後に残るのは、結局は物理的な行為だけでしょう。だから私は、人間は思考ではなく行為あるいはその結果で判断することにしたのよ。」
「なるほど、よくわかりました。」
ミドが頭を下げながら答えると、セイシは笑いながら付け加えました。
「人間の心はね、矛盾だらけで読むだけ疲れるのよ。一言で言えば、不可解ね。」
その言葉に、アールマティーも苦笑しました。
「セイシさまは、賢明ですね。流石に意識体の神ですわ。」
セイシは、美しい顔で微笑みました。
「この中では私が一番の年寄りですからね。当然なのよ。ところで、元の地球はどうなっているのかと思って2万年ぶりに来てみたら、あの頃の大異変よりもものすごいことになってるわね。」
ミドは、もう超越していましたから、笑顔で事情を説明しました。
セイシは、ミドの説明の後ちょっと首を傾げたかと思うと、彼に禅問答のような質問をしました。
「ミド、あなたは、色不異空、空不異色、色即是空、空即是色、受想行識、亦復如是と言う文句を知っているでしょう。」
ミドは、般若心経の一節であることを思い出しました。
「般若心経の一節ですね。よくご存知ですね。」
時代を超越して現れた彼女が、仏教のお経を知っているのがミドには不思議に思えたのです。
「あのね、私はその気になれば今のこの星のアーカシヤの記憶全てを読めるのよ。だからいない間のことだって、知ろうと思えば、すべて知ることができるの。」
「なるほど。」
ミドが感心していると、セイシは、意地悪そうに微笑んで聞きました。
「ミド、あなたはこの経の意味がわかるかしら。」
セイシに聞かれたミドは、難しい顔で答えた。
「文字どおりの解釈では、形あるものも、形のないものも、思惟も認識も結局は皆空だと言うことになります。」
セイシは、うなずくと更に聞きました。
「では、何故そんなことを言ったのかしら。」
天使たちが興味を持って議論の行方を見守っていると、ミドはゆっくりと話し始めました。
「そうですね。インドの聖人であった仏陀の教えを凝縮したものとして伝わっている経典なのですが、私は、仏陀はこの言葉を二つの意味で残したのだと考えています。」
「どんな意味かしら。」
セイシは、彼を試そうとしていたのです。
「仏教には、真理探究という深遠な課題があります。それとともに、衆生といわれる一般大衆の魂を、速やかに次の肉体に転生させる救済的な意味合いも持っていたのです。まあ、本当に目的としたのは輪廻転生からの解脱だったのですが、解脱は簡単ではありませんから、一般的にはその前段階として学んでもらうために
ある転生を促すと考えた方がいいと思います。」
「だから、二つなの。」
「ええ。」
セイシは、ミドがその意味をどう捉えているのかが聞きたかったのです。
「じゃあ、その意味を説明して。」
ミドは、後者から答えることにした。
「魂の転生を助けることによって、一般大衆を救済することを先に説明しますと、死の際に以前の肉体あるいは人生に対して執着することは、円滑な転生には大きな妨げになるものなのです。私は、いわゆる幽霊は、執着によって魂の一部が現世に残ってしまい、円滑な転生ができずにいる状態だと考えています。ですから、形のあるものも無いものも、考えたことも認識したことも全ては空、つまりは幻のようなものだから執着するな、と人々に教えたのでしょう。」
セイシは、転生に対しての方便としては、ミドの説は正解であると考えていた。
「なるほどね、確かに一般大衆を導く方便としては賢明な策でしょう。では、もう一つの意味は何なの。」
セイシは、人間であるミドには、こちらの答えを聞きたかったのです。
「真理です。真理は、この言葉どおりなのではないでしょうか。全ては実体の無いものであり、私達の魂が見ている夢のようなものに過ぎない。つまり、全ては幻なのです。」
この答えには、天使たちも驚き、かつ興味を覚えた。
セイシは、表情を変えずに聞いた。
「では、お前はどう考えるのだ。例えば、トゥランの肉体が入れ替わったことをどう捉える。」
ミドの俊一郎は、ゆっくりと言葉を選んで話し始めた。
「そうですね。現在の人間の常識では理解不能な出来事ですね。しかし、私は物質も絶対的な存在ではなく、一種の波動に過ぎないのではないかと考えました。レムリア時代の妃のツィンツンは、自分の波動を重力の波動に反発させるようにして空を飛びました。当時の私は、自分自身を念力で飛ばす方を選んだのですが、それも思考の波動を理力に変換したとも考えられるのです。そうして突き詰めて行きますと、存在していると考えられるもの、物質自体を疑わなくてはなりません。セイシ様は意識体の神であり、思考を物質化し、人間の言う天地創造を、キリスト教の聖書の記述のように1週間で行いました。私は、レムリア時代に光栄にもそれを見せていただけたのですが、我々の存在している世界の全ては波動であり、意識体である魂が感じ、作り上げて行く幻のようなもの、と考えた方が合理的です。ですから、セイシさまは、トゥランの肉体の波動を感じ、それを不老不死の性質を持った波動で作りなおし、意識体である魂を移し変えたのではないでしょうか。」
アールマティーを筆頭として天使たちは、ミドの説に考え込みました。
「では、物質が全て波動であるとして、それを不特定多数の者が感じることができるのは何故かしら。」
アムルタートが聞くと、ミドはまたゆっくりと答えた。
「それは、この次元の全ての存在が、最終的には一つの意識を持っている、あるいは、その意識の上に存在しているからなのです。ですから、ある人の行動も、その人が作った物質も、全てが波動として、根源的な意識を通じて他の人にも伝わり、知覚できるのです。ただ、意識には段階があります。我々人間は低次元の意識ですから、意識だけでものを創造することまではできません。また、意識にもいろいろなものがあります。例えば、この地球と言う星自体にも次元の違う意識があるのです。全ての生物にもそれぞれのレベルの意識があるのです。そして、その集合的な意識の記憶が、私が垣間見ることができるアーカシヤの記憶だと思います。ですから、レムリアのミドは、一番大切なものは何かと問われた時、アーカシヤの記憶だと答えたのです。」
天使たちも、なるほどとうなずきました。
