第28話 夜明け星(最終章:姉妹編)


 上空支援のベールが最後の一度だけひらめき、黒装兵は散り、鳴り続けた警報は徐々に遠のく。白と黒の巨艦は、丘の上で長い吐息をついた。

 やがて、火は大きくひと揉みされるように沈み、残骸の奥から、ゆっくりと夜が戻った。


 夜明け。 教会の鐘楼に薄光が刺し、割れたステンドグラスに新しい色が宿る。

 前庭には、避難を終えた人々が集まり、互いの肩を抱き合っていた。


 * * *


 数日間、セラフィム号の修復と村の再建が並行して進められた。村人たちとクルーは互いに手を取り合い、短いながらも温かな日々を過ごした――


 そして別れの時が訪れた。

 

 旅立ちの朝――


 セラフィム号の前に立つソフィアとクルーのもとへ、カレンとレオンが歩み寄る。

 「ソフィアお姉様……私は、ここに残るわ」

 カレンの言葉に、ソフィアは目を丸くしたが、すぐに大きく頷いた。

 カレンは続けた。

 「私を育ててくれたこのエルディアは、私の第二の故郷。そして、愛するレオンと出会った、大切な星だから……」


 ソフィアは、カレンの決意の強さを感じ、優しく微笑む。

 「そうね……そうして……あなたも守るべき命がある。守らねばならない運命がある。それを大事にしてほしいわ」

 「ありがとう、お姉様」

 「カレン……レオン……。きっと、星はあなたたち家族をずっと見守ってくれるわ。レオン……妹をよろしくお願いします」

 レオンも大きく頷く。「ありがとうございます」

 ソフィアとカレンの視線が交差する。

 「また会いにくるわ、カレン」

 「私もリュミエールの皆に会いに行くわ。いつか、この子と一緒に」

 カレンがお腹を見ながらそう言うと、レオンも頷き、その手をそっと握った。

 「三人で、会いに行くよ。ソフィア姉さん」

 レオンは、ソフィアに右手を差し出した。ソフィアもその手を強く握り返す。固い握手は、言葉以上の信頼を物語っていた。


 そして、姉妹は互いを抱きしめた。 十数年ぶりの再会、そして明日への希望。

 互いの温もりを確かめるように、強く、静かに。

 抱擁を解き、ソフィアはクルー達とセラフィム号へと歩き出す。

 カレンとレオンが、エルディアの人々とともに、丘の上に立つソフィア達を見守る。


 朝日が昇ろうとする中、セラフィム号の銀の翼がゆっくりと開く。

 ソフィアは、乗り込み前に朝の藍色の空を見上げた。

 分厚い雲の裂け目から、二つの星がまだ並んで見えている。

 ふたつの星。ひとつは遠い故国の記憶を宿し、ひとつはこの星で芽吹いた小さな命の行方を照らしているようだ。


 ソフィアは、胸の前で手を組み、静かに目を閉じた。

 カレンも空を見上げ、胸の前で手を組み、静かに目を閉じた。


 「LUMIÈRE ELDIA ZOĒ AURORA」(リュミエール・エルディア・ゾーエ・アウローラ)


 風が、教会の屋根を撫でた。鐘が小さく揺れ、灰が舞う。灰はもう、燃え残りではなかった。朝の光に、金の粉のように瞬いて落ちていく。

 村の子どもがそれを両手で受け止めて笑い、リヴェリアが目を細めた。


 セラフィム号の艦橋では、ユリスとハヤセは互いの背を叩き、ミレイは青い目をいつもより多く瞬かせるファランの頭を撫でていた。ルゥが何回もソフィアに頬ずりをしている。

 

 ソフィアはクルーたちに微笑みかける。

 「行きましょう。――私たちの新しい一歩です」

 朝日に向かって、セラフィム号が羽ばたく。白銀の光が反射し、逆光の中を突き進む。


 ファランの音声が告げる。

 『セラフィム号、惑星コード GA.-Sol.-3 ―― 通称エルディアの大気圏を無事に離脱しました。』


 ソフィアたちは、セラフィム号の窓の外に広がる惑星エルディアを、いつまでも見つめていた。

 

 それはかつての過ちを封じ、未来へと静かに輝く青く美しい星。


 セラフィム号の翼は、その青き輝きを宿し、静かに夜明けの宙≪そら≫へと消えていった……



 E N D




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ふたつの星 ひとつの祈り 慧ノ砥 緒研音 @enoto_otone

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