第一章 囚われのエルフ編

プロローグ

 風が吹いていた。

 赤茶けた荒れ地が広がる平原に。


 かつてここは豊かな実りをもたらすのどかな田園地帯だったと言う。度重なる戦乱に踏みにじられ、今はその面影も無いが。


 その平原の彼方に、大きな都市が見える。

 フリーデン。10年前までこの地を治めていたエルフリード王国の王都だった街。

 度重なる内戦の果て、今、その街を支配するのは反乱を起こしたかつての重臣。


 その重臣の部隊が俺達を迎え撃つために、平原に展開していた。

 その数、およそ8000。


 俺は後ろを振り返り、味方の軍を眺める。

 その総数は1000にも満たない。


 絶望的とも言える兵力の差。

 しかし、俺の懸念はそんな所には無かった。



「ベアトリーゼ」



 隣にいる、総大将たる女に呼びかける。

 まだ若い。19歳だと言う。王位を追われたフリード王家の最後の生き残り。


 もちろん、彼女が直接戦闘の指揮を執るわけでは無い。戦闘指揮官は、さらに横に控える彼女の後見役たる貴族。


 だが、単なるお飾り、神輿、と言う訳でも無い。


 王都を追われ、10年の逃亡生活。どのような苛酷な経験を経てきたのか、俺には知る由も無い。わかるのは、王族の女性とは思えない、引き締まった身体と、その瞳に宿す鋭い眼光。


 失われた自らの国を取り戻す、その意志を理解してなお、問いかけずにはいられない。



「ベアトリーゼ、改めて問おう。君はこれから行われる殺戮の責任を負う覚悟はあるか?」


「覚悟?」


「そう、血に塗れる覚悟だ」



 かつて俺は、王位を巡る戦いの中で、1万人もの兵を皆殺しにした。侵攻して来た隣国との戦いで、7万人を焼き払った。


 大陸に轟く「鮮血の王子クルエント・レグルス」の悪名。


 それでも正気を保っていられたのは、愛する妻の存在。共に地獄に堕ちるとまで言ってくれた、今は亡きセリアの想いが、俺をこちら側の世界につなぎとめてくれた。覚悟を決めさせてくれた。


 家族を失った彼女に、そのような存在はいるのだろうか。後見役はいるとは言え、その忠義はどこまで本物なのか、俺にはわからない。


 しかし、彼女は、何故そんなことを聞かれたのかもわからない、とでも言うように、当然のことのように口にした。



「覚悟など、とっくに出来ています」


「本当に? 俺はあそこにいる敵8000人を皆殺しにする。君の指揮の下でだ。この殺戮をもたらすのは君だと言うことを本当に理解しているのか?」


「もちろんです。それをあなたや、まして他の誰のせいにすることも無い。これは私自身の意志で行うことなのですから」



 まだ10代とは思えぬ、その覚悟にたじろいでしまうが、彼女は続けた。それは俺に向けてでは無く、まるで自分に言い聞かせるかのような。



「今、王城に居座る、あの男は、隠れていた私の目の前で父を殺し、母を犯しました。それだけじゃ無い。母を兵士どもにくれてやって嬲りものにしたのです。母はその恥辱に耐えられず、兵士の目を盗んで剣を奪い、喉を突いて自害したと聞いています。あの男に報いを受けさせる。そのためなら、この身がいくら穢れようと、血に塗れようと、構わない!」


「わかった。そこまでの覚悟があるのなら、もはや何も言うまい」



 激しさに中てられて引き下がる。そんな俺の心の中に別の声が響いた。



『ラキウス君、本当にいいのですか?』



 それはベストリーゼと反対側に佇む女性からのメッセージ。


 竜の巫女、リアーナ・フェイ・アラバイン。


 竜の騎士である俺と竜の巫女である彼女は、パスを通してお互いの思考、記憶、視覚、聴覚などを共有できる。まさに一心同体である彼女からの心配の声。


 そのリアーナはフードを目深に被り、その表情は伺えないが、パスを通じて流れ込んでくる彼女の感情が全てを物語っていた。



『この戦いはあなたの戦いじゃ無い。こんなことのためにあなたが手を血で汚すなど』


『ありがとう、リアーナ。でも、話し合っただろう。王城にある、魔法帝国イルファリアへの転移陣を確保する。起動できるのはフリード王家の人間だけだ。だからこそ、ベアトリーゼに手を貸す。もう、決めたことだ』


