出会い 1話

雫side


4月8日月曜日。

久しぶりに聞くチャイムの音、馴染めそうもない空気、いつも通りのようでいつもとは違う雰囲気に緊張しながら職員室の扉を開く。


「あのー、すみません。横山先生はいらっしゃいますか?」


下校時間を過ぎ、まばらになった職員室の奥で1人の教師が手を挙げた。


「おー、来た来た。」

そう言って足早にこっちに向かってくる姿はまるで熊のようで少しの恐怖を感じた。


「はじめまして。明日から転校してきます。大野雫です。よろしくお願いします。」

簡単な自己紹介を終え、軽い会釈をする。


「こんにちは。初めまして、明日から担任の横山です。明日からの持ち物などはこのプリントに書いてあって、登校時間は朝8時30分です。明日はクラスへメイトへの紹介もあるので8時20分には職員室へ来てください。」

そう言い優しく笑う姿は、先ほどの熊のような見た目とは裏腹に安心感のある表情だった。


あの先生とは違う。

私の中の誰かがそう呟いた気がした。



担任からの案内を受け少し校内を散策した後に、自宅に帰った。

それからは明日の準備を済ませ、21時にはベットに入った。



2:55アラームの音で目が覚める。

今日は明けて火曜日の深夜。ついに待ちに待ったあの番組が始まる。

私は慌ててラジオをつけ、局番を合わせる。

「FM、93。これでよし。」

3時になると同時に聞こえる彼の声。

「SUPER BEAVER渋谷龍太のオールナイトニッポン0」


私の推しバンド、いや推しとか好きとかで語れるほどの存在でも無いのだが、推し以外に似合う言葉が見つからないよー。

なんて頭の中で大はしゃぎしながら番組を聞く。

昨今は便利なもので映像付きのライブ配信なんてものもやっているのだが、私は"音"だけに集中できるラジオの方が好きなのだ。


推しバンドが初めてラジオの帯番組、しかもオールナイトニッポンというラジオリスナー全員が知っているであろう番組への抜擢。

これを楽しみに今日まで生きてきたと言っても過言ではなかった。


4:30 番組が終わりひとしおの感動に浸ったままベッドに戻るが当然のように一睡もできず、初の登校日に寝不足で行くのかーと少し憂鬱な気持ちを抱えながら、ただひたすらに彼らの音楽に耳を傾けていた。




朝7:50に家を出て新しい高校へ向かう。

同じ制服をきた学生たちに追い抜かれながら、徒歩15分の高校へと到着した。

少しの前向きな気持ちと大きな恐怖を抱えて桜舞う校門へと足を踏み入れた。


職員室で担任の横山先生へと挨拶を済ませ、案内されながら向かったのは私のクラス。

[2-1]と書かれた看板は軽く汚れており、教室内は転校生の話題で持ちきりだった。


「転校生女の子らしいよ〜。」

「え〜仲良くできるかな〜?」


「かわいい子だったらいいなー。」

「それな!それな!」


なんで高校生らしい言葉が飛び交う中、担任は扉を開き先につくよう促す。

「はーい、席に着け。みんな知っているだろうが転校生を紹介します。」

そう言って黒板に私の名前をデカデカと書きながら、室内に入るよう促される。

「では自己紹介を」

そう促され緊張しながらも口を開く。


「大野雫です。元々は北海道の高校に通っていましたが、2年生よりこちらの高校に転校してきました。今はとっても好きなバンドができて、毎日曲を聴いて元気をもらっています。仲良くしてくれたら嬉しいです。よろしくお願いします。」

