第18話: LIVIERA·YOKOHAMA ·COLLECTION(横浜編 後編)ー灯りの記憶ー

冬の夜、横浜・赤レンガ倉庫。


通称「LYC」──LIVIERA・YOKOHAMA・COLLECTIONの舞台は、冷たい夜気のなか、不思議な熱気に包まれていた。


ランウェイに浮かび上がる衣装と光。

音楽と映像、港の夜景が一体となり、ひとつの“物語”として観客を惹き込んでいく。


舞台の後方から、一歩一歩と歩くモデルたち。柔らかい照明が、コートの裾を風のように揺らす。


──ショーの半ば、慶彦はふと、客席の一角に目を向けた。


いた。


美佳が、静かに座っていた。

目を見開き、舞台を見つめていた。何かを吸い込むように。


彼女が、こうして父の仕事を“見る”のは、初めてだった。


(伝わってくれ)


心の中でそう呟きながら、慶彦はステージ裏のスタッフに指示を出す。ショーは佳境に入っていた。


やがて、フィナーレ。


光の演出と共に舞台が白く染まり、モデルたちが最後の一列を歩き終えたその瞬間、マイクを持って舞台に上がったのは、LIVIERA代表・香月だった。


「本日はお越しいただき、ありがとうございました。LIVIERAはこの冬で10周年を迎えました。そして、来春──東京コレクションへの参加が決定しています」


客席がどよめく。


「この“灯りの記憶”というテーマを、本当に形にしてくれた人がいます」


「今回のLIVIERA・YOKOHAMA・COLLECTIONを、この特別なかたちに仕立ててくれた立役者──カメラマンの九鬼慶彦。ステージへどうぞ!」


思わず慶彦は、舞台に引っ張り出される。


観客の拍手がひときわ大きくなった。


照明が少し落ち、スポットライトだけが彼を照らす。


その瞬間、視界の端に美佳の顔が映った。


──彼女が、笑っていた。


香月がマイクをそっと下ろし、隣に立つ慶彦に小さく囁く。


「東京も、お願いね。あなたの写真が必要だから」


慶彦はわずかに笑い、ひと言だけ返した。


「…任せてください」


ショーが終わったあと、携帯に短いメッセージが届いた。


「パパの仕事、初めてちゃんと見た。すごく良かった。また、話せる日あるかな?」

その短い言葉だけで、冬の空気が、どこか柔らかく変わった気がした。


慶彦は、ふっと笑みをこぼしながら、静かな港の方へと視線をやった。


“灯り”は──まだ、そこに、やさしく残っていた。

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潮騒の港−ひかりの海− Spica|言葉を編む @Spica_Written

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