すると、セイシが明るい声で答えました。
「そのとおりよ。よくぞ理解したわね、人間の身で。」
そしてミドに抱き付いたのですが、ふと見るとトゥーラの由岐枝が悲しそうな顔をしていましたから、セイシは彼女も一緒に抱き寄せました。
「トゥーラ、あなたも、ミドとは大変な因縁があるのね。」
ミドは、由岐枝はトゥーラとしては完全には目覚めていないと言おうとしたが、彼女がさえぎった。
「いいえ、ミド。私は完全に覚醒しました。だから私はここに居るのよ。あなたを支えるために。」
ミドは無言で、現世でも妻由岐枝であるトゥーラを抱きしめました。
トゥランの肉体を土に返した後帰って来て話を聞いていたルキフェルが、セイシに尋ねました。
「ところで母上、ミドに対する質問の真の目的は何ですか。」
恐るべき息子に、セイシは苦笑しながら答えました。
「よく見抜いたわね、流石に我息子だわ。最初はね、ルキフェル、あなたが生まれたことは知らなかったけど、元の世界がどうなったのか見物に来ただけだったのよ。でも、ミドを見て、彼にある決断を迫ってみたくなったの。」
今度はアールマティーが確かめました。
「それは、ミドが、先ほどの質問に答えたからなのですね。」
セイシは、にっこり微笑みました。
「アールマティーには、その内容がわかるのね。」
彼女がうなずくと、アシューラ夫妻、スザク、ゲンブもうなずきました。
「我々にも想像がつきました。しかし、ミドにその決断を迫るのは酷ではないですか。」
ビャッコが言うと、ゲンブも付け加えました。
「彼だけでなく、この世界、天使も含んで全体で考えるべき、選択すべき問題なのではないでしょうか。」
セイシの真意は、この機会にこの次元の地球の生命及び存在全てを、本来一つである集合的意識に戻すか否かの決断をミドに迫ることだったのです。
「そうね。とても重い決断でしょう。ミド、私の言いたいことはわかるかしら。」
セイシの顔を見つめて、ミドはにっこり微笑みました。
「セイシ様、先程の答えではあまり詳しくは触れませんでしたが、意識にも段階があり、セイシ様は、我々よりも高次の存在ではありますが、本来意識体である魂、あなたの意識体も含め、全ては一つなのだと考えています。あなたは恐らく、仏教で言う弥勒菩薩のような存在なのでしょう。弥勒菩薩は、何十億年か後に現れて世界を救うと言われていますが、救うとは集合的な唯一の意識に全てを戻すことであり、世界を輪廻の最初に戻す、終局的には正しい道であると思います。」
セイシは、ミドの説明に感心しました。
「大したものだな。そこまで理解したか。流石に人間の魂のなかでも最古参、何万年も学んだだけのことはある。確かに、元々は全ては一つの意識なのだ。人間は、その意識の記憶の中で、自分たちのレベルのものをアーカシヤの記憶と呼んでいたな。では、お前は全てが一つに戻り、輪廻転生から脱却、つまりは解脱する道を選ぶのだな。」
セイシが確かめると、ミドは首を振りました。
「いいえ、私はやはり人間です。人間は、転生を繰り返しながら、苦しみ、悩み、そしてそのことを喜びに変えて行く、そうして霊的に学び、進化して行かなくてはならない不完全な存在なのです。ですからまだ解脱したくはありません。」
セイシは、彼に再び聞きました。
「ミド、お前はその意味合いを、つまりは人間の使命を、人生の究極の目的を理解した。つまりは、十分に学んだのではないか。」
ミドは、他の天使たち、人間達を見回した。
「確かに、私個人にとっては結構な申し出だと思います。でも、それでも私はもっと人間として生きてみたいのです。まして、私には他の人間や天使さんたちの未来を取り上げる権利はありません。」
セイシは、念を押しました。
「お前自身について、全てがやり直しになってもか。」
ミドの決心に変わりはなかった。
「ええ。それもまた素晴らしい因縁、因果の始まりとなるでしょう。むしろ、望むところです。」
ミドは毅然としていましたが、トゥーラは彼に抱き付きました。
「嫌、私は別れたくない。ミドともっと一緒に居たい。」
セイシは、トゥーラを微笑ましく思いました。
「ミドには権利があるが、トゥーラはまだまだ解脱できそうにないな。まだ付き合ってやるのか。」
ミドは、トゥーラを抱きしめ、笑顔で答えました。
「喜んで付き合います。トゥーラとは、愛し合ったり、憎しみあったり、果ては殺しあったり、凄まじい関係でしたが、これも愛のいろいろな形であり、すばらしい縁とも言えますからね。」
アールマティーは呆れました。
「あなたたちの転生は追跡させてもらったけど、確かに恐ろしいばかりの縁だったわ。」
すると、アムルタートがぼそっと付け加えた。
「あんたたちみたいな縁を、腐れ縁と言うのよ。」
一同笑ったところで、セイシは、天使たちにも確認しました。
「天使はどう考える。まだ永遠を生き続ける覚悟はあるか。」
アールマティーは、アムルタートと顔を見合わせると吹き出しました。
「はい。いくらでも付き合います。ミドの魂を追いかけるだけでも、楽しいものがありましたから。」
セイシはにっこり微笑み、優しい声で答えました。
「わかったわ。確かにそれも楽しいでしょう。じゃあミド、あなたたちはまた頑張って人間増やしてちょうだい。天地は手直ししてあげるから。」
すると、エキドーナ、バール姉弟が頭を下げました。
「そうしていただけるとありがたい。地球の修復は、我々の手に負えるレベルではありませんでしたから。」
セイシは、二人に昔のことを教えた。
「ジョーカの気象制御兵器はね、元は兵器でも何でもなく、星の環境を保つためのものだったのよ。科学的に言えば、星の磁気、マントル対流、自転を制御し、気象のバランスを調整するものだったのよ。だから、ジョーカが地域を限定して使っていた内は、そのしわ寄せが他に行く程度でそれほど大異変を起こすことなく済んだんだけど、範囲を地球全体にセットした今回みたいな使い方をしたから、地球全体でつけを払わないといけなくなったのよ。よくわかったでしょう。」
エキドーナは、再度謝りました。
「済みません。ジョーカ本星の滅亡を招いた恐るべき兵器だったのですから、もっと慎重に取り扱うべきだったのです。ただ、人間による環境破壊が余りにも大きかったのでつい。」
セイシは、二人を慰めた。