自己紹介を終えるとクラスメイトからは大きな拍手で迎えられ、少し気分が良かった。

そんな空気に浸っていると、1人の男子が声を上げた。

「大野、大野、なーんか聞いたことあるんだよなー。」

それに応えるようにそばの男子から

「おい陸、まさか知り合いなのかー?」

と聞かれ、少し困ったように陸という男子は話し始める。

「いやー俺、小学2年生までは北海道に住んでてさー、」

そう言いながら立ち上がり自分を指差し、

「俺、笹川陸。昔は札幌に住んでてさー。」

奇しくも、私の生まれ育ったのも札幌であること、そして名前に聞き覚えがあることを思い出す。


「もしかして陸くん?幼稚園と小学校同じだったかも!でもたしか名字が…」

そう言いかけた途端、口を止めた。

陸くんは両親の都合で引っ越すと説明があったことを思い出し、言ってはいけないことを言ってしまったと後悔し、咄嗟に「ごめん。」と伝える。


「あー全然いいのいいの。昔は矢野だったしさー。覚えててくれて嬉しいよ。また仲良くしようね。」

そう言って席につき、周りからの冷やかしを気にせずニコニコと笑っていた。

誰も知ってる人がいないと思っていた私にとって、少しでも知ってる人がいるというのはとても大きな安心に繋がった。


「じゃあ笹川、大野さんにしっかり学校のこととかクラスのこと教えてやってな。大野さんの席はあそこ。」

と言って窓際の後列を指差す。


私は置いていた荷物を持ち席に向かう。

席に向かう途中みんなから、「よろしく!」や「仲良くしようねー。」などと声をかけてくれ、恐怖が支配していた私の心は少しずつ楽しみへと変わっていった。


その後ホームルームと1限が終わると陸くんが話しかけてくれた。

「さっきはみんなの前でごめんねー、でもまた会えるなんて嬉しいよ。今日からよろしく。それでさー、さっき言ってた好きなバンドって誰?」

まさかの質問に少し驚きながら、

「こちらこそよろしく、いろいろ学校のこと教えてね。好きなバンドはSUPER BEAVERっていうの。みんな知らないだろうけど、私にとってはヒーローであり恩人であり、憧れ?みたいな。まぁそんな感じ。」


SUPER BEAVERはまだ知名度は低く、zepp満員レベルの集客力で名前を出してもわかる人はほとんどいなかった。だからわかるはずがないと思いながらも少し期待してしまう自分がいた。


「あー、ビーバーねー。」

当たり前のように陸くんの口から出た言葉に耳を疑う。

「え。陸くん知ってるの?なんで?なんで?」

私のテンションは急上昇だった。

今までSUPER BEAVERを知る人はほとんどいなかったし、まさか同じクラスで。

そんな感動に浸っていると、陸くんは続けて、

「いや知ってるっていうか、俺の友達が大好きでさー、毎日毎日バンドの解説聞かされて、ビーバーが良いなんて耳にタコだよ。ビーバーなのに。ていうかもしよければそいつ紹介しようか?隣のクラスなんだけど、どうせ昼はこっちの教室で食べるし、その時一緒に!」

私の返答を待たず「後でねー」なんて言いながら教室を出て行く陸くんに少し懐かしさを感じつつ、次の時間の準備を始めた。


キーンコーンカーンコーン

4時限目の終わりのチャイムが鳴った。

寝不足の私はもう起きてるだけで精一杯。

お昼ご飯より睡眠時間をくれー。なんて思っていると、すごい速さで弁当ケースを持った陸くんが飛んできた。

「よーし雫ちゃん、ご飯食べよー。あいつらも準備してくると思うしさー。あー、みんなごめんごめん今日だけは雫ちゃん独占させて、なんてったって先生からのお墨付きですから。」

