ひとりきりの水没都市 | 三題噺Vol.18

冴月練

ひとりきりの水没都市

📘 三題噺のお題(第18弾)

壊れた砂時計

屋上の菜園

青いマフラー


――――――――――――――――――――――――――――


【本文】

 野菜がいつもより硬い。嫌な予感がして砂時計を確認すると、砂が漏れていた。料理下手な私には、便利なキッチンタイマーだったのに。

 また一つ、私のインフラが失われた。


 私が死んで、皆が生き残る作戦だった。

 なのに、結果は逆。私だけが生き残った。


 食事を終え、屋上に上がる。

 青空の下、水面が輝く。冬の空気は澄んでいて、遠くまで見通せる。見渡す限りの水没したビル群。この水没した都市が、私の生活の場だ。


 地球温暖化による水面上昇、領土をめぐる争い、おまけに大地震による津波。私には、今世界がどうなっているかなんてわからない。

 ただ、ずいぶん長い間、人とは会っていない。


 エアモービルをチェックし、問題ないことを確認すると、マフラーを首に巻いて飛び立った。私の腕では、AIの力を借りないとエアモービルで飛ぶことはできない。弟は得意だったことを思い出す。

 AIの助けを借り、3次元的な動きを制御して、ビルの上を回ってパトロールする。ビルの屋上では、ロボットが畑のメンテナンスをしている。

 動きの悪いロボットを見つけた。舌打ちし、エアモービルをそのロボットがいる屋上に着地させた。


 ロボットをチェックする。私は機械のメンテナンスは得意だ。得意だが、寿命を迎えた部品を直すことはできない。

 幸い、ロボットは直すことができたので、胸をなでおろす。だが、いつまで直せるだろうか、とも思う。


 あちこちのビルの屋上に畑を作り、ロボットにメンテナンスさせる。ここまでの状態を造るのは大変だった。よくできたと自分でも思う。

 エアモービルで空からパトロールしながら、その光景に眩しさすら感じる。


 だけど、本当はわかっている。

 こんなのは、一時しのぎでしかないということを。


 一人生き残り、生活を立て直してから、多くのものが失われた。

 換えの部品が無ければどうすることもできないことが多すぎる。私には、あの砂時計すら直せない。


 夕飯を済ませ、屋上で星空を見る。人がいないから、空には満天の星空がある。これを見れることに関しては、役得だと思っている。

 寒いからマフラーを首に巻きつけた。青いボロボロのマフラー。彼と色違いのおそろいのマフラーだった。彼にプレゼントするのに、ものすごい勇気を振り絞った。懐かしく、甘酸っぱい思い出。私は一人、口元をほころばせた。その彼も、生きてはいないだろう。


 冬を越すために、本当に頑張った。だが、動かなくなった機械は多い。

 エアモービルが動かなくなったら、私はもう動けない。


 ずっと気になっていることがある。

 たまに遥か彼方に山が見える。あそこまで行けば、陸地があると思う。ひょっとしたら、人がいるかもしれない。

 この、ビルの屋上に造った私のインフラは、そう遠くない未来、機能しなくなる。その前に決めなくてはならない。


 山だと思ったものは、山ではないかもしれない。

 誰もいないかもしれない。

 そこでは、ここのように生活インフラを造れないかもしれない。

 人がいても、私を受け入れてはくれないかもしれない。

 マイナスの可能性が頭をよぎる。


 ここにいれば、わずかな間は安心だけど、私は確実に死ぬ。

 山を目指せば、生きられる可能性はあるかもしれないが、無いかもしれない。

 これは、どう生きたいか、あるいはどう死にたいかの選択だ。

 壊れた砂時計を見つめる。




 春になった。

 厳選した荷物をエアモービルに積み、シートにまたがった。

 AIを起動する。最近、AIの調子も少しおかしい。

 空は寒いから、ボロボロの青いマフラーを巻いた。

 遠いあの日、彼にマフラーをプレゼントしたあの日を思い出す。

 あの時の勇気を思い出し、私はあるかどうかもわからない未来へと飛び立つ。

 私の大事な屋上菜園をぐるっと回る。もう、ここには帰れない。


 山への進路を確認し、エアモービルのアクセルを踏んだ。


――――――――――――――――――――――――――――


【感想】

「屋上の菜園」からイメージを広げ、SFにしました。

 細かい設定までは作れなかったけど、世界観は作れたのではないかと思っています。

 今回の主人公は、可能性にかけて飛び立ちました。結末は、読者に委ねます。

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