「いいえ、あなたたちの選択はこれで良かったのよ。確かに地球は危機的な状況だったのよ。これぐらい思い切り良くやった方が良かったの。でも、ミドは大変だったわね。」
セイシがミドの方を見ると、トゥーラの由岐枝がぴったりと寄り添っていたので思わず笑い出しました。
「そうですね、レムリアの時以上の悲劇でしたし、何と言っても人口が当時の何百倍にもなっていました。その人々の死の苦しみ、別れの悲しみを味わったのですから、今こうして生きている方が不思議です。トゥーラのお陰ですね。」
アールマティーは、補足しました。
「ミドは、責任感なのか、自分自身の心でも世界中の死に行く人々の感情を受け止めてしまったのです。しかも、その上に魂たち全てを包もうとしたのです。ミドにしてみれば、自らの魂を世界中に拡散したようなものですから、今こうして元の肉体に戻っているのは奇蹟以外の何物でもありません。恐らくハイヤーセルフである神の心が助けた面もあると思いますが、トゥーラが命がけで依代となって魂の呼び返しを行ったからこそ戻ったのです。確かにトゥーラが、ミドの命の恩人でしょう。」
セイシは、感心しました。
「お前たちは、二人ともとんでもないことをしたのだな。人間とは思えぬな。」
すると、トゥーラの由岐枝は過去を告白しました。
「私は、この人生で彼を何度も裏切りました。そのせめてもの罪滅ぼしだったのです。私は、ミドを支えるのが使命だったのですから。それに、ミドは私の命の恩人なのです。少なくとも2回は助けられました。」
セイシは、由岐枝の過ちを全て見通しました。
「そうね。あなたは随分ばかなことをしたのね。」
トゥーラの由岐枝は、余りに正し過ぎ、ともするとそのことを家族にも強要する夫に反発し、彼が警告した相手と浮気をした上にその男の子供を宿し、流産と子宮外妊娠で、ニ度も死にかけたのです。
そして、二度とも彼に救われたのですが、結果として子供の産めない体になっていました。
「それも、私の責任です。私は、この次元では反故にしたはずのレムリアの魔王ミドの一端を、今生で見せてしまったのかもしれません。強者の理論を押しとおすことは、弱者には残酷なものでもあったのです。それを知ろうとしなかった。傲慢だったのです。でも、そのことはアムルタートさんの予言にもありましたね。」
彼が17歳の時のアムルタートの予言では、どちらに転んでも妻には裏切られると言われていたのです。
「そう言えばそうだったわね。でも、ミドは賢いわね。自分もやり返そうとは思わなかったの。」
アムルタートが聞くと、ミドは不安でしがみついているトゥーラを抱きしめながら苦笑しました。
「トゥーラの由岐枝は、私にとってはかけがえのないソウルメイトでもあります。ですから、正直な話、考えもしませんでしたね。でも、やり返して何かいいことがありますか。自分をおとしめることになるだけではないですか。それなら関係を修復した方が、自分を含めて周囲の全ての人々にとって幸福でしょう。」
今度は、アールマティーが笑いながら誉めました。
「そうね。流石にミドね。賢い選択でしたね。」
ミドは、微笑みながら答えました。
「昔、妃のツィンツンに言ったことがありました。『人間の愛情は複雑だ。愛していて冷たくすることもある。憎んでいるのに優しくすることもある。』と。それから、当時もトゥーラにはよくひっぱたかれました。トゥーラとは、その後も幾度と無く夫婦になり、ひどい時は殺し合ったこともありました。でも、その時々で、二人は、自分なりに愛し合っていたのだと思います。今生でもそうです。彼女が私を困らせたいのも一つの愛。私が強者の理論で導こうとしたのも一つの愛。考えが折り合わなくても、甘えあっているのも一つの愛なのです。ですから私は、トゥーラである彼女を信じることにしました。そうすると彼女も信じてくれましたし、落ち着きました。」
トゥーラの由岐枝は不安で夫の腕にしがみついていましたが、夫に優しく見つめられたので、自分から彼にキスをしました。
天使たちがわっとはやしたてると、セイシは苦笑しながらトゥーラをからかいました。
「お前は、ミドの偉大な愛人3人を前にして、随分思い切ったことをするのだな。」
平然としているミドと違って、トゥーラは不安で今天使たちの前であっても彼にセックスして欲しいぐらいだったのです。
「ごめんなさい。私、ミドを永久に失いそうで、本当に怖いんです。今直ぐ、この場で皆のまえであっても、裸になってセックスしてもらいたいぐらい。」
真っ赤になりながらも思いきって告白した彼女に、天使たちも感心しました。
「まあ、いいわ。でも、あなたにはもう子供ができないのよね。ミドの妻としては不適格かしら。」
セイシにずばりと指摘されたトゥーラは、ミドにすがり付いて泣き出しました。
「嫌、お願い、捨てないで。せめて側にはいさせて。」
ミドは、優しくささやきました。
「捨てないよ。私の妻はお前だけだ。」
セイシは、笑いながらトゥーラを後ろから抱きしめた。
「わかったわ。じゃあ、あなたの体を元に戻すわ。」
「えっ、そんなことできるの。」
トゥランの奇蹟を見ながらとぼけたことを言うトゥーラに、天使たちもミドも吹き出しました。
「私に任せなさい。これぐらいは、作りなおさなくてもできるわ。」
「ごめんなさい。私もう歳だけど、また産めるものなら、また彼の子欲しい。お願いします。」
トゥーラは、セイシに頼みました。
「はいはい。じゃあ、こっちを向いてお腹を見せてちょうだい。」
彼女が恥じらいながらスカートとパンティーを脱ぐと、下腹部に傷跡がありました。
「あらあら、下手なことしたのね。片方の卵巣は無くなっているし、卵管も結んであるけど、まあ、簡単に元に戻せるわ。」
しばらくセイシは彼女の下腹部に手を当てていたかと思うと、彼女の手が体の中に入っていったので、トゥーラは悲鳴をあげました。
「これ、騒ぐでない。直ぐ済む。」
「だって、セイシ様の手が。」
トゥーラには理解できないことだったのですが、ミドは、女神のセイシさまならこれぐらいは当然と、彼女の手を握ったまま見つめていました。
「手でやらずして何でやる。足でやって見せようか。」
セイシにからかうように言われたので、トゥーラは謝った。
「ごめんなさい。つい驚いてしまったの。」
