都築慎作という怪異

……そして私と彼は、ソレを埋めました。

私と彼は車の免許もなく、彼女の車を運転したいとも思わなかったので、億劫ですがホームセンターと家を往復し、うんざりするほどに追加の土を買って、丁寧に被せました。冷たく寒いそこは、彼女にお似合いの墓のように思えました。

どしん!と重苦しい音を立てて扉を閉め、私は二度とその蓋を開けませんでした。


もう、二度と。




さて、それから一年と半分。

私と彼は波乱の遠距離恋愛を────それはもう、本当に大波乱の日々を送りました。話したいこと、ドラマになること、それ一本で怪談一本になる話、山ほどありますが……それはまた、後ほど。

そう、遠距離恋愛を乗り越えたのです。上手くいくはずないでしょう、この私に、遠距離恋愛なんて。でも上手くいったんです。なんとか、どうにか。


そしてこの一年半、死体が見つかることもありませんでした。


私は床下に母の死体という秘密を抱えながら、遠距離恋愛と同時に札幌での新生活をなんとか乗り越えました。

ひとりで、失効していた保険証も新しいものを取り直しました。作っていなかった個人番号カードも作りました。あやふやになっていた税金年金周り、その他諸々も。ひとりだったけれど、決して一人ぼっちではありませんでした。


怪談師の諸先輩方や役所の人間は、思いのほか快く私が人生を始めるのに手を貸してくれました。誰も私が殺人鬼だとは気付かないまま、私のめちゃくちゃだった人生の建て直しに付き合ってくれたのです。

とにかく私は、そこで初めて「都築慎作」という社会に生きる人間を始めました。


始めることが、できてしまいました。


私は、本当につまらない男でした。

私がこれまで「私の人生」、「私の運命」だと思っていたものは、全て私や他者の認知の歪みであり、決して世界そのものが私をゴミ捨て場に捨てた訳ではなかったのです。

世界は、社会は、案外私にやさしい。

私が血にまみれた殺人犯であるなんて、誰も知らないし、知ろうともしない。




私をいちばん苦しめていたのは、私に憑いていた怪異は、私自身でした。




そして二ノ倉慧介、彼だけが。

私の正体を知り、犯した罪を知り、共に背負い、人生を始めようと言ってくれた男だったのです。


そんな彼は、もうすぐこの家に帰ってきます。

あなたは一度しか会ったことがなかったでしょうが、この一年くらいでえらくいい男になりましたよ。髪も黒に戻して、身体も鍛え始めたらしいです。なんともまあ、健気でかわいらしくて、愛おしくて、正しく真っ直ぐな男。


彼こそがあなたの敵。

そうでしょう?ママ。




俺は床から立ち上がった。床下収納の蓋はぎし、と静かに軋んだっきり、何も言わない。

たまに酷い夢を見る。その蓋の裏を爪を立てて掻きむしる幻聴がする。ママが蘇る夢を見る。けれどママは決して化けて出ることもなく、蘇ることもなく、今も静かに俺の足の下、床下の土の中で冷たく死んでいる。


ピンポーン。


チャイムの音が鳴る。俺は走り出す。


「慧介!」

「ただいま、慎作さん!」


季節は三月。

慧介の帰る場所は、俺のいる場所にあり、俺の帰る場所もまた、慧介のいる場所にある。


新たに始まった人生は、床下に秘密を抱えたまま静かに続いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【BL】路傍異譚録 狭間夜一 @Yoichi_Hazama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画