第9話 声

 俺は魔王の息子として生まれた。

 そして幾度となく同じ光景を突きつけられてきた。


――勇者の剣に倒れ、血に沈む自分の姿。


 だが昨日、筋書きが揺らいだ。

 勇者の剣が止まり、空に亀裂が走った。

 今日もまた、同じ戦場に立つ。

 だが胸の奥で、何かが違うと告げていた。


 炎と光がぶつかり合い、渓谷が震える。

 勇者は剣を振り下ろそうとして――やはり止まった。

 その瞳に宿るのは、明確な迷い。


 勇者の口から、低い声が漏れた。

「……なぜだ……なぜ俺たちは、こうして殺し合わねばならない……」


 その言葉に、俺の心臓が強く打った。

 何度も何度も繰り返す中で、初めて勇者の声を聞いた気がした。


 俺は呻くように返す。

「……お前も……筋書きに気づいているのか……?」


 勇者の剣先が震える。

 だが次の瞬間、鋭い光が再び宿った。

「だが……これが俺の役目だ」


 振り下ろされた剣が、俺の胸を貫いた。

 焼け付く痛み、血の匂い。

 視界が白く塗り潰されていく。


 それでも――耳には勇者の声が残っていた。

「……俺は……もう、嫌だ……」


 暗闇に沈む直前、俺は確信した。

 筋書きは、確かに崩れ始めている。

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『魔王の息子に生まれた俺、勇者に討たれる未来しかない』 きさらぎ @kisaragifantasy0521

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