お宝かと思ったら住職のラブレターだった件

福小紋

お宝かと思ったら住職のラブレターだった件

 

 骨董市で、妙にリアルなカエルの置物を買ったのは気まぐれだった。ぴかぴかに磨かれているわけでもなく、口元にちょっとヒビも入っている。だが何となく「連れて帰らなきゃ」と思わせる不思議な吸引力があった。


 家に持ち帰り、ひっくり返して底を覗いてみると、小さな蓋があり、中から古びた手紙が出てきた。茶色に変色した便箋には、たった一言こう書かれていた。


 ――寺の金魚を探せ


 骨董市の店主が洒落で仕込んだ宝探しゲーム? 何かの冗談とも思ったが、ちょうど暇を持て余していたし、こういうのは気になる性分の私は、週末にカエルの置物を持って近所の寺を訪れた。


 山門をくぐると、夏の日差しに照らされて池の金魚たちがきらいめいていた。赤、白、黒、模様の金魚たちが、ゆったりと水草の間をすり抜けていく。ただ、鑑賞であるはずの金魚に秘密があると思うと、目の前の光景がやたらと意味深に見えてくる。私は、池の縁に身を乗り出して目を凝らした。


 すると、一匹だけ妙に動きがぎこちないのがいた。水をかく尾がプラスチックの接合線に見えた。掬い上げるとやはりおもちゃで、腹に文字が書かれていた。


 ――鐘堂の石段の下を探せ


 金魚は、宝探しの序の口だったようだ。次は、鐘堂か。一体なにがあるのだろうと、ワクワクしながら鐘堂に移動した。


 石段は、何の変哲もないただの石段だった。足元を見ても特に変わったものはない。私は、鐘堂の周りをぐるぐる回って、石段に腰を下ろした。すると、手元の石段に妙にずれているのに気づいた。そっと石段をはぐると、丁寧に折りたたまれた和紙が出てきた。

 中身をひらくと、そこにしたためられた書は、さらに次の指示だった。


 ――1番大きな松の根本を掘れ


 これは、もうたどり続けるしかない。

 寺の境内には、何本か松が植えられている。その中でも、ひときわ手入れされた大きな松が見える。私は、はやる気持ちを押さえながら、松の根本に向かった。そこには、まるで掘れを言わんばかりに手持ちスコップが置かれていた。

 迷うことなく、スコップの置かれていた場所を掘る。スコップを土に差し込むと「コツン」と何かに当たる手ごたえ。これだなと確信し、小さな木箱を掘り起こした。


 お宝か?! おそるおそる、蓋を空ける。そこには、また筆で文字の書かれた和紙が入っていた。


 ――本堂の経箱の中を見ろ


 今度は、本堂かよ。経箱って、お経の本を入れてある箱? お参りしろってことか? そんなことを考えながら、本堂に足を踏み入れると、ほのかに漂う線香の香りが静かに鼻をくすぐった。時の流れがゆるやかに感じられる。高い天井と木の柱が放つ荘厳さに、身も心も自然と正されるようだ。


 本堂の中央には、座布団が敷かれ、その前には火のついた蝋燭、大きな香炉と焼香が置かれた台。右隣りには数珠まで置いてある。参拝客がお参りするためのものなのだろう。一応、本尊にお参りしなきゃ罰当たりだよなと思い、焼香を一つまみ香炉にくべて、手を合わせた。

 頭を下げると、左隣の箱に鍵がついているのが目に入った。

 

 もしかして、これが経箱か?


 黒漆を幾重にも重ねた深い闇を抱いたように艶やかな黒に、金の装飾が夜空に瞬く星のように際立つ。大きさは宅配の90サイズほど、両腕で抱えればずしりとした存在感が伝わる。厳かさと実用が共存するその姿は、まさに経文を守るための重厚感がある。

 ただし、鍵がついていた。ダイヤル式の南京錠。


 どうしたものかと思案していたその時、急に便意をもよおした。なんというか、本屋に行くとトイレに行きたくなるそんな感じ。たまらず寺のトイレに駆け込んだ。

 紙を使い切り、最後の芯を手にした瞬間、そこに文字が書かれているのに気づいた。いや、文字ではなく数字だった。


 ――四五四五


 私は目を見開いた。これが鍵の番号か? 四五=死後? トイレットペーパーの芯に書くとは芸が細かい。芯を片手に本堂へ戻る。

 カチャリ。ダイヤルを合わせると、鍵が開いた。だが経箱のふたを開ける前に背後から声。


「よくぞたどり着いたな」


 振り向けば住職が立っていた。つるつる頭で笑顔を浮かべ、手を合わせている。

「いやあ、トイレットペーパーの芯まで見つけるとは、そこは誰も到達できんと思っていた」

 なぜそんな仕掛けをしたのか尋ねようとしたが、住職は煽る。

「さあ、開け」

 罠か宝か。私は息をのんだ。


 経箱を開けると光り輝く黄金、ではなく、学習帳や手紙の束がぎっしり詰まっていた。


 表紙には、『青春の記憶』とか『愛と挫折のポエム集』とか、見るからに痛々しいタイトルが並んでいる。


「これ、住職のですか?」

「そうとも、わしの若き日の記録じゃ。はよう読め」

 ページをめくれば小学生のころ書いたであろう字がたどたどしく並ぶ。


『ぼくは未来のおしょうになる』


『すきなこはみちこちゃん。おしょうはけっこんできない。どうしよう』


 顔を覆いたくなる内容。住職は、私が手に取ったラブレターを受け取り、自分で読み上げる。


「あなたの目は金魚よりきらきらしています」

 背中がぞわぞわする。一体これは何の修行だ?!


