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目に飛び込んできたのは彼が入っているケージが床に倒れている光景だった。さっきまでケージを置いていたローテーブルの上ではカナエちゃんが誇らしげに胸を張って座っている。

こんなこと、ちゅろ吉が生きている間、一度も無かったのに!

慌てて床をなぞるように視線を送る。彼がどこにもいない。

心臓の辺りがキュッと痛くなる。血の気が引く。目の前が暗くなる。絶望感が頭をもたげる。

「どこ行ったの!?」

 返事をするわけもないのに、たまらず叫んだ。それからキャビネットの下、キッチン、カーテンの裏などを覗きこんで彼の姿を探す。扉は開けられないから絶対にこの居間にいるはずだ。

 絶対に見つけなければ。そして今までの報いを受けさせる。なんとしてでも。

 私が死に物狂いで血眼になって彼を探していると視界の端で何かが動いた気配がした。

 「そこにいるの!?」

 気配がしたのはソファの辺りからだった。彼はソファの下に隠れたのかもしれない。

 私は屈みこんでソファの下を確認する。暗くてわからない。思い切って腕を突っ込んだ。そのまま腕を左右に振る。すると指先にわずかな痛みが走った。反射的に腕を引っ込めて、痛みが走った部分を見る。

 中指の先に少しだけ血が滲んでいる。小さな歯型。きっと彼が噛んだのだろう。

 ますます怒りがこみあげてくる。

 噛まれた指をさすっているとソファの下からガサガサと音が聞こえた。聞こえたかと思えば、私から逃れるために隠れていたはずの彼が姿を現した。

 隠れ場所を変えるために出てきたのかと思ったが、彼はその場でグルグル回ったあと頭を左右に振ったり両腕を広げたりと奇行を始めた。

 こいつ、私を煽ってるんだ。

 どこまで人を馬鹿にするつもりなんだ。

 私は怒りに任せて彼に掴みかかった。しかし、彼はそれをひょいと避ける。そしてその勢いのまま走り出した。またソファの下に隠れるつもりだ。

 その時だった。

「あ」

 思わず声が漏れた。

 走り出した彼はソファに辿り着く前に捕まった。私にじゃない。カナエちゃんにだ。

 カナエちゃんは軽快な身のこなしでローテーブルの上からサッと飛び降り、走る彼に飛び掛かった。

 カナエちゃんの可愛い腕が彼の胴体をしっかり捉えた。彼の小さな身体が簡単に吹き飛ぶ。

 そこからは一瞬だった。

 カナエちゃんは吹き飛んだ彼をさらに追いかけ、倒れた彼の身体を両手で押さえつけ、その鋭い牙で噛みついた。肉に牙が食い込み、彼は数回身体をばたつかせたが、無意味だった。

 見ているだけで痛そうだ。

 しばらくの間、私はその様子を眺めていた。カナエちゃんの白い綺麗な体が所々赤く染まっていく。

 綺麗だなぁ。

 ようやくカナエちゃんは気が済んだのか、はたまた飽きたのか、彼を蹂躙するのを止めた。

「楽しかった?」

 カナエちゃんは私に答えるようにナーンと鳴き声をあげた。そしてボロボロでぐったりしている彼を咥えて私の足元にやってきた。まるで狩りの成果を自慢しているように見えた。

「すごいね、カナエちゃんは」

 私の心はもう決まっていた。彼の処遇はもう決まっていた。彼がちゅろ吉にしたことを、私が彼にしてやろうと思う。

 私はカナエちゃんの口から彼の身体を取り上げた。カナエちゃんはなんの抵抗もなく口を離すと、また一鳴きしてから定位置にうずくまった。

 手の中におさまる彼。まだ息はあるようで、微かにもぞもぞと動いている。しかし、逃げ出すことはできない程度には弱っている。

「馬鹿だったよね、私もあんたも」

 聞いているのかいないのか、彼は何も答えない。

 もう終わりにしよう。

 私はトイレに向かった。電気もつけず、真っ暗闇の中で便座の蓋を上げた。

「じゃあね。あ、そうだ。安心してね。カナエちゃんは私が大事に育てるから」

 そう彼に告げ、クルっと手のひらをひっくり返す。彼の身体は少しの間宙を舞い、そして着水した。便座の蓋を閉め、水を流す。

 ゴボゴボと大げさな流水音とカナエちゃんの大きな鳴き声が耳に響いた。

 



  


 


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ちいさなせかい マリエラ・ゴールドバーグ @Mary_CBE

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