「ほら、済んだぞ。こんなものが入っていたがもう大丈夫だ。そう、ついでにアムルタートに祝福してもらえ。」
そう言うと、セイシはトゥーラの手に糸の塊を乗せた。
トゥーラが自分のお腹を見ると、何と手術の傷跡も消えていたので、感激のあまりセイシに抱き付きました。
「ありがとうございます。」
アムルタートは、セイシに頼まれたのでトゥーラを白い光で包むと、彼女は何と20代の若さを取り戻していました。
「おや、随分若くなったな。しかし、もう裏切るなよ。」
セイシにからかわれ、自分は下半身丸出しだったことにも気付いたトゥーラは、慌ててパンティーとスカートを身に着けました。
「まあ、いいわ。あなたたちは、腐れ縁に免じて許しておきましょう。そしてミド、お前にもトゥーラと同じだけ長生きしてもらうことにするわ。アムルタート、彼も祝福してあげて。」
アムルタートは、にっこり笑うと彼も白い光で包みました。
「あなたとトゥーラ、二人には人間としては最大限の寿命を与えました。心して人間やりなおしに挑戦しなさい。」
ミドとトゥーラは、セイシたちに頭を下げて感謝しました。
「では、人間はまだ人間、天使もまだ天使をやることでいいのね。」
セイシが確認すると、ミドが答えた。
「はい。それでお願いします。」
天使たちからも拍手が起こりました。
セイシは、ミドたちと天使たちの意思を確かめると、天地の再創造に取りかかった。
今回は、レムリアのミドの永遠の次元の時と違って、星の位置や太陽の働きまでは操作しませんでしたが、後はレムリアの時に似ており、ほとんど水中に没してしまった大陸をほぼ元通りに浮上させると、まず植物で満たして行きました。
それから、そこにあらゆる種類の動物を創造して配置しました。
「さて、人間以外の役者は揃ったわ。今回は、この程度でいいでしょう。」
ミドだけでなく、天使たちもセイシに感謝しましたが、セイシは、トゥーラにふと尋ねました。
「トゥーラ、あなたは、異界シャンバラの王女でしたね。」
「ええ。レムリアではそうでした。」
シャンバラは、彼女にはなつかしい言葉だった。
「では、パレンケの神殿から、シャンバラに眠っている7種族7百人の貴重な種を引き出して、人類再建に役立てなさい。」
ミドは、シャンバラに若者7百人を集めたことを思い出しました。
「そう言えば、そんなこともありましたね。トゥーラ、私の死後シャンバラから呼び戻すのではなかったのか。」
トゥーラは、ミドの死後に7百人を呼び戻すべきか否か迷いましたが、既にかなり復興してきていたため、別の機会があるだろうと見送ったのでした。
「そうなの。私が生きている間は呼び戻さなかったのよ。その後のことはわからないけど。」
セイシは、その後のことを教えました。
「当時の7百人はそのまま眠りつづけている。ただ、お前の両親とスルト、フレイヤの夫婦、スクナヒコ、それからその後迷い込んだ人々は、前例を破って普通に生き続け、子孫たちが今でもシャンバラを守っている。トゥーラは、ミドとともに迎えに行って来るとよい。」
「わかりました。夫とともに行ってまいります。」
ミドは、また妻とともにセイシに頭を下げたが、ふと思い付いて尋ねた。
「ところでセイシさま、この世界のパラレルワールドとも言うべきあなたの次元は如何ですか。」
天使たちは、ミドが、地球の代わりに星の原型とも言えるその次元を提供し、セイシさまが喜んで天地創造を行って移住したことは知っていましたから、彼女の答えに注目しました。
「全ては私の理想どおりと行きたいところだが、一つだけ問題があるな。」
ミドは、自分が思っていることと同じか尋ねた。
「星の環境と、人間の文明との兼ね合いですか。」
セイシは苦笑した。
「よくわかったな。一言で言えばそうなる。人間は、自然の食物連鎖から逸脱しているからな。それだけでもお邪魔虫なのだ。そして、文明となるとどうしても拡大方向に進むからな。そうなると、矛盾は拡大する一方だ。」
「では、セイシ様はどうされたのですか。」
理想主義者のセイシがその対策に取った方法が何か、一同興味を覚えた。
「まず、徹底的に教育したのだ。人間は、自然の中でどうあるべきか。そして、自らの存在の意義を、精神的なものを追求する方向に向けるように。だから、いまだに文明とは言えぬ小さな世界だが、少なくともこの世界が滅亡する前よりはずっと幸せであろう。」
一同理想的な世界を築き上げたであろうセイシに感心しましたが、ルキフェルは、どうも母がその世界に満足はしていないようなので、更に尋ねました。
「でも、母上はその世界に満足してはいないようですね。」
セイシは笑い出しました。
「そうだな。理論的には満足しているけど、心情的には問題あるわ。」
「と言うと。」
セイシは、ゲンブの方を向きました。
「ゲンブに聞くけど、私と四神と十二神将だけの世界があったとしたら、どう思う。」
ゲンブは、複雑な顔をしてスザクとビャッコの顔を見ると、ビャッコが、彼に代わって答えました。
「大変平和でしょうけど、一言で言えば、つまらないでしょうね。」
なるほど、と思った一同でしたが、セイシは大きな声で笑った。
「そうそう、そのとおりなのよ。何だかんだ言っても、この世界ある面じゃ欠点や失敗があるから楽しいのよ。そこでルキフェル、あなたに頼みがあるんだけど、聞いてくれる。」
彼は内容を察したらしく、後ろのトゥランの方を向いて二言三言ささやいた。
トゥランは大きくうなずくと、夫の代わりにセイシに返事した。
「セイシ様、私をともなっていただけるのなら、夫は喜んで行くと申しております。」
セイシは、トゥランに微笑みかけた。
「元よりその積もりよ。私も人間の愛情は理解できるわ。ルキフェルをあなたから引き離したりしないわ。その為にあなたに永遠の命を持った体を与えたのだし。トゥランにも子供ができるようになったし。」
すると、トゥランがはっきりと答えた。
「では、私も喜んでご一緒させていただきます。」
セイシは、次にミドの方を見た。
「あなたにも許しを得るべきでしょうね。」
「はあ。」
ミドは要領を得ない様子なので、セイシは笑い出し、トゥーラの由岐枝がささやいた。
「あ、そうか。ルキフェルは、私の息子でもあったのだ。」
当のルキフェルは、父の言葉に苦笑していました。
「私には実感の無い母と父ですが、ミド父上、私は母上の元に参ります。」