『……わかりました。でも、辛かったら言ってください。何があろうとあなたの支えになりますから』


『ああ、助かるよ、リアーナ』



 100年俺を待ち続け、出会ってからももう60年以上。その間、ずっと支えてくれた。一緒にいてくれた。セリアと共に最も俺を助けてくれた、自称「お姉ちゃん」。


 相変わらずウザ絡みもされるけど、誰よりも信頼する相棒だ。





 陽は中天に近く、いよいよ開戦の時が近い。


 ベアトリーゼは全軍の前に進み出ると声を張り上げた。



「忠実なる兵士諸君、ついにこの日がやって来た! 不当に奪われた我が王国を取り戻し、今こそ、全てをあるべき姿に戻すのだ! 諸君、我々は寡兵ではあるが、決して弱兵では無い! 諸君の忠義は必ずやこの戦争を勝利へと導くだろう! 何より、我々にはかつて無い強力な味方がいる!」



 主の声に兵士たちがざわついた。強力な味方、それは何だと言うのか。そう、思ったのだろう。


 その疑問に答えるかのように、ベアトリーゼに促され、リアーナが前に出た。彼女はゆっくりと被っていたフードを下ろす。そこに現れた姿にまず沈黙が、続いてざわめきが、そして──歓声が爆発した!



「イルファリア!」

「魔法帝国イルファリアが我らの味方に!」

「もう怖いものは無い!」

「勝ったぞ!」



 現れたリアーナの姿は以前と変わらない。ハイエルフと人間のクォーターである彼女の姿は、年月を重ねようとも、王国一の美姫と謳われたころ、そのままの姿。


 豪奢な金髪に、金色の瞳を湛えた切れ長の目。そして長い耳。この世の美を集めたかのようなその姿。


 だが、この歓声は、彼女の美を称えるものでは無かった。


 かつてこの地に絶大な影響力を及ぼした魔法帝国イルファリア。魔法災害によって大陸全てが閉ざされるまで、大陸から離れたこの島国さえも影響下にあったのだ。


 そして、イルファリアの皇族、貴族は──エルフだったと言う。


 兵士たちは、リアーナの姿にイルファリア帝国の威光を重ねたに違いない。


 その兵士たちの歓声を背に、俺は馬から降りると一歩踏み出した。



「来たれ、龍神剣アルテ・ドラギス!」



 背後の空間が歪み、剣の柄が顔を出す。その柄を掴み、剣を引き出すと、鞘から一気に抜き放つ! それと共に、周囲はまるで新たな太陽が地上に現れたかのような輝きに包まれた。


 龍神剣アルテ・ドラギス──竜王ラーケイオスの鱗から魔法で研ぎだされた最強の剣。魔力を喰らい、ため込んだ魔力を放出する剣。いや、剣の形をしているだけのマップ兵器。


 目の前に広がる8000人の敵兵士を、この剣の一薙ぎで文字通り蒸発させる。


 龍神剣アルテ・ドラギスに魔力を流し込んでいく。魔王によって人ならざる領域にまで拡張された俺の魔力を。


 剣がひときわ輝くと、光の刃が迸った。その刃は天に向け、どこまでも伸びていく。その長大な刃を、俺は、敵の兵士たちに向け、人間に向け、躊躇せず、振り払った!!



========

<後書き>

「アラバインの竜王Ⅱ ~ポンコツ巫女様は騎士様を振り向かせたい~」開幕です。

面白そう、続きを読みたいと思わっていただけたなら、応援、フォロー等よろしくお願いいたします。

また、本日(12月1日)19:33に第1章「囚われのエルフ編」第1話を投稿予定です。

第1話はプロローグから数ヶ月前、ラキウスがこの地にやって来たところから始まります。

それでは、第1章第1話「お姉ちゃんを褒め称えるのは弟の義務なんです!」、お楽しみに!



注)本作は、「アラバインの竜王 ~平民に転生したけど一目惚れした貴族のお嬢様に釣り合う男になりたい~」の続編ですが、前作本編の50年以上後の物語であり、前作を読んでいなくても楽しめます。


「アラバインの竜王 ~平民に転生したけど一目惚れした貴族のお嬢様に釣り合う男になりたい~」

https://kakuyomu.jp/works/16817330669544262030



ただ、所々に前作の登場人物の名前が出て来ます。その際、どういう人物かはできるだけ本編中に描写するようにしていますが、更に詳しくどういう人物かを確認したい場合は以下の設定をご覧いただけると幸いです。


設定解説:登場人物① 主人公、メインヒロイン

https://kakuyomu.jp/works/16818792439188532627/episodes/16818792439189146744


設定解説:登場人物② サブヒロイン

https://kakuyomu.jp/works/16818792439188532627/episodes/16818792439212061020


設定解説:登場人物③ サブキャラクター

https://kakuyomu.jp/works/16818792439188532627/episodes/16818792440457716648


設定解説:登場人物④ 魔族・竜など

https://kakuyomu.jp/works/16818792439188532627/episodes/16818792440508881781


設定解説:世界設定など

https://kakuyomu.jp/works/16818792439188532627/episodes/16818792440524712260

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