黒い蝶と光の樹
sui
黒い蝶と光の樹
ある谷底に、心を失くした旅人がいました。
どんなに歩いても夜は明けず、胸の内は石のように重たい。
「自分はこの闇の中に埋もれていくだけなのだろう」
そう思ったとき、一匹の黒い蝶がひらひらと舞い降りました。
蝶はどこか懐かしい響きをまとっていて、旅人を導くように飛んでいきます。
ついていくと、闇の底に一本の巨大な樹が立っていました。
その枝は折れ、葉は枯れ落ち、まるで死んだような姿でした。
けれど蝶が旅人の胸の奥に眠っていた痛みを吸い上げるように羽ばたくと、
黒い羽から光の粉が零れ落ち、樹の根元に降り注ぎました。
すると枯れ木はわずかに震え、小さな芽が輝きを放ちながら芽吹いたのです。
旅人は気づきました。
蝶は自分の苦しみや涙を食べて、光に変えてくれていたことに。
そして樹は、過去の悲しみを養分として再び育とうとしていることに。
夜はまだ深く、谷底は相変わらず暗いまま。
けれど旅人の心には、かすかな確信が芽生えていました。
「闇が深いほど、きっとこの樹は強く光を宿す」
黒い蝶は旅人の肩にとまり、静かに羽を休めました。
その温もりが、「まだ歩いていい」と告げているようでした。
黒い蝶と光の樹 sui @uni003
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