第8話

俺は魔王の息子として生まれた。

 魔族の血を引き、父の後継と呼ばれ、人々に恐れられる存在として。

 けれど、俺は知っていた。

 未来を垣間見る力を持つ俺には、ただ一つの結末が幾度となく突きつけられていたのだ。


――勇者の剣に斃れ、無惨に地に伏す自分の姿。


 戦場に足を踏み入れた瞬間、既視感が胸を満たした。

 何度繰り返した? 幾度死んだ?

 それでも今日もまた、勇者が剣を掲げて俺を待っている。


 黒炎をまとい、突撃する。

 炎と光が衝突し、大地が震える。

 その結末も知っている。胸を貫かれ、血に沈む自分の姿を。


 ――だが、その時だった。


 勇者の瞳が大きく揺らいだ。

 そして剣が、振り下ろされる寸前で止まったのだ。


 刹那、空気が裂ける音が響いた。

 戦場の空に、巨大な亀裂が走った。

 白と黒の縫い目のように、現実そのものが軋んでいる。


「……っ……これは……」


 俺は息を呑んだ。

 何度も繰り返したはずの筋書きが、崩れ始めていた。


 勇者の剣先は、俺の胸を指しながらも震えていた。

 斬るはずの刃は、まだ下りない。


 世界は軋みを強め、炎も絶叫も一瞬だけ遠のいた。

 静寂の中で、勇者が低く呟いた。


「……俺は……もう……」


 その声は、これまで聞いたことのないほど人間らしく震えていた。


 結末は、変わり始めている。

 この瞬間から、俺たちは筋書きの外へ踏み出してしまったのだ。

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