夢の中の人形

岬士郎

第1話

 わたしが二十代前半の頃の出来事である。


 バイク好きのわたしは、車やバイクの好きな人を対象としたとあるイベントを主催した。近隣の心霊スポットを車やバイクで巡りつつクイズに答える、という一種のラリーである。

 イベントの数日前に、わたしは二人のスタッフとともにそのイベントの下見に出かけた。下見の移動は、その二人のうちの一人が運転する車だった。

 ラリーのポイントのほとんどは、「なんとなく気味の悪い場所」だったが、三カ所ほど、テレビの怪奇特集で紹介された場所があった。その三カ所のうち二カ所は特に何も感じなかったが、最後に行った某ラブホテル跡は強烈だった。

 まず、一階は床のほとんどが抜けていて、残った梁を足場にして移動するしかない、といった状況だった。そして問題なのは、出る、とうわさされる二階である。階段は普通に使えたのでさっさと上りきったのだが、そこから先がなかなか進めない。体が固まってしまったのだ。それはあとの二人も同じであり、三人が階段の近くで硬直したまましばらく立ち往生したわけである。それでもどうにか二階のすべての部屋を回り、そのラブホテルをあとにした。帰りの車内でわたしともう一人が同時に同じほうの肩(右か左か忘れた)に痛みを覚え、数分後に同時に痛みから解放される、といった現象にみまわれたが、それは今でもただの偶然だと思っている。

 事件はその晩に起きた。

 深夜、熟睡していたわたしは、妙な声で目を覚ました。

 隣には妻が寝ているのだが、苦しそうにうなされているのだった。

「うーううん、うーううん、うーううん……」

 異様に裏返った声で、しかも同じ調子で、延々と続けるのである。

「おい、大丈夫か」

 わたしは妻を起こそうとして、彼女の肩を揺さぶった。その瞬間――。

「ぎゃあああああああああ!」

 まるで楳図かずおホラー漫画の恐怖シーンのごとく、「ぎゃあああああああああ!」の一文字一文字に毛が生えたような声を、妻が張り上げたのだ。

 思わずすくみ上がってしまったが、それでも妻が「ぱっ」と目を覚ましたので、わたしは胸をなで下ろした。

 聞けば、怖い夢を見たのだという。

「自分の実家にいる夢なんだよ」と妻は語り出した。


 夢の中で妻は、実家の仏壇の間にいた。実際にそうだったらしいが、玄関から自分の部屋に行くには、仏壇の間を通らなければならなかったらしい。そして夢の中の妻は、自分の部屋に行こうとしてそこを通ろうとしていた。しかしその仏壇には、そこにはないはずの市松人形があり、その人形が「うーううん、うーううん、うーううん……」と声を出しながら体を前後に揺らしているのだった。

 おなじみの「お菊人形」と同じ意匠の人形である。それが声を出しながら前後に揺れているのだから、妻はその前を通れないのだ。

 それでも意を決し、妻は仏壇の前を横切ろうとした。

 そのとき――市松人形の片手が伸び出し、妻の肩をつかんだ。


 人形の声は妻の声であり、妻の肩をつかんだのはわたしの手だった――というわけだ。

 実は、妻には姉が二人おり、上の姉と妻が、幼い頃にこの仏壇の前で赤い火柱のようなものを目撃している。その赤い柱を挟んで反対側に立っていた下の姉には、それが見えなかったらしい。そんな曰くつきの仏壇だった。

 もっとも、妻の悪夢は仏壇のせいではなかったようだ。妻が仕事仲間の女性で「自分は霊能力者である」と自称している人に相談したところ、「それはあなたの旦那さんが連れてきちゃったからだよ。盛り塩とかお札を用意しなさい」と言われたそうだ。


 わたしはそれ以来、霊能力者が苦手になった。

 そして今でも、超常現象否定派である。

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夢の中の人形 岬士郎 @sironoji

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