実のと言うべきか、実際に彼を産んだ体を持ったスザクには、その後メタトロンとの間にも子供ができていましたし、そうして天使の中に溶け込んでいったのですが、半分人間ながらも、ルキフェルは弟や妹、他の天使たちとは異質の力を持っており、どうしても打ち解けることができなかったのです。
実は、ゲンブとプロセルビナの娘で、アムルタートの再来と言われた美女のリリスが、情熱的に彼に迫ったことがあり、彼が拒絶したところ、無意識の念力なのか彼女は宮殿の柱に叩きつけられて全身の骨が砕け、死にかけた、いや、一度は完全に死んだ事件があったのです。
今でも、宮殿の柱には、リリスの体の形の窪みが残っているのですが、その時ルキフェルは、銀色に輝く天使に変身して思考の物質化能力を発揮し、リリスの肉体と生命を再生して元に戻していたのです。
そんな事件もあったため、ルキフェルは、他者を傷つけぬようにと、孤独に過ごしていたのです。
ですから、彼と親しかったのは、母スザクと義父メタトロン、父である生前のミド、そして何故か気に入って妻にした人間のトゥランだけだったのです。
そのことをミドも察していましたから、彼も、父として快く送り出すことにしました。
「何だか奇妙な感じだが、ルキフェル、確かにお前にはその方がよいだろう。母が築いた多分に哲学的な次元の人間社会の、神と女神となるがよい。」
トゥランも、ミドににっこり微笑みかけると、ミドはふと思い付いてセイシに聞きました。
「セイシさま。」
「なんだ。」
「トゥランは、あなたとスザクさんに良く似ていますね。」
言われて見ると確かに良く似ており、ルキフェルが母に似た彼女を選んだ訳がわかる気がしました。
しかし、彼女もミドの前世の娘なのに忘れているらしい彼をからかった。
「確かにそうだな。ルキフェルが選んだ訳はわかった。それはそうだが、トゥランも、お前の娘だろうが。」
「あっ、そうか。息子と娘だったんだ。」
忘れ去られていたようで、トゥランは悲しくなりました。
「あっ、ひどい。お父様なのに。」
ミドは、トゥーラを引きずって彼女に駆け寄り、抱きしめました。
「悪かった。死んでしまった後だったし、私はお前がキシリアのお腹にいることさえ知らなかったのだ。」
初めて見る父に抱きしめられて、トゥランは嬉しかった。
それからミドは、トゥーラを彼女に押し付けた。
しかし、彼女も何故押しつけられたかわからずぽかんとしていたので、ミドとセイシは笑い出しました。
「ここにもう一人いたか。自分の娘であることを忘れている抜けた母が。」
セイシに言われて気付いたトゥーラは、慌ててトゥランを抱きしめ泣き出した。
「ごめんなさい。私は、キシリアでもあったのでしたね。あなたがお腹にいたのに、生きることを考えなかったの。とても悪い母ね。ごめんなさいね。」
トゥランも、初めて感じる母のぬくもりに涙を流して感激した。
「嬉しい。両親に会えるなんて。」
ルキフェルも涙を一粒こぼしたので、セイシはからかいました。
「おや、お前も泣けるのね。」
彼は自分でも戸惑っていた。
「そうですね。こんな気持ちはパカルとキシリアの悲しい結末以来ですね。私にも、人間的な心はあるのですね。」
「私の息子だ。当然だろうが。」
ミドは、自分よりも二回り大きいルキフェルの肩を抱きました。
「何だか落ち着きますね。ミドのあなたが生きていた時に、何度か抱きしめてもらいましたが。」
しかし、ミドは苦笑していました。
「しかし、格好悪いな。何だか私がお前にぶら下がっているみたいだ。」
確かにそう見えるので、セイシも天使たちも笑いました。
「しかし、トゥランは、父上の昔の3人の妃、そう、ここにいるメンバーでは、母上とアムルタートさん、それからサハーラさんの3人のいいところを合わせたような美人ですね。」
アシューラが言うと、ルキフェルが付け加えました。
「母のキシリアにもよく似ていますよ。」
ミドは、ルキフェルから離れると、トゥランを抱いているトゥーラをからかいました。
「と言うことは、キシリアのトゥーラは、今よりずっと美人だったのかな。」
「あっ、嫌なことを言う。」
トゥーラがふくれると天使たちは笑いましたが、セイシは、真面目な顔で言い切りました。
「キシリアが、お前の転生の中では一番の美女だ。」
余り知らないはずのセイシさまが言いきるので、追跡していたアールマティーは首を傾げました。
「そうでしょうか。レムリアのトゥーラもアムルタート似の美女でしたし、今のヤシマ人のトゥーラも、捨てがたい味がある顔ですよ。」
トゥーラは、由岐枝の自分が美女と言われなかったことに苦笑していましたが、セイシは首を振った。
「いや、キシリアの方が上だ。」
ルキフェルもそう思っていましたが、好みの問題があると思ったので母に聞いた。
「私もそう思いますが、好みもありますからね。母上は何故一番だと思ったのですか。」
すると、セイシは当然のように言い切った。
「一番私に似ているからだ。」
一瞬置いて一同大笑いになった。
「セイシさまも、なかなか面白いお方ですね。」
ミドが感心しながら誉めると、彼女はさも当然そうに答えた。
「私がこの中では最年長だし、一番の力を持っている。だから、一番美しく、一番面白くて当然なのだ。」
一同また笑ったが、ミドは面白いことを話した。
「セイシ様は、その分弱い者にも優しいから素晴らしい。昔の私のもう一つの姿のように、ひたすら強くあろうとする反面、弱い者に対する思いやりを失っていたら、魔王になっていたでしょうね。」
アールマティーは、その内容を思い出しました。
「別の次元の話になりそうだけど、レムリアの元々の予言のミドは、世界を恫喝して支配した大魔王だったのよね。」
この予言については、トゥーラの方が、詳しく知っていました。
「そうですわ。私は当時の大異変の後生贄となって死に、妹カムヌカを妃に、ツィンツンを愛人にして世界に君臨する魔王となるはずでした。でも、不思議なのです。私の前世の記憶では、レムリアのトゥーラは、白いピューマのトゥーラとともに湖に身を投げて死ぬのです。でもそれは今の歴史とは違うようです。どうなっているのでしょう。」
アールマティーは、セイシがどう答えるか興味を持って彼女に注目しました。