そう言って気を使って私に話しかけに来てくれようとした子をシャットアウトした姿には少し困りつつ、机をガチャンガチャンと4個手際よく並べてくれた陸くんを眺めていた。


すると、男子二人組がこっちに向かって歩いてくる。

「陸、ご飯食べよー。あれ女の子?どうしたのこの子?もしかして……瞬間決着でできた彼女?」

「あ、ちが」

と口には出たのだが陸くんが被せるように、

「おいおい、そんな急に彼女なんてできるわけないだろ、実はこの子をとうまに紹介したくてさー。俺が北海道住んでた時の幼馴染で今日転校してきたんだ。」

そう言いながら私を指差す。


「えー、とうまに紹介?俺に紹介してよ俺に、こんな無愛想寝不足イライラ期の男には近づかない方がいいと思いまーす。」

そう言って意地悪な顔をしながら陸くんが準備してくれた席につく。


「俺に紹介?とりあえず今日は寝不足で寝たいから俺はパス。おやすみ。」

そう言って、机に伏せ寝る態勢に入った。

「いいのいいの、私も寝不足で辛さわかるし。またいつでも。」

SUPER BEAVERが好きな人と喋れると思って楽しみにしていたが、私も寝不足だったことを思い出し、早めにご飯食べて……

寝不足?SUPER BEAVERが好きで寝不足?

思い当たる節がある。


「あの、とうま?さん。もしかして深夜ラジオを聴いてたりとか???」

私が疑問を投げかけると、動くはずのない耳がピクピクと動き出し、さっきの無愛想な顔で一言、

「そうだけど。なんでそれを?」

鋭い目で見つめられ、ひよってしまっていると、

「いやーそれがさー、この子雫ちゃんって言うだけど、お前が好きなSUPER BEAVERをさ、この子も好きなんだよ。」

それを聞くと今まで無表情だったとうまくんの顔はみるみる笑顔に変わっていき、

「そういうことならもっと早く言えよ。今日からよろしく。まさか純正のSUPER BEAVER好きに出会えるとは…」

「こちらこそよろしくお願いします。ちなみに純正って?」

と私が疑問を投げかけると、

「あー、この学校は放送委員長の俺の独断と好みで音楽を決めてるからSUPER BEAVERは毎週流れるのよ。だからこの学校では知らない人はいないってわけ。でも俺が主導して布教してるから、悪い言い方すれば互換品で純正じゃないってわけ。」

そう言ってドヤ顔のとうまくんに私は尊敬を抱きつつ、でも人を互換品呼びってどうなの?と内心疑問を抱く。


「そんなわけで今日から4人で仲良くしましょう!よろしく!」

陸くんの音頭に乗り、明るい男の子もいぇーいと言いながら、

「俺は楽、こいつは陸、似てる名前だけど全然他人、けど親友。」

なんて

ラッパー気取りの小気味のいい自己紹介をしてくれた。


私の2度目の高校生活。もしかしたら楽しくなるのかもしれない。そんなふうに思ったお昼休みだった。


その後なんとか眠気に耐えながら5.6時限目も終わり、HRの後すぐに陸くんから声をかけられた。

「ねー、この後俺ら部活なんだけど、もしよければ来ない?さっきの3人しかいないしさー。」

そう言って廊下を指差す。


正直かなりの寝不足の私にとってはありがたい申し出ではありつつも、断ろうと思い口を開くと、廊下からとうまくんと楽くんが入ってきて、

「今日の部活中止だってさー、今日というか今週から火曜日はお休みなそうです。どこかの部長さんが寝不足でやってられるか。って怒ってました……」

超ハイテンションなのに、どこか寂しさを感じる楽くんの言い方に少し感動しつつも、眠そうなとうまくんが今にも帰りたいオーラ全開なので恐縮しつつ、

「3人は同じ部活なの?何部?ていうかとうまくん眠そうだし、帰った方が…」

とうまくんがこっちを見てこくりと頷いてくれて、

認められた気分がして嬉しくなった。

「まぁ雫ちゃんがそういうなら、てことでとうま、陸、かえろー!俺らは演劇部なんだよ。女の子も絶賛募集中!」

そう言って3人で仲良く?若干1名めんどくさそうではあるが、並んで帰って行った。


これが青春だなーなんて、自分もその立場なのを忘れて思ってしまった。


クラスメイトは陸くん以外もみんな優しくて、話しかけてくれてわからないことはしっかり教えてくれて、登校一日目はなんの不満もない、とてもいい1日だった。


こんな毎日がずっと、、、

続かないことを私は知っている。

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赤いヘッドホン @ichine

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