第1話 お姉ちゃんを褒め称えるのは弟の義務なんです!
時は数か月巻き戻る。
王位を退いた後、
そこはアルカンタ島と呼ばれる島。
アラバイン王国のあるクレスト大陸の西に位置する大陸、通称、西大陸。正確にはユーステリア大陸と呼ばれる大陸から更に西へと数百キロ行ったところにある島。その未知なる大地に俺達は降り立ったのだった。
乗って来た竜王ラーケイオスは、島の北側にある森林地帯に身を潜めてもらっている。さすがに全長100メートルを超える竜を連れていると、パニックになりかねない。その森林地帯は近くに街どころか人の気配も無く、ラーケイオスが身を隠すには最適と思われたのだ。
そして今、最初に見つけた街に忍び込んだところ。
いや、文字通り忍び込んだ。この都市は城塞都市。出入りするには、城門で審査を受けなければいけないが、俺達はこちらの世界で身分を証明するものを何も持っていない。
だから、アデリアからもらった空間魔法で、街の外から中へ、一気に転移した。
アデリア──400年の封印の果てに魔族と融合してしまった古の大聖女。魔王セラフィールとの戦いで俺を庇って命を落とした心優しき魔族。彼女が、死の間際に自らの力全てを俺に融合させたのだ。「忘れないで」と言い残して。
その力が、こんなにも俺の力になってくれている。
感傷に浸りながら周りを見渡していると、隣を行くリアーナと目が合った。
彼女は今はフードを目深に被って顔を隠している。王国一の美姫と謳われた美貌の彼女が顔を晒して街中を歩いていると目立って仕方がない。身分証明を持たない我々が目立つことは極力避けなければいけなかった。
リアーナは少しだけ俺の顔を覗き込んでいたが、微笑むと、また周囲に視線を戻した。
「何か、懐かしい感じのする街並みですね」
その声に改めて街の風景を眺める。
確かに街並みはアラバイン王国とよく似ている。いや、より正確に言えば、俺が転生した当時のアラバイン王国と似ていると言うべきだろう。
蒸気機関に代表される科学技術の急速な発展により、アラバイン王国は今や大きく姿を変えた。前世で言うなら、その風景は近代に近いものと言えるだろう。
それからすると、この街の風景はまだまだ昔のままだ。せいぜいが近世レベルと言ったところ。
しかし、それは決して悪いことばかりでは無い。社会システムがガチガチに決まっていない分、よそ者である俺達にとっても行動の自由度が増すだろう。
「そうだね。ところで、これからどうしようか?」
「そうですね。まず何はともあれ、この街で使える通貨を手に入れないと何もできませんね。後、できれば地図が欲しいところでしょうか」
「お、おぅ……」
もう少し先の行動について相談したつもりが、極めて現実的な回答が返ってきた。いや、確かにそうだよね。世の中、金が無ければ始まらないもんな。
そう思っていたら、リアーナがくすりと笑った。
「ラキウス君は『もう少し中長期的な行動方針を相談したのに』って思ってるでしょ」
「え?」
驚いてしまった。今、俺、パス繋いで無いよな。そもそもパス繋いで思考駄々洩れだったのは昔の話だ。でも、彼女には俺のそんな驚きまでお見通しだったようで。
「わかりますよ。何十年、ラキウス君のパートナーをしてると思ってるんですか。セリア様の次くらいには、あなたの隣にいますからね」
そう言うと、手を伸ばし、優しく俺の頬に触れた。
「いくら遠くまで見渡せても、足元の小石が見えなかったら、つまずいて転んじゃいますよ。あなたがどこまでも駆けて行けるように、足元を見ているのも私の役目ですから」
「助かるよ。ありがとう、リアーナ」
心からの感謝と共に口にしたお礼の言葉。──が、その言葉を聞いたリアーナの笑顔がニコニコからニマニマに変わっていく。
「分かればいいんです。やっぱりラキウス君には、このリアーナお姉ちゃんが必要ですね」
「えぇ……」
「ほらほら、お姉ちゃんを褒め称えるのは弟の義務ですよ」
……やっぱりうざい、このポンコツお姉ちゃん。
そんなおバカなやり取りを経て、持ってきた宝石類の一部を換金し、当座の生活費を確保した。その後、地図も入手したところで食堂に入り、食事がてら情報の整理をしている。
時刻は正午を回って少し経った頃。満席では無いものの、周りにはそれなりに昼食をとっている客がいた。
そんな中、テーブルに地図を広げながら食事をとる。地図には二つの島が載っていた。
「つまり、ここは大きな二つの島が並んだ列島ということなのですね」
「そうだな。俺達がいるのが北のアルカンタ島。もう一つが南のアルシンス島。で、このアルカンタ島を支配しているのがアルマティア王国という国のようだ」
「では、アルシンス島の方は?」
「そっちはエルフリード王国という国があるようだな」
「いや、エルフリード王国は10年近く前に滅んでるぞ」
「?」
