祈りをそそぐ

砂糖醤油

祈りをそそぐ

 私の両親が死んだのは、どうやら神様への感謝が足りないからだったらしい。

 土の中で眠る両親を前に、祖母は私へそう言った。

 見える事は無いが、空の上には神様がいる。

 私達のする事を見ていらっしゃるんだよ、と続けてそう言われた。

 確かに振り返ってみれば、その通りだった。

 日課の祈りはきっと充分ではなかった。

 どこか、頭の中で別の事を考えていたから。

 祈りが足りなかったから、私の両親は死んだのだ。


 人間はこの世界の中では強者だが、無敵ではない。

 獣にあっさりと殺される事もある。

 両親のような善人でも、人間同士のいさかいがきっかけとなって無残に殺される事だっておかしくない。

 今は世相も良くなく、他国からの侵略に怯える毎日だ。

 ならどうすれば良いか。どうすれば良かったのか。

 ―――どうしようもないのだ。

 だからこそ、どうにでも出来ない事は神様に祈らないといけないのだ。


 それからは毎日、ちゃんと感謝とお願いを込めて神様に祈るようになった。

 今日まで私や親しい人を生かしてくれてありがとうございます。

 願わくば、これからも平穏に生きられますように。

 この世界から争いごとで命を落とす人がいなくなりますように。


 私は無力だ。

 剣を持って戦う事も出来なければ、武術をたしなんでいるわけでもない。

 魔法にも適性の無いただの村娘だ。

 誰かと争うのは好きでは無いし、運動ができるわけでもない。

 特段賢くもない私に出来るのは祈る事だけ。

 祈る事が私の特権であれば良いのに、とふと思って私は自らの頬を叩いた。

 祈る事に利益があってはならない。見返りがあると思っていてはならない。祈る時は、誰もが平等に参加できるようでなければならない。


 祈る事は嫌いではなかった。

 誰かに感謝する事、願う事は気持ちが良い。

 それに祈る事はちょっとの場所と時間があれば出来る。

 晴れの日でも、雨の日でも、雪の日でも支障はない。

 ただ目をつむって想像するだけでよい。

 返事はないけれど。

 どこかで聞いてくれることだけで意味があるような気がした。



 悲鳴が聞こえる。

 肉が焼けるような、嫌なにおいがする。

 目の前のどれもこれもが赤とオレンジに染まっている。

 襲ってきたのは、あの日両親を殺した人たちなのだろう。

 薄れる視界と思考の中で、呑気にも私はそう思った。

 相手を恨もうとは思わなかった。

 祈りに恨みは必要ない。恨んでもきっと私はもうじき死ぬ。

 

 全ては失われた。

 一緒に笑い合った友達も、時に優しく時に厳しく導いてくれた祖母も。

 火の中に包まれて、もう残らない。


 建物がつぶれた際に、私の足は動かなくなってしまった。

 でも私がいた場所がで良かった。

 腕を使って奥へ、もっと奥へと這いずっていく。


 今更助かりたいとは思わない。

 それは、きっと叶わないから。

 両親も死ぬときはこんな気持ちだったのかな。


 辛うじて無事だった両手を合わせて祈る。


 


 あれ?

 あれ? あれ? あれ??


 どうして涙がこぼれるのだろう。

 私は一体、最期に何を祈れば良いのだろう。

 だってもう、手の届くすべては無くなってしまったじゃないか。


 ……あぁ、そうか。私は。

 きっと私は、ずっと自分の為に祈っていた。

 私の周りが、見える範囲が幸せであれば良いと思っていた。

 聞いてくれればそれでいいなんて、思ってなかった。

 どこかでこの願いが、祈りが。どこかに届いていてほしかった。

 愚かにも私は叶ってほしいと思っていた。

 祈る事に利益があってはならない。見返りがあると思っていてはならない。祈る時は、誰もが平等に参加できるようでなければならない。

 

 ならばきっと、これは罰だ。

 世界から目を背けた私が悪かったのだ。

 結局、私はまた間違えた。

 両親の死を無駄にした。


 誰かの為でなく、自分の為にしか祈らなかった私は結局、何もできなかった。

 何もかもは、祈るだけでは変わらなかった。




 ごめんなさい。


 もう今更、遅いけど。


 手をすり合わせて、祈る。


 これが最期というなら、せめて。

 私は一度くらい、誰かのために祈りたい。


 神様。

 私は善い人間ではありませんでした。

 善い人間にはなれませんでした。

 この祈りは、きっと汚れていました。

 

 でも、私の祈りが死をもってそそがれるのであれば。

 今からでもな祈りを聞いてくださるのならば。


 この世界が、いつか誰にとっても幸せなものになりますように。

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