祈りをそそぐ
砂糖醤油
祈りをそそぐ
私の両親が死んだのは、どうやら神様への感謝が足りないからだったらしい。
土の中で眠る両親を前に、祖母は私へそう言った。
見える事は無いが、空の上には神様がいる。
私達のする事を見ていらっしゃるんだよ、と続けてそう言われた。
確かに振り返ってみれば、その通りだった。
日課の祈りはきっと充分ではなかった。
どこか、頭の中で別の事を考えていたから。
祈りが足りなかったから、私の両親は死んだのだ。
人間はこの世界の中では強者だが、無敵ではない。
獣にあっさりと殺される事もある。
両親のような善人でも、人間同士の
今は世相も良くなく、他国からの侵略に怯える毎日だ。
ならどうすれば良いか。どうすれば良かったのか。
―――どうしようもないのだ。
だからこそ、どうにでも出来ない事は神様に祈らないといけないのだ。
それからは毎日、ちゃんと感謝とお願いを込めて神様に祈るようになった。
今日まで私や親しい人を生かしてくれてありがとうございます。
願わくば、これからも平穏に生きられますように。
この世界から争いごとで命を落とす人がいなくなりますように。
私は無力だ。
剣を持って戦う事も出来なければ、武術をたしなんでいるわけでもない。
魔法にも適性の無いただの村娘だ。
誰かと争うのは好きでは無いし、運動ができるわけでもない。
特段賢くもない私に出来るのは祈る事だけ。
祈る事が私の特権であれば良いのに、とふと思って私は自らの頬を叩いた。
祈る事に利益があってはならない。見返りがあると思っていてはならない。祈る時は、誰もが平等に参加できるようでなければならない。
祈る事は嫌いではなかった。
誰かに感謝する事、願う事は気持ちが良い。
それに祈る事はちょっとの場所と時間があれば出来る。
晴れの日でも、雨の日でも、雪の日でも支障はない。
ただ目をつむって想像するだけでよい。
返事はないけれど。
どこかで聞いてくれることだけで意味があるような気がした。
◇
悲鳴が聞こえる。
肉が焼けるような、嫌なにおいがする。
目の前のどれもこれもが赤とオレンジに染まっている。
襲ってきたのは、あの日両親を殺した人たちなのだろう。
薄れる視界と思考の中で、呑気にも私はそう思った。
相手を恨もうとは思わなかった。
祈りに恨みは必要ない。恨んでもきっと私はもうじき死ぬ。
全ては失われた。
一緒に笑い合った友達も、時に優しく時に厳しく導いてくれた祖母も。
火の中に包まれて、もう残らない。
建物がつぶれた際に、私の足は動かなくなってしまった。
でも私がいた場所がここで良かった。
腕を使って奥へ、もっと奥へと這いずっていく。
今更助かりたいとは思わない。
それは、きっと叶わないから。
両親も死ぬときはこんな気持ちだったのかな。
辛うじて無事だった両手を合わせて祈る。
あれ?
あれ? あれ? あれ??
どうして涙がこぼれるのだろう。
私は一体、最期に何を祈れば良いのだろう。
だってもう、手の届くすべては無くなってしまったじゃないか。
……あぁ、そうか。私は。
きっと私は、ずっと自分の為に祈っていた。
私の周りが、見える範囲が幸せであれば良いと思っていた。
聞いてくれればそれでいいなんて、思ってなかった。
どこかでこの願いが、祈りが。どこかに届いていてほしかった。
愚かにも私は叶ってほしいと思っていた。
祈る事に利益があってはならない。見返りがあると思っていてはならない。祈る時は、誰もが平等に参加できるようでなければならない。
ならばきっと、これは罰だ。
世界から目を背けた私が悪かったのだ。
結局、私はまた間違えた。
両親の死を無駄にした。
誰かの為でなく、自分の為にしか祈らなかった私は結局、何もできなかった。
何もかもは、祈るだけでは変わらなかった。
ごめんなさい。
もう今更、遅いけど。
手をすり合わせて、祈る。
これが最期というなら、せめて。
私は一度くらい、誰かのために祈りたい。
神様。
私は善い人間ではありませんでした。
善い人間にはなれませんでした。
この祈りは、きっと汚れていました。
でも、私の祈りが死をもってそそがれるのであれば。
今からでも綺麗な祈りを聞いてくださるのならば。
この世界が、いつか誰にとっても幸せなものになりますように。
祈りをそそぐ 砂糖醤油 @nekozuki4120
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