 住職は真剣な顔で言う。

「人は過去を笑い飛ばしてくれる他者を必要とする。わしは長年この黒歴史を誰にも見せられず封印してきた。だが供養のためには誰かに笑ってもらう必要があったのだ」


 ヤバい。痛すぎる。笑えと言われても、笑えない。


 文字に添えてにはカエルや金魚の落書きもあった。これが置物や金魚をヒントにした理由か。


 私は、話題をそらした。

「なぜトイレットペーパーまで?」

「人はどんなに偉そうでも尻を拭く。日常の象徴だ」

 むちゃくちゃな論理ではあるが、妙に説得力があった。住職は改めて迫る。

「さあ、笑ってくれ」


 どうしたものかと目を落とすと、経箱の底にさらに封筒があった。赤いインクで『最後の秘密』と書かれている。

 中を取り出すと、開くとまだ新しい和紙に書かれていたのは――


『みちこさんへ。五十年経っても好きです。』


 住職が慌てて取り上げようとしたが遅い。

「いやこれは、その……」

 顔を赤くしてしどろもどろ。私は、その姿を見て腹を抱えて笑ってしまった。

 笑うの、供養ですよね?


「ところで、最初のカエル、わざわざ骨董市までいって仕込んだんですか?」


「いや、わしは寺の中にしか仕込んでおらんぞ」


「じゃあ、あのカエルの置物は?」


「何の話だ?」


 私が、骨董市で買ったカエルの置物をカバンから取り出すと、住職は目を丸くした。しばらく沈黙が落ちる。


 ふと寺の本堂の玄関の外に人影が立っているのに気づいた。紺色のワンピースに日傘をさした白髪の女性。上品だが、どこか茶目っ気のある笑顔を浮かべている。


「み、み、みちこさん!?」

 住職はこれでもかというほどの目を見開いている。


 女性は静かに歩み寄りってきた。

「久しぶりね」

 住職はぶるっと震えた。

「なぜここに」

 彼女は笑った。

「昔、あなたからもらったカエルの置物を骨董市に並べてもらったの」


 まさかの二重仕掛け。何この恋愛迷路?


「あなたの心がまだ私に向いているか確かめたくて。『金魚を探せ』って書いたメモを入れてね。あなたの昔のラブレターがあまりに印象的だったから」


 ここにたどり着く手がかりは、実は二人の思いが絡み合った必然だった。


 住職は頭まで真っ赤になりうつむいた。

「だが僧侶であるわしは……」

 みちこは笑った。

「もう僧侶だって人間でしょ。笑って前に進めばいいじゃない」

 経典からノートを取り出し声に出して読んだ。

「『カレーライスは修行に必要』『みちこは金魚よりきらきら』。ふふ、可愛い」

 私は笑い転げた。


 住職は観念したように天を仰ぐ。

「もうわしは成仏する」


 黒歴史を晒してカタルシスを得たはずが、目の前で本物のみちこに読まれるとやはりきつかったのだ。でも、成仏って、あんたまだ生きてるじゃん!


 そんな私にお構いなく、みちこは、ほんのり顔を赤くする。

「ねぇ、あなた、まだ私のことを想っているの?」

 住職の方は突然正座した。

「みちこさん、わしは……」

 みちこの目がほんのり潤む。

「わしは何? 金魚よりきらきら? ちゃんと言ってくれないと、その箱の中の手紙読み上げちゃうわよ」

「あぁぁ、わしはもう成仏する」


 いや、生きてください。ってか、幽霊じゃないんだから成仏じゃないでしょ。


 みちこはクスクスと笑い、口をはさんだ。

「あなた昔から逃げ腰になると『成仏する』って言ってたの、変わらないのね」

「え、昔からなんですか?」

「そうよ、宿題を忘れて先生に怒られたときも、運動会で転んで負けたときも『もう成仏する』って泣きそうになってたわ」

 私は、思わず住職を拝むように見た。ある意味、一貫している。


 住職は咳払いをして、腹を括ったかのように姿勢を正し、みちこに右手を差し出す。

「……みちこさん、わしと共に余生を歩んでください」

 真剣な顔でプロポーズ。境内は、凛とした雰囲気に変わった。

 みちこは目を潤ませ、住職の手を取る。ぱあぁっと明るくなった顔を上げる住職。その顔に光が差した。

 

 長年の想いを叶えたラブストーリー。

 抱き合う二人。感動の場面だった。


 私は、そっとその場を離れようとした。

 だが、すぐに二人は言い争いを始めた。

「あのときわしに返事しなかったのはなぜ?」

「そっちこそ坊主だからって逃げてたくせに」

 犬も食わぬ痴話げんかが始まった。


 やがて住職は私の方に振り返り、情けない笑みを浮かべた。

「頼む、わしを救ってくれ」


 ……知らんわ。


 本堂に笑い声と口論が入り交じる。それは、成仏でもなんでもなく、ただ人間らしい大往生を告げるようだった。

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