天使の初恋。終わっても、永遠に。

@Tomato_syuuen

第1話

遠い。あの山に行きたい。

そう思いながら、アクセルを回し、クラッチを踏んだ。

シフトを変えて、速度を上げる。

重い相棒バイクと共に、小さい頃目指した山に向かう。

もう彼女もいない、両親も、僕を大切にし、亡くなった。

自由って、何だろう。


「まずい!油断した!」


気づいたら頃には遅かった。

地面に広がる鏡。

その水面でスリップでもしたのだろうか。

カーブに差し掛かったのに、速度を変えなかったからだろうか。

速度を出しすぎたのだろうか。


山の中、静かな世界に、騒音と、体の裂ける音が鳴り響いた。


(痛い......通報しないと......先に救急車......)


身体が動かない。

それに、下半身に感覚がない。

ああ、僕は、死ぬのか。


(いい人生、だったのかな)


目を閉じた。閉じるしかなかったというか、勝手に閉じたと言うか。


ふと気がつくと、身体に感覚があり、痛くもない。

辺りを見渡すと、見慣れているのに知らない駅のホームに座っていた。

まるで既視感のようだ。

知ってるのに知らない。


小さなこの駅。名前は書いてなく、ホームには、くたびれた看板、くたびれた屋根、くたびれた椅子、そして、もうすぐ消えそうな蛍光灯が数本しか存在しない。


「ここが終着駅......なのか」


「そうですよ。貴方は、亡くなったのです」


優しく美しく、透き通った声の持ち主は、小さな天使の少女だった。

長くて、輝くようなベージュの髪に、少し紅い頬、汚れも埃も一切ない白い服を着て。

悲しそうにこちらを見つめる。


そんな彼女は言った。


「この話が終わって、貴方の決意が明らかになったら、ここに電車が来ます。ここは人生の終着駅。次の駅、始発点に向かってください。また、新たな人生が始まります」


要は次の駅で転生しろと言う事。


天国に行くわけでもなく、新しい世界を目指すのだ。


「決意か......」


夕陽が静かに僕達を照らす。


「そういえば、天国はないの?」


「ありますよ、しっかりと。貴方も行くことはできます。ですが、私は、貴方に......新しい人生を歩んで欲しいのです」


「.....そう、じゃあそうしようかな」


少し驚いたような表情で、僕を見つめる彼女に、僕は少し疑問を抱いた。


それにしても、ここは居心地がいい。


「あ、あの!......えーっと、その。私、今回が初めてなんです......」


「そうなんだ。てっきり、もっと長くやってるのかと思った。だって、上手なんだもん」


僕はただ、自分を見つめ直して言った。

たったそれだけ、でも、なぜか彼女の顔が少し赤い気がした。


女神という者か何かによって魂は造り替えられて、この体も役目を終える。

リセットされて、再スタートではなく、スタートになるのだ。

少し、この時間を楽しもう。


もう一度、あの世界に行かなくてもいい。

全く別の生命で文明で、その世界がどれだけ残酷でも、どれだけ幸福でも。

生きる事に、変わりはない。


「もう決意。着いたと思うんだが」


「どうでしょう、話が終わってないのかもしれません。条件を満たさないと、変われないので」


「何と言うか、人生みたいだね」


天使も、同じように生きているのだろうか。

天使が、どうして地上に降りないのだろうか。

天使は、どんな特性があるのだろうか。


「......あの、本当に、いいんですか?」


「何が?」


「転生する事です」


「そんなこと言われてもな......君が、こっちの方にしてと言うんだし、それに、僕は、天国に行って、幸せとかを感じたいと思わない」


首を傾げて、彼女は言う。


「どうしてですか?だって、人間は幸せを、自分の幸せを求める生き物では....?」


「関係ないとは言い切る事できないけど、僕は十分、この人生で幸せだったよ。君は天使だから人間のことをあまり知らないのかもだけど、僕は、あの世界が大好きだった、僕のような人間は多くないのかもね。でも僕は、目の前の幸せよりも、その先にある苦しみと、達成感を探したいんだ」


「なぜ....」


「簡単。"人間"だから。だよ」


風が吹く。

冷たくて気持ちいい風が、僕と彼女を揺らす。

淡く、美しく、それでもどこか残酷で、どこか優しい風が、明日に向かって吹いていく。


生活も、人間関係も、勉強も、受験も、確かに辛かったのに、僕は、ただそれが美しく感じた。


少しずつ蘇る、いつか泣いた日々の記憶も、今では面白く、良いものだと感じてしまう。

僕は、狂っているのかもしれない。


「人間関係とか、大変、なんですか?」


「大変っちゃ大変かな。でもある程度生きて、ある程度法則を理解すれば大丈夫」


「......障害を持った方についてはどう思いますか?」


「大変だなって、僕達より頑張って、理解もできないけど、努力して、きっと本人たちに言ったら何もわかるわけねえだろって言われるけど、みんなそう。みんな誰かと違うところがあって、誰かを嫌って誰かを好きななって......それは全人類共通。たとえ障害を持っていても、生涯に影響が大きくても、それで良い。自分に自信を持たない奴が友達にいた。片親で、父一人で3人くらい育てて、障害を持ってる奴がいた」


「その人がどうしたんです?」


「僕思うんだ。障害を持っているからと言って、何かができないのはそれのせいじゃないんじゃないかって。何かができないのを障害のせいにして現実逃避......それを否定する訳ではないのだけれど、でも、それはきっとその人の意思の問題なんじゃないかなって思う。あいつも、その父も、知らない人も、そして僕も、傷つくことや、悲しくなる事、反対に、嬉しくなる事、好きになる事とか、自信がなければ、そう言うのも減っていく。関係ないんだよ、僕達には、助け会える力があるから、協力という、強力な絆がある限り、僕達が続く限り」


静かに揺らいだ世界も、今はちょっと、安心しているようだ。


「そう......ですか......それは、それは良かったです!」


「逆に天使はどう?」


「え?」


「君たち天使たちの社会はどう思ってる?」


「それは......その......です......大好きです!」


そうだ、それで良い。

この世界を見つめて、新たな形を見つけて、大切なものを見つけて、失って....


それが世界。


これが人生。


そして愛。


「そろそろ、電車来たみたい」


「本当だ。じゃあここでお別れかな」


「......私も、いきたいです」


「そうすれば良いんじゃない?」


彼女はだんだんと目に涙を浮かべて言った。


「無理です......決まりなので......普通なので.....!」


普通。か、正直言って、普通が何だか分からない。

愛という解釈もある、生きるために必要なものという解釈もある。

でも、それなら......


「普通なんて、気にしなくていいんじゃない?」


彼女は黙ってしまった。

泣きながら、その場に立ち尽くし、動かなくなった。


「一緒に、行こう?」


声をかけた瞬間。


踏まれてくたびれた雑草は、花を咲かせた。


「はいっ!!!いきます!」


これが、誰かの初恋と言えるのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天使の初恋。終わっても、永遠に。 @Tomato_syuuen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