すると、彼女はその時の光景を壁に映し出して見せたのです。
「確かに、これはミドが魔王となる方の運命だ。私が、ミドに見せて意見を聞いたものだな。今のトゥーラは、そちらの運命を見ることができたのだな。でも、トゥーラは生きていたし、ミドもそんなに人を殺さずに済んだのだ。これは当時のお前の両親、ミトラス国王夫妻のお陰だな。魔王のミドの運命では、両親はお前と同じく長生きしたが、優しい笑顔を無くし、邪魔な人々を殺戮する息子を見ないといけなくなったのは不幸だっただろう。魔王ミドは、その超能力を傘に着て世界を恫喝したのだ。ヤシマを属国化し、ヒンダスも同盟国と言いながらも自分の息子と妹の娘を送り込んで操っていたのだ。」
トゥーラは、その運命では、カムヌカとツィンツン、サクヤがどうなったか興味を持って聞いた。
「魔王ミドの妃たちはどうなったのですか。特にツィンツンは。」
セイシは微笑みました。
「魔王ミドも、妃には優しかったわ。トゥーラが死んだ後、カムヌカのことはとても大事にしたのよ。でも、カムヌカとの婚礼は遅れて、その間にスサノオがフェンリル夫妻から逃げてレムリアに来た関係で、サクヤの方が第一王妃になったわ。彼女は、魔王ミドに人身御供に出された悲劇のヤシマ王女として後世に伝わってしまったけど、本当は幸せだったし、いい夫婦だったのよ。それに、サクヤがミドの後で女王を務めることは共通ね。20年と5年の差はあったけど、それがミドの寿命の差よ。」
トゥーラは、ツィンツンのことが気になっていました。
「ツィンツンは、どうしたのですか。」
彼女は、大分違っていました。
「ツィンツンは、ミドと結ばれずにスサノオと再会して、一旦彼がヤシマに連れ帰るのだ。それで、ヒンダス王家に嫁がせようとしたのだが、その後がお前の運命のインディラに近くて、夫となるはずのクリシュナの弟スカンダが婚礼の夜急死し、夫の命を吸いつくした魔女として殺されかねなかったところを、彼女の先祖である天空の女神アーディティーの遺産である意思を持った飛空艇ヴィマーナ・ウシャスが目覚めて、ツィンツンを助け出し、ヤシマに逃げ帰って来たのだ。そうなると、スサノオもおいそれと他にはやれなくなって、本人の希望もあったが、ヒンダスに引き渡さずに済む方便で、魔王ミドの第三夫人になったのだ。その点は同じようなものだな。順番は違うけど。でも、他の二人と違って彼女は波乱の人生を送ることになる。ヒンダスで北部都市国家群が反乱を起こした時、同盟国であることと、ヒンダスには遺恨のあるツィンツンを第三王妃に迎えたこともあって、鎮圧に乗り出したのはレムリア軍だったのだ。しかも、最善の策ではあったのだろうが、ミドは、ツィンツンとウシャスで出撃して、ヴィマーナ・インドラのアグニの光とともにウシャスのエナジーも使って6つの都市国家全てを葬り去った。」
「この次元でクリシュナが一人でしたことを、ラクシュミであるツィンツンが、ミドと一緒に彼に協力したのですね。」
ミドが確かめるとセイシさまはうなずきましたが、美しい顔を曇らせました。
「でも、ツィンツンもお前同様心に感応する。それに優しい娘だったから、自分がウシャスに命じたことの結果の余りの凄まじさに、おかしくなってしまったのだ。」
ミドは、今の現実とは違うとはいえ、妃であったツィンツンが心配でした。
「私が異変でおかしくなったのと同じですね。彼女も人の感情を読めますし、感じますからね。でも、どうなったのですか。」
セイシは、冷たく言い放った。
「発狂したのだ。それに、ミドはそんなツィンツンをさらに利用した。」
「そんな、冷たい。」
トゥーラの由岐枝は、ミドがそんなことをするとは信じられませんでした。
「おい、今の私ではないのだから、そんなに冷たい目で見ないでくれ。」
皆の冷たい視線が自分に集まっていることに気付いたミドが、慌てて弁解すると、セイシは笑いました。
「そう言えばそうだな。まあ、ミドの為に弁解しておくと、彼は世界支配で手一杯で、ツィンツンに優しくしてはいられなかったのだ。でも、サクヤもカムヌカもそのことは理解して、二人でツィンツンの面倒を見ていた。幸いツィンツンも、子供が産まれたら正気に戻ったし。」
何だか自分は何もしなかったかのような言い方だったので、不安になったミドは聞き返しました。
「私は、彼女には何もしてやらなかったのですか。」
セイシさまは、にやっと笑って話しました。
「いいや、それでもウシャスのパイロットとして利用していた。それに、彼女を一番抱いていたな。一番肉体的な魅力を持っていたし、発狂した彼女はとても淫乱になっていたからな。」
「そんな、ひどい。」
ミドは、言われる前に自分から言った。
「そんなものよ。まだましだ。ツィンツンは、ミドに抱かれている時が一番落ち着いていたから、それはそれでお前の優しさだったのかもしれないし。でもトゥーラ、今のミドも人間的には冷たいところはないか。」
セイシさまがトゥーラに尋ねると、彼女はうなずきました。
「そうかも知れません。でも、精神的な強さは、ある面では孤独に、冷たさにつながるようですわ。私、由岐枝の人生では、それが原因の夫婦喧嘩を随分しましたけど、彼を裏切った時は、冷たいぐらいの態度で接してくれたことで却って救われた面がありました。だからミドのその態度、よくわかります。きっと鬼神のような生涯で大変だったんでしょう。だから、ツィンツンを特別扱いしたくてもできなかったんだと思います。」
セイシさまは、うなずきました。
「恐らく魔王ミドは、一生心は休まらなかっただろう。でもそれは、トゥーラ、お前のせいなのだ。」
トゥーラは、言われて当惑しました。
「何故です。私は、生贄になって死んだでしょう。」
「そうだ。しかし、お前の死が、結果的には一生ミドを苦しめ続けたのだ。お前は死ぬことは無かったのだ。ミドには人々を洗脳することだってできたのだから。それなのに最愛のお前に死なれたのだから、一生悔やんだだろう。ミドは、世界中から恐れられる魔王にはなりたくなかったのだ。でも、大異変が彼を変えた。彼は、人々に頼られる分、強くあらねばならなかった。そして、最愛のお前を救えなかったから、その優しさを他の誰にも向けられなくなったのだ。」
セイシさまに言われて、トゥーラは考え込みました。
「私が…。」