横合いから挟まれた声に顔を向けると、隣の席で食事をしていた冒険者風の男たちがこちらを見ていた。
「詳しいことは俺達も知らないけどな。反乱を起こされたって話だ。で、今も分裂して内戦中だよ」
「そうなんですね。地図がちょっと古かったようです」
話を聞かれていたとすると、俺達が島の外から来たと言うことも知られてしまったかもしれないと警戒するが、男たちは気安い感じで話しかけてくる。
「兄ちゃんたちはこの街は初めてなのか?」
「ええ、今日、田舎から出てきたばかりなんですよね。だからこの辺のことはさっぱりでして」
「そうか。兄ちゃんも領主様の傭兵募集に応募しようって口かい?」
「傭兵?」
予想もしていなかった単語に聞き返すが、その反応は彼らには意外だったようだ。
「違ったか。たいそうな剣を持ってるし、絶対そうだと思ったんだけど」
そう言いながら、俺の腰にある剣を見つめている。そこにある剣はリヴェラシオン。アラバイン王国初代国王であるアレクシウスが遺した3本の聖剣の一つ。ミスリルを超える強さを持つオリハルコン製の剣で光属性魔法を纏う。
王位を退いて冒険に出るとなった時、こいつは王宮に置いておこうと思ったんだが、リアーナがむっちゃ怒ったんだよな。
『お姉ちゃんからのプレゼントを置いて行くなんて許しません!!』
……なんて言ってブリブリ怒ってる彼女を前に持ってこざるを得なかったんだ。
いや、確かにこの剣は、アレクシウスの孫娘であるリアーナから譲り渡されたものだけど、もはや所有権は俺に移ってるし、俺がどう扱おうと自由だと思うんだけど。
だいたい王家の聖剣なんか持ち歩いてたら、目立ってしょうが無い……今みたいに。
ちょっと失敗したかと思いつつ、話を逸らそうと、少しだけ話題を変える。
「傭兵募集って、どこかと戦争でもするんですか?」
「あ、いや、戦争じゃ無くて、北方辺境部開拓の護衛だな。広大な無主地である北の大森林を切り開いて領地に編入しようってんだが、あそこは魔獣の巣だからな」
……北の大森林ってラーケイオスに隠れてもらってるとこ? まずいなと一瞬思ったが、まあここからだと何十キロも離れてるから、すぐに見つかることは無いだろうと思い直す。
それよりも開拓団の護衛に傭兵? そう言うのは冒険者とかの仕事のような気がするが、こちらではそうでは無いのだろうか?
「そう言うのって冒険者ギルドとかに話持って行くんじゃ無いですか?」
「冒険者ギルドは領主様とは独立した機関だから言うこと聞かせられないし、何か月も、下手すりゃ何年も拘束される仕事に就きたいような冒険者はあんまりいないからな」
その答えに、ああそうか、と納得する。俺も冒険者やってたからわかるけど、そういう連中って、誰かに仕えたり、支配されるのを嫌う人達が多い。まあゴロツキみたいな人も中にはいるんだけどね。
そういう意味では、傭兵も決して上等な存在では無い。別に傭兵稼業自体が悪いわけでは無い。ただ、セリアと出会ったばかりの頃、彼女を狙って隣国、ミノス神聖帝国が送り込んできたのも傭兵団だった。金で裏切ることも珍しくないとも聞くし、どうしても好印象を抱くことは出来ない。
そんなことを考えていたからだろう。周りへの注意がおろそかになった。
「お姉さんもこんなフード被ってないで、顔見せてよ!」
いつの間にかリアーナの後ろに回り込んでいたチャラそうな男が、彼女のフードを跳ね上げた。恐らくはチラチラと見えていた彼女の美貌が気になっていたのだろう。
だが、現れたリアーナの姿に対する反応は劇的だった。
「うわぁああああああああっ!」
男の上げた悲鳴に、店内の客全員の目がこちらに向いた。その全員の息を呑む声が聞こえた……そう、錯覚するような驚愕の瞳が向けられる。
それは決して好意的な視線では無かった。リアーナは国の象徴たる竜王ラーケイオスの巫女にして王国一の美姫。アラバイン王国では常に尊敬と崇拝の念を向けられていた。だが、今向けられているのは──敵意。
「エルフだ!」
「エルフがいるぞ!」
「誰か衛兵に知らせて来い!」
怒号と共に、数人の男が駆けだしていく。
その喧騒を背景に、先ほどまで機嫌よく話をしていた男から、詰問するような声。
「おい、兄ちゃん、洒落になんねえぞ。そのエルフは何だ?」
「待ってくれ。リアーナがエルフだからって何でそんな?」
驚いて問い返す俺に、彼は冷ややかな目を向けると言い放った。
「何言ってやがる。田舎者だからって知らねえとは言わせねえぞ! エルフは……敵だ!!」
========
<後書き>
次回は明日12月2日19:03更新予定。
衛兵に捕まってしまったラキウスとリアーナは取り調べを受けることになります。
第1章第2話「お姉ちゃんのことより自分の心配をしてください」、お楽しみに!
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