卒業文集 

 ――古賀先生が休職した理由―― 栗原涼香

 私の執拗な行為が、古賀先生を退職へと追い詰める決断にどれほどの影を落としたか、今となっては明白です。

 ここに記すのは、その全容は貴方にだけ向けられた一通の告白です。

 本題に入る前に、一点だけ留意していただきたいことがあります。

 十歳で母を亡くして以降、私は悔しさと空虚とを抱きながら、幾度となく“理解されない存在”として歩いてきました。

 貴方の無意識な所作がもたらした幾つもの不都合が降りかかり、私はついに“抜け出せない回廊”に閉じ込められたまま、生をやり過ごすようになりました。

 貴方を憎んでいます。

 この感情はあまりにも古く、もはや言葉にすることさえ無意味だと思っていた。それでも文字として残さなければ、貴方に伝わらないでしょう。

 高校三年の春を迎える少し前、父が病に倒れ、私の進学の道は音もなく閉ざされました。それは私にとって、人生の最後の崩落であり、もはや回復不能な傷になりました。

 ――そうです。私が進学できなかったのは、貴方のせいですよね。

 現実を歪め、貴方一人に責任を負わせようとしていると誤解しないでください。貴方が存在しなければ、今も母は生きていたはずです。私はただ、貴方が純真さを持ち続け、絶え間なく自責の念を持ち続けることを、願っています。

 人は生まれながらに異なる条件を背負わされ、その条件が社会の構造や機会に決定的な格差をもたらすことを、貴方は本当に理解していましたか?

 特別なカリキュラムに通い、丁寧に詰められた手作りの弁当を食し、安心して学ぶ場が約束されている者を、貴方は一度も妬んだことがないと断言できますか?

 春、私は三人の“恵まれた”生徒の弁当を、無言のままゴミ箱へ沈めました。

 貴方はそれを「非情だ」と言いましたよね。けれど、愛情というものに触れた記憶のない者にとっては、弁当に込められた愛を感じ取る回路そのものが初めから欠落しているのです。

 四人目の弁当を鞄から探る私の姿を古賀先生に目撃されたのは、単に注意力の甘さに起因するものでした。

 先生は私を叱責し、進学を断念すべきだと忠告し、さらに“善意の仮面”を被った言葉を重ねました。古賀先生の手袋の中の指先が、私の傷口を撫でるたびに、私は冷えと疼きとを交互に味わいました。

 彼女が孫に向けて注いでいた愛情を目撃したとき、私の中に形を持った怒りは、確かに彼女を標的とする理由に変わっていたのです。

 ――貴方は、私の罪に気づいていましたか?

 私は、古賀先生と加藤先生の写真を不貞に見える構図へ加工し、興味本位で拡散したい者たちへと差し出しました。

 理科室では、人体模型を首吊りに見立て、空間ごと自殺の舞台へと改変しました。

 もし貴方が、見かけではなく本質を覗く目を持っていたなら、すぐに私が残した痕跡に辿り着けたかもしれませんね。

 けれど私は知っています。

 貴方は結論しか見ないことを。物事が何故起きてしまったのかをその深くまで確認しないことを。

 そうですよね?

 本当に私が傷つけたかった相手は、古賀先生ではなく、そんな貴方です。

 先生を追い詰めた上で、その事実を貴方の手で“解明”させれば、輪郭しか見ようとしなかった貴方でも、きっと私の全貌を知ることになる。

私の中にあった闇は、今や貴方の胸の中で永住権を得ました。

 古賀先生の退職が知らされた日のことを、覚えていますか。

 私が涙を流していたのを、貴方は見ていました。

 それは後悔の演技ではなく、自己嫌悪という鉛の塊を正面から抱きしめた者にしかわからない涙でした。

 私は、闇の中を彷徨い続けるしかなかった。

 そこまで見えていましたか。それとも、見ないふりをしていましたか。今、貴方の胸の奥にいる私は綺麗でしょうか。外面だけを丹念に整えた私を、貴方は愛してくれましたね。純粋に、心を痛めてくれましたね。

 あの夜、貴方の頬に触れた私の唇が、これからもずっと、貴方の心臓をゆっくりと締めつけ続けることを、切に願っています。

 これは、大事なことなので、もう一度だけ、書いておきます。

 貴方が純真さを持ち続け、絶え間なく自責の念を持ち続けることを、私は願うばかりです。

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古賀先生が心身の不調で休むことになりました。 がにまた @anpiruro21

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