親の推しは私
満月 花
第1話
本心じゃないのに、笑ってしまう。
本当のことを言えずに、笑ってる。
大好きな両親を困らせたくないから
悲しませたくないから。
毎日固い石を飲み込むように
苦しい思いが積もっていく。
そしてその重みと圧は私を息苦しくしていく。
美味しいご飯を家族で食べてありふれた日常の会話する。
もう少し勉強頑張ったら目標の大学もいけそうよ!
とさりげなくハッパをかけるお母さん。
子どもの好きにさせてあげなさい
と私に甘いお父さん。
ごく普通に高校生活を送り、そこそこの大学に進み、会社に入り
平凡な幸せな人生を歩む。
あたりまえの道順で、そうしていくことが当然だと、幸せな生き方だと誰もが疑いなく思う。
両親もそういう道を望んでいた。
わたしもそうなんだ、と疑いなく思っていた。
……テレビに映る女の子達。
綺麗なドレスを身にまとい、笑顔でステージに立っている。
眩しいスポットライトの下で。
私の心は一気に引き込まれる。
私はアイドルになりたかった。
とびきり美人でもスタイルが良いわけでもない。
だけど、あのキラキラとした光の中に飛び込んでいきたいと
思ったのはいつ頃からだろう。
テレビで見るだけの世界から、見てほしい側になりたいと。
言えない。
今までそんな事親に言ってこなかった。
テレビを一緒に見てもアイドルが可愛いと言ってもなりたいとまでは言ったことがない。
でも進路が明確化しつつある今思いは強くなる。
心の奥の私が問いかける。
本当にこのままでいいの?
本当に後悔しないの?
突飛な夢すぎて、友達にも相談できない。
もちろん担任にも、当然親にも。
忘れようとしても、未練がましく
ネットで応募企画やオーディションを検索し続ける自分がいる。
悶々としてるうちに将来の進路の方向が定まろうとしていた。
私の大学生活の話をアドバイスも交えながら
楽しそうに思い描く両親に、私は勇気をかき集めて打ち明けた。
アイドルになる夢を叶えたい。
呆れた顔、諌める言葉。
大人としてそれは子どもが誰しも通る
一過性の熱病のようなものだと諭される。
泣きながら何度も何度も食い下がった。
調べていたアイドルになるための道のり
養成所や、アイドル育成事務所の概要や
オーディションの用紙などを見せて
気持ちを伝える。
どうしてもやりたい、後悔したくない。
お願いだから許可してと。
今度は夢と現実の落差で諭される。
親も深夜まで話混んでいた。
楽しかった食卓も気まずく雰囲気が流れている。
お母さんが無言で置く食器と、スベるジョークをいうお父さん。
わかってもらえない、やはり夢は夢で終わるの?
ある日、居住まいを正した親に言われる。
そこまで本気なら、頑張ってみろ。
どこまでやれるか見せて欲しい。
期限も決められた。
そして、その間に成果を出しなさい。
私は残り半年間必死でバイトししてお金を貯めた。
学校には親が本人の意思に任せると言ってくれた。
高校卒業後、上京。
先に引っ越し先に荷物を送り小さな手提げ鞄だけを持って家を出る。
親は何も言わなかった。
泣きそうなのに
小さく手を振って頷いて見送ってくれた。
私も最後まで両親の顔を目に焼き付ける。
静かにドアが閉まっていく。
バイトを掛け持ちしながら、
事務所巡り、稽古、オーディションの日々。
バイト代のほとんどは稽古代やオーディション代に消える。
アイドルを育成している大手の事務所には門前払い。
怪しい事務所に声をかけられて怖くて逃げた事もある。
それでもネットで調べてはめげずに事務所にアピールしていく。
わずかなお金でなんとかやりくりして粗食で食い繋ぐ。
稽古しても本当に上達してるのか不安になる。
やっぱり無謀な夢だったのか、
と布団の中で小さく泣く夜も少なくない。
一日中クタクタで家に帰れば泥のように眠りにつく。
枕元にはラミネートした手紙と写真。
荷物に忍ばせていた母からの手紙
応援する言葉、自分で決めた事への責任、そして帰る場所はいつでもあるとの言葉。
両親と私が笑顔で寄り添ってる写真。
肩まであった髪が背中で揺れるようになった頃
やっと事務所が決まり、小さいながらも地下アイドルのグループに入り活動する。
同じ夢を持つもの同士、でも思いは真剣だ。
だけど、仲間といってもライバルでもある。
グループの中で盛り上げながら、自分の立ち位置やキャラ付けも
考えねばならない。
お互いの熱意が衝突し気まずくなる時だってある。
それでも、目指す場所は一緒。
いつか大きな舞台で認めてもらう事。
だから今は歯を食い縛って頑張っている。
狭い箱で数少ない観客の前で歌を披露する。
好きだ、と言ってくれる人もいたが、冷やかしもいた。
ファンミで馬鹿にする人もいた。
悔しくて悲しくてメンバーと共に泣いた。
でも自分達を信じるしかない、と決意を新たにする。
本心から応援してくれる人達も徐々に増えてきた。
ファンからの心のこもったプレゼントが支えてくれる。
ファンレターやお手製のグッズ、
中には箱いっぱいの食べ物の差し入れなんてのもあったけど
全部嬉しい、頑張る気持ちに繋がっていく。
でも、ある時隅っこで見つけた姿。
思わず声が漏れそうになる。
私の名前のハッピを着て、ペンライトも持ってた。
うちわで顔を隠してたけど、わかるよ親子だもん。
両親がそっと見にきてくれた。
泣きそうになるのを堪えて
とびきりの笑顔と歌を届けた。
後から聞いてわかったけど、私の事をネットで調べて
活動を応援してたらしい。
小さく載った雑誌の記事すら丁寧にスクラップしているという。
恥かしいな、でも嬉しい。
いつか有名なアイドルグループになって
大きな会場でスポットライトを浴びる夢を叶えるから。
そしてうちわとライトを振っている応援してくれる両親に
舞台から、ありがとうって伝えるんだ。
そしてそれが
もう一つの私の夢になった。
親の推しは私 満月 花 @aoihanastory
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