第30話 后は焚刑への階段をのぼる─④

 扉の向こうにいたフィリより先に、ラティが飛び出して肩へ乗った。

 出遅れたヴァシリスとフィリは固まり、目を合わせて大いに笑う。

「先を越されてしまった」

「元気そうで何よりだ」

 国王や侍従たちが見ている前で、フィリと唇を交わす。そして強く抱き合った。

「ヴァシリス様……」

「アイラ、心配していた。フィリの側にいてくれてありがとう」

「恐れ多いことでございます。ルロ国の方々にはとてもよくして頂きました。食事も大変美味しゅうございます」

「それは良かった。フィリ、今から義父上と話をすることになった。ここで待っていてくれ」

 フィリは国王を見てはすぐに逸らす。遠慮がちに頷いた。

 国王に連れられて向かった部屋で、椅子をすすめられる。

「お酒は嗜みますか?」

「はい。好きです」

「ルロ国の果実酒ですが、口に合うといいのですが」

「ぜひ頂きます」

 深い赤色の酒であり、香りを愉しんでから口に含む。色だけではなく、深い甘みもある。

「とても美味しいです。この辺りで採れる果実ですか?」

「そうです。夏に実をつけ、雪が降ると甘みが増します」

「フィリも飲んだことはあるのですか?」

 国王はグラスを置き、遠くを見つめた。ほんのりと頬が赤い。

「おそらく、ないでしょう」

 彼は「おそらく」と口にした。それが父と息子の距離感だった。悲しい運命を背負った息子を、彼はどのような瞳で見ていたのだろう。

「義父上、私なりにいくつか推察していたことがあります」

「フィリの件ですか」

「はい。頂いた書状も読ませて頂きました」

「……………………」

 グラスに口をつけ、液体を喉へ通す。焼け付くような痛みだが、それほど度数は高くない。

「てっきり、数千もの兵士を引き連れて来られるかと思っておりました」

「それも書かれていらっしゃいましたね。兵を連れてきて、ルロ国を滅ぼしてくれと」

「ええ。確かに私が書きました」

「義父上はフィリのことをとても愛していらっしゃるのですね」

 仮説の域を出ない。だが疑問に思う点はいくつもあった。

「なぜそのように思われますか。書状に書かれた内容だけでは判らないでしょう」

「その件だけではありません。そもそも初めからおかしいと感じていました」

「初めとは?」

「フィリを山を越えた遠い異国へ后として出したときからです」

「ファルーハ王国はとても豊かな国であるが故、ルロ国へ足を踏み入れたときはさぞや驚かれたことでしょう。正直、息子を差し出す代わりの天然資源が目的でした」

「それだけではないはずです。ルロ国ではフィリの風貌は魔女として扱われると聞きます。見せしめとして魔女の焚刑を行い、そのようにして国民の一揆などを防いできたようですね。ですが私の王国は対照的に、肌が白く太陽のようなブロンドヘアーはタヌエルク神の生まれ変わりと言われます」

「侍従のアイラ殿は、よほどフィリを好いてくれているようです。信仰する神に似ていると話していました」

「おっしゃる通りです。彼女はフィリの侍従になれたことを誇りだと思っているようです。さらに申しますと、我が王国は性別関係なく婚姻を結ぶことが可能です。資源が豊富で豊かな国であり、男性を后として送ることが可能、そしてフィリの風貌を受け入れてくれる国へ送りたかったのではないですか。そうして、フィリの宿命である処刑からなんとしても逃そうとした」

「……………………」

「さらに書状の件です。心底驚愕しました。国を守るべき立場でいらっしゃる国王陛下が、兵を連れてきて滅ぼしてほしいなど」

 国王は天を仰ぎ、やがて頭を振った。降参だと言っているようだった。

「私の母……フィリの祖母の話を聞いたことはありますか?」

「一度だけ聞いたことがあります。出来レースの魔女裁判を行い、民の前で焚刑が行われたと」

「フィリ、それに私の前でも行われました。目の前で自分の家族が火焙りにされるなど、恐ろしいものです。火をつけられる直前、目が合った気がしました。母は目を逸らし、ゆっくりと手を組み、目を瞑った。現実を見たくなくとも、焼け焦げる悪臭は悪夢すら見させてくれません。墓すら立ててもらえません」

「フィリがそうなる運命だと思うだけで、腸が煮えくり返る思いです」

「魔女など誰が言い出したのか、私にも判りません。人の風貌など、父母、または祖父母や祖先から受け継ぐに過ぎない。それだけです。私はこの運命を、終わらせたかった」

「憚りながら、ファルーハ王国が攻めてきたとして、義父上はそのまま命を落とされるおつもりだったのですか」

「私だけではなく、あなたの后やアイラ殿を逃し、すべて滅べばいいと考えました。私は国よりも自身の呪われた運命や母の悲しみを優先させた。国王として失格です。……ルロ国を心から愛する民も減ってきているように感じます。病気になっても、国民は薬を買うお金すらないという一家もあります」

「提案があります。ファルーハ王国から義援金をお渡ししたいと考えています。そちらで流行病の治療費に当てて頂けたらと。それと、まだ雪の降る今は凍える身体を暖めるため、石油も必要でしょう。十分な天然資源もお譲りします」

 国王は不意を打たれたようで、瞬きすら忘れている。

「兄であるファルーハ王国の国王と相談の上、決めたことです」

「しかし……」

「もちろん、ただでとは言いません。それに、国民の一揆や反発を抑えるには、生活が成り立っているかが大きいものです。魔女を処刑したところで、溜飲を下げるのはほんの一瞬です」

「それは……その通りです」

「フィリがファルーハ王国に来てくれて、もっと豊かな国にしようと懸命に動いてくれています。以前、私は数年ほど王国を空けて、異国で塩作りに励んでいました。我が王国は突然のスコールに見舞われることが多いのですが、塩を作るための建物を建設する提案をしてくれたのもフィリです。今は軌道に乗り、輸出して資金の調達もできています。海のないルロ国では難しいことですが、素晴らしい資源があるではありませんか」

「まさか……こちらですか」

 半分ほど空けた果実酒のボトルを見やる。

「初めて味わった甘い果実酒はたいへん飲みやすく、万人に受けるような気がします」

「確かに、この果実は山に腐らせてしまうほど実が成ります」

「薬だけではなく、お酒の事業にも手を出してみてはいかがでしょう。ルロ国は保守的な国だとフィリから聞いていますが、義父上の代から変えていってほしく思います。お酒作りを国民も理解できれば、仕事が増えます」

「なんと感謝を申し上げたらよいか……」

「サウリ王子、それにフィリも交えてお話ししましょう」

「先ほど、交換条件があるような話をしていましたが、それについても話したいと思います。しかし、ルロ国の状況を考えてこちらから渡せる資源は限られております」

「実は…………」

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