親友がドロドロの液状の人外だった話

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本編

「さとるーん!帰ろ〜!」


教室に響く呼びかけに微笑んで頷く。

2人で校門を出て住宅街を行く。いつもの帰り道だ。


「それでさ、先生が〜……」


彰人がいっつも話を振ってくれて、俺はそれに返事するだけで楽しい。一学期の初め、彰人が話しかけてくれなかったら俺、多分今もずっとぼっちだったんだろうな……


「さとるんは〜……」


彰人は、後ろから猛スピードで走ってくる自転車に気づいていなかった。


「彰人!危ない!」


咄嗟に彰人を庇おうとして伸ばした腕の袖が、彰人の頬を擦る。

驚いた彰人はそのまま尻もちをついて地面に座り込む。その横を自転車が過る。


「ごめん彰人、怪我はな……」


「大丈夫だよさとるん、ちょっとバランス崩しただけ……さとるん?」


「あ、彰人……それ、なに……?」


「え?」


俺の袖が擦って剥がした絆創膏。その下にあったのは傷やかさぶたなんかではなくて、


「あっ……」


それは、鮮やかな緑や紫のドロドロとした液体が蠢いている「傷口」だった。

俺の顔で何か察した彰人はすぐに頬を隠すが、指の間から漏れた液体がアスファルトに落ちて、ジュウっと溶かす。


「み、見ないでさとるん……」

「これはその、ちょっと化膿しただけっていうか」

「……」

「やっぱむりか……はあ、バレちゃったな……あはは」


「彰人……?」


「これはね、僕の一部。というか多分本体みたいなものでさ。僕のこの体、ぱっと見普通の人間みたいだけど、


表面だけで中はドロドロの液体なんだよ」


どういうことだ?彰人が人間じゃない?意味がわからない。でもアスファルトが煙を上げて……


「……公園行こっか。話すよ」



「僕にもよくわからないんだけど……中学のとき塀の角で引っ掻いてさ、傷口から出てきたのがこれ。」

「親がいないのとか、一回も出血したことなかったのとか、全部察しちゃってさ……」

「中学卒業したタイミングで施設出て一人暮らし始めたの」

「……さとるん、怖い?その、僕こんなんだけど、友達でいてくれる……?」


「いや、怖くない……驚いただけだ。お前はお前だよ」


「……ありがとう。」

「それと、ちょっとこれ、止めるの手伝ってよ」


ハンカチで抑えたあの液体は暖かくて、触れると少しだけピリピリした。




2人は次の日からまた、日常に戻ろうとした。学校へ通って、2人で笑って過ごした。だが、「傷口」は少しずつ、コントロールが効かなくなっていった。

最初は絆創膏から液体が滲み出した。いままで絆創膏を突破してくることなんてなかったのに。


今度は授業中、ペンを持つ右の指先がぐじゅぐじゅと溶け出して、あわててポケットへ隠した。

さとるんが心配そうに見てる。


ある放課後。2人きりの教室で話している時だった。


「帰ろう」


俺が振り返った瞬間、彰人の足が突然ドロドロに崩壊して立てなくなった。座り込んだ彰人は、顔を歪めて俺に呼びかけた。


「さとるん……」


伸ばした右腕が肘からズルッと脱落する。落ちた腕は床とぶつかって、衝撃でそのまま液状化した。


「うそ……やだ、僕、どうしよう……」


明らかに涙目でパニックを起こしている彰人へ駆け寄る。

腕の断面からなんとか幾らかの液体を押し戻して、彰人が持っていた包帯で縛って留める、

彰人の溶けた体、ドロドロであったかくて、触れてると少し安心するだなんて。ふと浮かんだ突拍子もない考えを無視しながら、彰人を背負って家まで走る。

到着すると彰人が俺を抱きしめて


「……ありがと、さとるんが居なかったら、ダメだったかも……」


胸がざわっとして背中に何かが走るような感覚。

なんだかドキドキして、落ち着かない。




朝1人で目覚めた彰人は、鏡を見て絶句する。顔の右半分がほとんど溶けて、形を保てなくなっていた。


「すみません、今日は〜……」

<(さとるん、放課後、僕のうちに来て。)


学校へ休みの連絡を入れて、さとるんにLINEを送る。


「はあ、これはちょっとやばいかも……」


僕は浴槽を目指してお風呂場へ向かった。




「彰人ー?」

「どこに居るんだー?」


<(お風呂場)


(どうしてわざわざLINEで……?)