由岐枝のトゥーラの記憶のミドは、12歳の時から自分をひたすら憧れの心で見ていたとても優しい少年だったし、それは彼女が死ぬまで変わらなかったのです。
ただ、彼は、私を傷つけようとする相手には容赦無くその神の鉄槌を振るった。つまり、殺してしまったのです。自分もその苦しみを共有するにもかかわらず。
彼の黒かった髪は、異変後の半年で銀髪に変わってしまいました。
私は、彼をその苦しみから救いたかったのです。
確かに彼の力を持ってすれば、人々を洗脳することもできたに違いなかったのです。
私は、そのことにも気付くべきだったのですが、一刻も早く彼を楽にさせてあげたかったのです。
それなのに、彼は魔王になったと言う。何故だろう。
セイシさまは、彼女が理解していないので笑いました。
「お前は神の巫女だったな。だから、自ら死を選んだ時、ミドのためとは思ったものの、その後のミドの気持ちまでは思いやれなかったのだ。この世界のレムリアでは、お前の祖父であったオルメカがそのことを教えたし、ミド自身がパレンケの預言にあったお前の死の預言自体を反故にすべく行動したのだ。そして、ミドの両親であるミトラス国王夫妻が、自らの死によってパレンケの預言を終結させ、異変に対する人身御供の風習を無くしたのだ。ところで、ミドにはこの運命も見せたのだったな。」
ミドは、彼女を抱いた時、魔王になる運命の自分の生涯も見せてもらっていました。
「ええ。見せていただきました。」
「トゥーラ、ミドはその魔王となって生きぬいた自分の生涯をどう考えたと思うか。」
セイシさまは、トゥーラに意地悪く聞きました。
トゥーラは、今聞いた限りでは魔王と言われるだけに冷酷な面を見せていたと思われましたし、セイシさまの言うように一生気が休まることのない不幸なものだったとも思えましたが、それはそれで懸命に生き抜いた生涯だったことは理解できました。
「それはそれで仕方が無い選択だったと思います。ミドは懸命に生きたのでしょう。死ぬことによって逃げた私には、彼を責めることはできません。」
セイシは、彼女の答えに微笑み、ミドは、トゥーラを優しく抱きました。
「私は、その人生のミドも、懸命に運命に立ち向かって努力したでしょう、責められません、と答えたのだ。」
セイシさまは、二人に微笑みかけました。
「私は、元のその運命の方が、両親も生きていたし、フェンリル夫妻も殺さずに済んだし、78歳まで生きて、魔王と言われつつも、世界の王に長く君臨し続けることができたから良かったんじゃないかとからかったのだ。でも、ミドにはトゥーラ、お前を助けられなかったことの方が大きかった。まあ、それでも魔王の運命も否定しなかったのは流石だったが。」
ミドは、はっきり言い切りました。
「当時の私は51歳で死にましたが、今につながっている運命が最善だったと信じます。トゥーラの居ない人生なんて、やっぱり寂しいですからね。」
すると、アムルタートがまた皮肉混じりに言った。
「やっぱり腐れ縁ね。」
一同また大爆笑になりましたが、ミドはトゥーラを抱いてキスをし、一同に宣言しました。
「私は、この縁を大切にしたいのです。そのために、また人間の新規蒔き直しに挑戦していきます。」
セイシと天使たちは、彼らに拍手し、人類の再出発を祝福しました。
1週間後、ミド達を元のレムリアに送り出した後、セイシはアールマティーに笑いながら聞きました。
「さて、今度の人間達のゲームは、何時まで続くかな。」
アールマティーも、笑いながら言い返しました。
「本当は、人間達のゲームではなく、あなたがた意識体の神々のゲームと言うべきではありませんか。」
セイシさまも、笑いながらうなずきました。
「そうだな。人間達、いやこの次元の世界の存在全ては、私を含めた神々のあらゆる思考の代理に過ぎない。」
「私たちもですね。」
「そうだ。天使と人間、違いは個体の寿命と能力の定義の差だけだ。」
「それは、わかっています。ですが、人間にとっては、それも大変大きな差なのです。」
「そうだろうな。所詮は空、ミドに説明させたとおりだが。」
「この世界の寿命ですが、あなたは定めなかったのですね。」
「私は特定しなかっただけだ。選択の余地を残したのだ。今回のミドの選択のように。」
アールマティーは、全て理解していました。
「この世界ですが、どうでしょうね。でも、あれで人間って本当にしぶといところがありますからね。前回ぐらいは楽しませてくれるんじゃないですか。」
セイシは、にやっと笑うとアールマティーに頼みました。
「恐らくそうだろうな。とりあえず、何万年かは、お守を頼むぞ。」
「はいはい。私達天使は、元は光の神ミカエル様の創造物ですから、神のゲームであるこの世界の監視役を務めさせていただきますよ。それこそが私達の存在意義ですからね。でも、私達も意外だったんですよ、ミドの存在は。人間なのに、私達の領域を侵犯しかねませんでしたからね。でも、お陰でこの2万年楽しませてもらいました。どうも、彼の元になった異星人ミケーラとは、名前も結局は同じですし、ミカエル様の分身のような存在だったのかもしれませんね。彼の魂を創造したミカエル様の気紛れに感謝しますよ。」
この世界は、ミドの神坂俊一郎が看破したように、神のゲームのようなものだったのです。
「私も光の神の子孫の一人だが、こうやって神も自分たちの意識を調整しているのだ。またハルマゲドンが起きないようにな。」
アールマティーは、ミドを誉めた。
「ミドは、そこまで見破っていたようでしたからね。あの神の意識と言い、ミカエル様が、気紛れで、自分に近いキャラクターを隠しておいたのでしょうね。」
「結構面白い神だからな。本家ルキフェルとも親友だし。私は私で、ミドの助けで、何と、彼がロキと戦った時に創造した永遠の世界であったという、この星の原型という新しいゲームの元を与えられたわけだし。ヤシマで出会った時、殺さなくてよかったと、今でも思い出すとひやっとするぞ。それから、お前は知らなかっただろうが、ミドは何とこの世界の番人、セーフガードたる、本物のイギギ(看視者)をも動かしたのだ。彼と話した人間は大変珍しいだろう。」
本物のイギギは、余程のことが無い限り現れることはないはずで、アールマティーですら一度も会ったことはなかったのです。
