第16話 バイト帰り 2

「これで今週も埋まった、と」


家に帰る途中、俺はそう呟いた。

土曜日は塾のバイトあるし、日曜日は榊原たちと勉強会。あくまで仕事だがこれだけ見るとなかなか充実したスケジュールな気もしなくもない。


「……眠いし、疲れたからさっさと帰って3人で飯を食おう」


澪は確実に起きてるとしてこの時間ならまだ葎も寝ていないはずだ。

俺は不意に後ろを向くと榊原がいた。


「………………………………」


「さてと帰ろ、帰ろ」


「見て見ないふりしないでよ!」


もはや見慣れた俺の彼女(嘘)が、ろくでもないことを頼んできそうなので、足早に立ち去ろうとしたが遅かったようだ。


「なんだお前は?数ある不名誉な二つ名に自らストーカーまで加えるつもりか?」


「緊急事態なの……ちゃんとお金は払うから付き合って!」


「悪いな、俺もいつも暇ってわけじゃない」


近頃、ただでさえ帰りが遅いことが多くて、澪が不機嫌なんだ。いくら金を積まれようとも、妹弟が最優先なのだ。


「お願いします!この通りですから」


「お前にプライドというものはないのか!?」


ノータイムで土下座をかました榊原に面食らってしまう。


「ふ、今のアタシには失うものはないのよ。でも、アンタはどうかしら?」


「こ、こいつ」


事実がどうあれ、こんな人の多い場所で女が男の前で土下座しているのであれば、その注目の矛先が向くのは俺の方であり、榊原ではない。

写真撮られてSNSで拡散されようものならば、目も当てられない事態だ。


「めんどくせぇ…分かったから、さっさと立て。お前の数々の見栄を白日の元で晒されたくなければな」


「しゃたっ」


人が変わったように立ち上がる榊原。

本当に面倒臭い女だな。


「お前……ちょっとこっち来い」


俺は榊原を手招きする。


「え、なに?露骨に仲直りアピールするつもり?案外、気を小さいのね」


「いちいちやかましいわ」


地面に腕をついたせいで付着した細かな砂を叩き落としてやる。


「あ、ありがとう……」


「みっともない格好の女と一緒に歩けないだろ」


照れくさそうにお礼を言っている榊原にそう言う。


「ホント癇に触る言い方をするんだから」


「お前って友達に見栄を張るためならなんでもするんだな、早く用事を済ませてくれ」


「うん!」


そう言う俺に対して榊原は相づちを打つ。

こいつは根っからの見栄っ張りだが素直な一面もあるらしい。その一面を表に出せばいいと思うのだが。

本当に難儀な生き方をしてる奴だ。

俺たちはいつものマックに入る。


「で、なんだ?勉強会には参加してやると言ったはずだが他になにかあるのか?」


俺はすぐに問いただす。


「それがバイト中に千奈ちゃんからチャットが来てて」


榊原がチャットの画面を見せてくる。


千奈『どーせなら、もうレイくんのお友達を呼んでもらってよ!勉強教えてもらうにしても、カナちゃんも彼氏に教えてもらいたいと思うから』


莉奈『こんなことを言っているが自分が美味しい思いをしたいだけだぞ』


千奈『勉強教えてもらえる上に、お友達も紹介してもらえる!一石二鳥じゃん!天才と褒めて欲しいくらいよ!』


莉奈『ま、千奈のことは置いといて………そういうことだから、大丈夫そうだったら呼んでもらってあげて。千奈がうるさくてしょうがないから。それに小鳥遊くんの友達なら、たぶん頭いいでしょ?』


千奈『ま、当日はカナちゃんとレイくんの分はお代は払うからお願いね!』


「と、いうわけなの」


「はぁ。で、なんだというんだ?」


こいつの言いたいことが読めない。


「あれ、珍しく察しが悪い……アンタのお友達誰でもいいから勉強会に呼んでって言ってるの?」


「オトモダチ?そんなに親しい相手はいないぞ」


そんなもの俺にいると思っているのか?


「そうか……アンタ、友達いなそうだもんね」


「お前に哀れみの視線を向けられるほど、ムカつくものもないのだがな」


「でも、いくらアンタみたいな人間でも友達の一人や二人はいるでしょ?」


「少し考えてみよう」


目を閉じて思案する。

俺に友達という存在が居るか、否か。

まず葎と澪、そして紅葉。

こいつらは妹弟、従妹であり断じて友達ではない。

それから七海、秀一。

七海は友達というか、仲の良い後輩みたいなかんじだが、秀一はどうだろうか?

あいつなら頭もそこそこいいし、俺が頼めば来るだろう。


「いるにはいるな」


俺は歯切れが悪そうに言う。

アイツ、確か一つ下の学年だよな。

俺たちの勉強、分かるかな?


「なに?歯切れが悪い言い方をするのね。もしかして、友達という自信がないの?」


「友達に見栄を張っているお前に諭されたくない。少し黙ってろ」


「なによぅ、人が心配してあげてるのに」


拗ねてポテトをかじり始める見栄っ張り女を放置し、とある番号に電話かける。


「もしもし、秀一か?」


「はい、そうですけど。小鳥遊先輩、どうしたんですか?電話してくるなんて珍しいですけど」


眠たそうな声でそう応対する秀一。


「夜分にすまない。実は週明けからテストだろ?もし、良かったら今週末勉強を一緒にしたいと思っているのだが」


「本当ですか?小鳥遊がそう言ってくれると心強いです」


食い入るように言う。

俺は苦笑いを浮かべる。


「そうか、詳細は追って連絡するわ」


「分かりました、また学校で」


「ああ」


短く端的に会話を終えると、榊原が変な顔で俺を見ていた。


「ねぇ、今のホントの友達?なんかドライな会話に聞こえて来たんだけど」


「アイツは仲のいい後輩って感じだ」


「こ、後輩!?大丈夫なの?」


俺はその言葉の意図を汲み取り答えた。


「大丈夫だ、アイツはお前たちよりは頭はいい」


「後輩に負ける私たちって……」


榊原が肩を落とす。

確か、中学生からの腐れ縁で友達と言われれば微妙だがアイツなら俺も気が楽だ。


「それより、いいの?他にアタシたちが来ることを言わないで?」


「多分、大丈夫だと思うぞ。そんな細かいことをいちいち気にするようなやつではない。それに面倒みはそこそこいいから、勉強を教えてもらうなら良いと思うぞ」


「いや、本来の目的は男紹介してもらうためだと思う」


確かに秀一はそのために呼ばれたんだっけ?

ま、女の子を紹介されて嫌がる野郎は少ないだろうから、いずれにしても気にすることはない。七海になんて言われるか、分からないけど。


「お前が細かいことを気にするな」


「ぶっ、ありがとう。無茶なお願い聞いてくれて」


「………………………」


まぁ、こいつの素直のところは見習いたいと思う。


「じゃあ、週末よろしくね。また、連絡するから、バイバイ」


「ああ」


俺は駅前で榊原と別れ、帰路につく。

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