「ここか?」


「あ……さとるん、来てくれた……」


「あっ……彰人!お前なんでこんな……!」


悟を出迎えたのは、浴槽の中でほとんど液状化してしまった彰人の残骸だった。紫と緑の液体の中で、頭と胴体と左腕だけかろうじて繋がって浮かんでいた。

彰人は力を振り絞って


「さとるん……僕、ずっと君のことが好きだったよ……楽しかった」


話すために形を保とうとしているものの喉がダメになり始めているのか、ゴポゴポと泡のような音が混じって声がどんどん不明瞭になっていく。

悟はようやく、自分の心に気がついた。人間じゃなくても、彰人のことが好きだった。いや、むしろ秘密を知ってからいっそう愛しさが募っていた。


「彰人……俺もお前が好き、好きだ。お前が戻らなくなったら、どうすれば……」


彰人がお礼を言うかのような、泡の音が浴室に響いた。そして液体の底に沈んで、そのまま完全に崩壊してしまった。呼びかけても液面が揺れるだけ。


「彰人……彰人……」


それから俺は毎日放課後、彰人のところへ通っては話しかけ続けた。浴室の紫と緑の液体は静かに揺れているだけ。湯船の縁に座って今日の出来事を話す。


「彰人、今日の歴史の授業すっげえ退屈だったんだよ。美術品と作者を一致させるだけで何にも楽しくなかった」


笑いながら話しかけるが、返事はない。ただ、液面が小さく波打つ。その揺れを彰人の返事だと信じて話しかけ続ける。


「お前がいたら、きっと何か面白いこと言ってただろ。早く戻ってこいよ、彰人」

「話しかけ続けるなんて向いてないよ」


最初はほんのわずかだった液面の揺れが、日を追うごとに大きくなっていった。


液体から小さな塊が浮かび上がった。皮膚はまだ形成されていないが、まるで指のような形が悟に向かって伸びる。悟は息を呑み、そっと塊に触れた。暖かくて安心する、この感触は、彰人だ。

「彰人!お前、聞こえてるのか?!」


塊はゆっくり曲がる。悟の手を握り返そうとしている。悟の目から涙が溢れ、液体に落ちて小さな波紋を作る。


「お前、戻ってこいよ、絶対。」


数日が経ち、湯船の液体は少しずつ動き始めた。頭部の一部が浮かび上がり、紫と緑のメッシュが入った髪がわずかに形を取り戻す。胴体や腕が形成されていく。皮膚は薄くて液体が透けて見えるが、彰人の輪郭がそこに重なった。


浴室に入ると、彰人の声が聞こえた。


「さとるん……ごめん、待たせちゃった。」


声はまだゴポゴポと泡のような音が混じっているが、紛れもなく彰人の、彰人の声だ。俺は湯船に駆け寄り、彰人の半透明な手を取る。


「彰人! お前、戻ってきたのか!」


彰人は弱々しく笑う。


「まだ完全じゃないけど……さとるんの声、ずっと聞こえてたんだよ。」

「話しかけてくれたから僕、形を作り直せたんだよ。」


「バカ、お前が消えたらどうしようって不安だった……」


「さとるん、こんな僕を好きでいてくれるなんて……ほんと、僕は幸せ者だよ」


彰人の頬に触れ、ピリピリする感触を感じつつ


「お前が彰人なら、どんな姿でもいい。俺はお前が好きだ」


彰人の体が安定し始めた頃、彼は学校に戻った。絆創膏は新しいものに替わっている。クラスメイトは彰人が戻ってきたことに驚いたが、すぐにいつもの明るい雰囲気に引き込まれた。


「封坂、めっちゃ久しぶりだな!」


クラスメイトへの挨拶もそこそこに済ませて、教室の隅へ駆ける。

悟は座って本を読んでいたが


「さとるん! やっと学校で会えた!」


彰人の大声と、急に抱きつかれたことに驚き本から手を離した。


「お前、あんまりびっくりさせるなよ……」



二人は一緒に下校する。クラスメイトの視線を感じる。


「ねえ、封坂くんと垣間くん、なんか雰囲気変わったかな?」


「いや、ただ仲良いだけだろ」


噂する声が聞こえる。悟は少し顔を赤らめるが、彰人は気にせず悟の手を握る。


「……さとるん、前に行ったこと、忘れてないよね?」

「……付き合おうよ、僕たち」


「あ、えと。あき、と……」

「おね、お願いします……?」


「……あははっ、僕結構緊張してたのに逆に冷静になっちゃったよ」

「さとるん真っ赤じゃん!かわい〜」


暖かくて、安心する。でも少しドキドキする。

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