イギギにも段階があり、ミドこと神坂俊一郎が、母の高子に殺されて中間世まで行ってしまった時に元に戻してくれた人間の転生だけに限定した看視者としてのイギギも存在するのですが、今回ミドと直接交流したイギギは、この世界全体の看視者である本物のイギギだったのです。
流石のアールマティーも、彼女の言葉には驚きました。
「何と、イギギさまが現れたのですか。私ですら一度も見たこともないのに。一体どんな姿なのです。」
「ああ、イギギは神の意志だから、私の本体と同じで、形はないぞ。」
「あっ、そうか。でも、本物のイギギさまを動かしたのに存在しているとは、一体ミドは何者なのです。」
セイシも、不思議に思っていました。
「確かに不思議だ。しかも、彼は二度動かしている。」
「二度もですか。」
アールマティーは更に驚いた。
「最初は、本物ではない小イギギで、母親に殺されかけた時だ。1歳半の時に、彼は母親に崖の上から突き落とされ、岩に頭をぶつけて死んだのだ。」
「イギギさまが、彼を生き返らせたのですか。」
「そう。中間生から現世に戻したのだ。まあ、これは極たまにはあることで、それ自体は人が一人生き返っただけで、大したものではなかったのだが。」
「それでも、生き返らせてもらえたのですか。」
「そうだな。」
「二度目はどうだったのですか。」
「今度は大イギギ、本物のイギギで、それが、例の全人類を背負おうとした時のことだ。」
「魂を全世界に拡大した時ですね。」
「そうだ。できたことも奇跡だが、元に戻ったのも奇跡だ。」
「あれは、トゥーラが命がけで呼びかけたからできたのでしょうね。」
「その前に、神の領域を侵そうとしているミドの意識を、イギギは消去しようとした。しかし、面白い存在であり、害はなさそうだと判断したのか、イギギは条件付きで彼の存在を容認した。」
「それはまた凄い。条件はなんだったのですか。」
「自分を求めている存在に気づき、答えることだった。」
「トゥーラにですか。」
「そうだ。彼は、イギギのヒントもあって、トゥーラの呼びかけに答えることができた。そこで、イギギは、ミドの存在を許したのだ。」
アールマティーは、ミドと同時にセイシさまが試されているのではないかと思いました。
「光の神は、あなたを自分の後継者に指名する積もりではありませんか。ゲーム作りの。」
セイシさまは、大きな声で笑い出しました。
「ああ、そうかもしれないな。だから、ミドの姿を借りて、私に異次元の地球を与えてくださったのか。」
「精々頑張って認められてくださいな。そして、私達天使を、別のゲームでも使ってくださいね。」
セイシは、賢明なアールマティーを好ましく思っていましたから、快く約束しました。
「わかった。その時は、智の女神としてまた登場してもらうことにしよう。」
「美の女神のアムルタートもよろしく。」
アムルタートも現れて、セイシに売り込みました。
「はいはい。私の趣味とはちょっと違うが、あなたも確かに美しいからね。その時は精々使わせてもらいますよ。」
「他にもスタッフは揃っていますからね。」
アールマティーの売りこみに、セイシは大笑いしました。
「まあまあ、あなたたちは新生ミド王国を見守ってちょうだい。全てはそれからね。」
「はーい。お待ちしております。」
二人に見送られ、セイシさまは、息子のルキフェルと不老不死にした彼の妻のトゥランを連れてもう一つの世界に帰って行きました。
「さあ、また終わりの始まりね。」
アムルタートが言うと、アールマティーはつぶやくように言いました。
「セイシさまは、限定しなかったと言ったけど、おそらく、この世界の寿命はこれで最後でしょう。だから、彼女も表に出てきたのよ。」
怖い言葉でしたが、アムルタートは興味を覚えたので聞き返しました。
「終わったらどうなるのかしらね。」
アールマティーは、根本的なことに触れました。
「この世界は、ミドが言ったように一種の波動に過ぎないけど、その大元の原子の段階では、意識体である神がプログラムできたように、その意思を忠実に反映するの。ところが、神のコピーである人間の意志にも反応はしてしまうのよ。だから、人間の中にもそのことに気付いて疑問を持っていた人々はいたわ。まあ、その理由までわかった人は本当に少数だったけど。そして、その終わりを幻視した人間もいた。ミドもその一人だったわ。」
終わりがどうなるか、アムルタートは聞きました。
「じゃあ、終わったらどうなるの。」
「その時は、この世界の波動を構成する原子段階から崩壊し、プログラムも崩壊し、すべてが暴走するでしょう。だからまあ、滅茶苦茶になることは確かね。」
アムルタートには、どんな状態なのか理解できませんでした。
「何なの、それは。」
「そうね、物質が消滅し、混沌に戻ると思ったらいいわ。何が何だかわからない世界ね。光の神ルキフェルが闇を創造し、物質となる波動を創造する前の状態かしら。」
アールマティーにもうまく説明はできませんでした。
「ふーん、確かに何が何だかわからなさそうね。で、どうなるのかしら。」
これは、彼女にも予想は難しかった。
「きっとそこでセイシさまが収拾する役目を果たすのでしょう。ミドが言ったように、セイシさまは、人間の宗教の仏教で言うところの弥勒菩薩なのでしょう。全てを救済する。」
アムルタートは、世界よりも自分たちの存在がどうなるか心配した。
「私達はどうなるのよ。」
「私達にはそれを食い止めるだけの力はないわ。でも、大丈夫よ。何が何だかわからなくなっても、ミカエルさまは我々のバックアップを取ってくださっているから、また創造し直して使ってくださるわ。だから、この機会にセイシさまに売り込んでおいたの。わかったかしら。」
アムルタートは、ようやくアールマティーが自分たち天使を売り込んだわけを理解しました。
「そうか。それで売り込んだのね。私も相乗りしたけど、それでちょっぴり安心したわ。じゃあ、せいぜいこの世界を見守って行きましょう。」
二人は、新世界の創造後に対応するために全ての天使たちが集まって協議を続けているマガダ宮殿のホールに戻って行きました。
完
パリから始めるサスペンスロマンス 神坂俊一郎 @nyankomitora
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