第15話 ばいと
「今日はあなたに大切なお話があります」
今日も
「すまん、今日は疲れているんだ。また今度にしてくれ」
俺が目を擦りながらそう言うと泣きそうな目をして物理的に縋ってきた。
「恋人のフリをしてくれるって約束したばっかりじゃん!お願いだから話を聞いてよぉ!」
「やめろ、ズボンが落ちる!俺には肌を露出する趣味はないぞ!」
半泣きでズボンにしがみつかれたので仕方なく話を聞いてやることにする。
「どうせアレだろ、また変な見栄を張ってきたんだろ?」
「どうして分かるの?はっ……まさかアンタ、アタシのストーカーだったりして!?」
「見栄っ張りの上に自意識過剰とは救えない奴だな、それじゃ」
俺はホールに向かおうとする。
「待ってぇ!」
「だからズボンはやめろ!お前が俺に話があるって言う時は、いっつも同じ理由じゃないか!」
「言われてみればそうね。それ以外にアンタと話すことなんてないし」
納得がいったかのような顔で俺から離れていく。
「いちいち可愛げのないやつだな……で、今度はなんだ?」
「週末、勉強会に付き合ってもらえない?」
やっぱりソレか。君たちそんな話してましたものね。
「日曜日ならいいぞ」
「ホント、ありがとう!」
「3万払うなら」
俺が上げて落とすようなことを言うと榊原は顔をしかめる。
「ちょ、ちょっとだけまけてくれない?今は金欠で…………」
「なんか文句でも?」
「すいません、なんでもございません」
そしてこっそり通帳を開いて震える榊原。
こいつを見ているとため息が出そうになる。
しょうがないまけてやるか。
「………1万でいいぞ」
俺の言葉に驚いたようにこちらを見る。
「なに急に?なにか企んでる?はっ!?まさか残りは身体で払えとか言わないでしょうね!この変態!」
「妄想癖もあるのか、本当に始末に負えない女だ」
俺は呆れ混じりの声色で言う。
「だ、だって………お金大好きなアンタが理由なくまけてくれるなんて思えないし……」
「今は気分がいいだけだ。それに頭の中がお花畑なお前には考えても分からないことだから気にするな」
別にこいつの事を哀れと思って値下げしたわけじゃない。ただ、俺は相対的な報酬を提示しただけ。依頼が減るのは困るからな
「何よ、その言い方!でも、そうよね。堂々とアタシの彼氏ヅラ出来るんだもん、むしろこっちがお金もらいたいくらいよ」
「そうかい」
俺は軽く受け流す。
「心底興味無さそうにするのやめてもらえない!ちょっとした冗談なのに、アタシがスベったみたいじゃん」
「お前は何がしたいんだ?見栄っ張りで自意識過剰で、妄想癖に加えて調子コキでかまってちゃんとか、いよいよ救えない女だな」
「そんな女の子からお金絞り取ろうとするのって、どんな気持ち?」
煽るように言ってきたのでこう返す。
「友達に嘘をつく女に金をどんだけむしり取っても何も感じない」
「………………………」
俺の言葉に何も言えなくなったのか、下を向き始めた。
すると、バックヤードに沖田さんが入ってくる。
「おはようございます」
「沖田さん、おはようございます」
「お、おはようございます」
俺たちは沖田さんに一通りあいさつをしたところで俺と榊原はホールに出る。
「とにかく週末はよろしくね」
「わかってる」
今日も仕事頑張りますか。
「ご注文いいですか?」
「は〜い」
注文を聞きに声した方に向かう。
「ご注文は何にしますか?」
「夏野菜のペペロンチーノとアイスティーを」
「分かりました、ご注文は以上でいいですか?」
「はい」
「では、失礼します」
「いやスルーしないでよ、先輩」
俺は聞き覚えがある呼び名で呼ばれたのでしょうがなく振り返る。そこには七海が居た。
「で、なんだ?要件は?」
「要件ないと呼んじゃダメなの?」
「今は仕事中だ」
俺が呆れたように言うと七海は微笑んだ。
「あのさ、姉ちゃんはどんな感じ?」
「姉さん?ああ、沖田さんのことか。やっぱりお前ら姉妹だったのか」
俺はそう言いながら沖田さんの方を向く。
「いい感じだよ、覚えも早いし」
「そうか、それは良かった」
安心したように七海がそう言う。
「それにしても似てないよな、姉妹なのに」
「まぁ、正反対だしね」
そう言う七海は少し寂しそうだ。
「それにしても先輩はすごいですよね、塾でバイトにここでもバイト……普通なら出来ないですよ」
「塾の日数は少なくしたからな」
俺はすごいと言われて少し照れてしまって素っ気なくなってしまった。
すると、後ろから声がかかる。
「そこ、サボってないでちゃんと仕事しろ!」
後ろを見ると榊原がいた。
「サボってない、注文を聞いてだけだ。またな、七海」
榊原ごときにサボってると言われるのが癪なので厨房に注文を伝えに七海の元を離れる。
「ホントお前って失礼な奴だな」
「ねえそれより、なにあのむっちゃ明るい子?アンタの知り合い?」
「知り合いというか、後輩?」
俺は思わず疑問形で返してしまう。
アイツと俺の関係はなんだ?
「ふーん、あの子と話している時のアンタってなんかこうアタシと話している時より表情が優しかったように見えた。もしかして、ああいうギャルみたいな子が好みなの?」
「そういうわけじゃないだが」
「くふふ、照れなくてもいいのに」
勝手な思い込みをしながら仕事に戻る榊原。
俺は無視して出来た料理を七海に届ける。
「お待たせしてしました、ご注文の品です」
「美味しそう」
ペペロンチーノを見てそう呟く七海。
「ところで先輩、さっきの人と仲がいいの?」
「榊原の事か?そんなんじゃない」
「仲良さそうに見えたんだけどな」
お前、目が疲れているんじゃないか?
そう思いながらその場を後にする。
俺が他の客に接客していると飯をさっと食べ終えた七海がこちらに来る。
「先輩、ご馳走様でした」
「それじゃ、帰り道、気をつけるんだぞ」
「はーい」
七海はそう返事をし、この場を後にする。
この後、俺は定時まで重い身体で頑張った。
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