元勇者と魔王のお隣さん生活!
睡眠求
第1話
俺は今、段ボールを山ほど抱えていた。
そして新しいアパートの前で、人生で二度目の深呼吸をしている。
ちなみに一度目は、魔王討伐前夜。
結果?ビビって転けて足骨折。療養生活、職も失った。はい拍手。
ギルド仲間の紹介で見つけたのがこの物件だ。
築浅、駅近、家具付き。
家賃は……魔物駆除より安い。
契約時、やたら暗い部屋でサインさせられたこと以外は完璧だ。
集合ポスト横の表札一覧を何気なく見る。
> 701号室:空室(俺)
702号室:魔王
……え?
「魔王」ってあだ名とかペンネーム的な?
まさかガチじゃないよな?
――不安を胸に、俺は自分の部屋(701)に鍵を差し込む。
カチリ。
扉を開けた瞬間、冷たい風と共に低い声が響いた。
「貴様が……勇者か。」
俺は足ガックガクのまま振り向いた。
702号室のドアが開いており、そこには二メートル程の黒い鎧の巨体が立っていた。
頭には角、背にはマント、手には――俺が抱えてたはずの段ボール。
「……それ俺の荷物」
「ではこれは人質だ」
「返せや」
取り返そうとすると、魔王はダンボールからパンの袋を取り出した。
「……開かぬぞ」
「返せ」
――俺は引っ越し初日からお隣さんに朝食を奪われる羽目になった。
午後、荷解き中。
コンコンとノックしてきた。
「米研ぎとやらを教えろ」
「え、ああ……洗うだけだよ」
「違う。魂を抜く儀式だと聞いた」
「誰にだよ」
帰そうと思ったが、ちょっと可哀想だったので家に入れてやった。
魔王はボウルに米を入れ、両手をかざす。
黒いオーラが渦巻き、米がボコボコと泡立っていく。
「命…解放ッ……!!」
「フードロスやめろ!!!!」
夜。
魔王を追い出し静かになったと喜んでいたら、玄関横の棚に小さな古びた手紙を見つけた。
宛名は「魔王様」、差出人の名前はかすれて読めない
その瞬間、背後で声がした。
「……それは、返してもらおう。」
振り返ると、魔王が影の中に立っていた。
大人しく返すと、すぐに真顔で口を開けた。
「明日、スーパーに連れて行け。
値引きという戦利品を得ようと思う。」
不法侵入、やめてほしい。
こうして俺(勇者)と魔王のお隣さん生活が始まった。
世界を救う戦いよりも、だいぶ疲れる気がする
翌朝、俺は半強制的に魔王をスーパーに連れて行くことになった。
あいつはなぜか全身鎧にマント。
目立つからやめろって言うと「では偽装する。」って鎧の上から花柄エプロン着けやがった。
隣歩きたくない。
自動ドアが開いた瞬間、魔王は感嘆の声を漏らす。
「……これが、人間界の宝物庫か」
「ただのスーパーだよ」
入り口近くでカゴを渡すと、魔王は持ち手を見て首をかしげた。
「鎖が付いていない。奴隷用ではないのか」
「誰が奴隷とスーパー行くんだよ」
生鮮コーナー。
魔王は鮭の切り身を見て「小さき竜の肉か……?」とつぶやき、横の値引きシールを見て目を輝かせた。
「これが戦利品……!」
「ただの見切り品だ」
「奪い合いは無いのか」
「無い」
「では我が総取りする」
「やめろ」
結局、半額シールの総菜をカゴいっぱいに詰め込む魔王。
ほとんど唐揚げだった。
レジ前。
魔王は財布を持っていない。
「持ってない」じゃなくて存在を知らない。
俺がカードで払ってやると、魔王は唐揚げを一つ差し出した。
「これが……礼だ」
「俺が払ってんの、あとで食う。」
スーパーの帰り道、魔王が俺の肩を叩いた。
視線の先には、道端でしゃがみこんで泣いている小さな女の子。
手には割れてしまったらしいアイスのカップ。
「……勇者、あの子は何をしている」
「アイス落としたんだろ。子供ってのはそういう時泣くんだ」
「泣けば戻るのか?」
「戻らない。誰かが買ってやるしかない」
そう言って俺が財布を出そうとした瞬間、魔王が手を伸ばして止めた。
「……戦利品は、我が与えよう。」
そう言って、さっき買った唐揚げパックの一つを女の子の前に置いた。
「食え。勝利の味だ」
「……いや、アイスのほうが…」
「戦場では選択肢はない」
女の子は一瞬キョトンとした後、泣き止んで唐揚げをつまんだ。
「おいしい!」
魔王は満足そうにうなずくと、なぜか俺にも唐揚げを差し出す。
「ほら勇者、お前も泣き止め」
「泣いてねえよ」
その後しばらく歩くと、魔王がふと足を止めた。
「……ここ、昔来たことがある」
視線の先には古びた掲示板。
そこに貼られた黄ばんだ地図を、魔王はじっと見つめる。
「この先に……昔は村があった」
それだけ言って袋を持ち直し、また歩き出した。
俺は聞き返さなかった。
ただ、地図の端に描かれている花の絵がやけに気になった。
702号室から異様な香りと熱気が漏れてくる。
少し心配になりインターホンを押すと、ドアの向こうから重低音。
「入れ」
扉を開けた瞬間、唐揚げの山が視界を埋めた。
「……どうやったらこうなる」
「増やした」
「何個だよ」
「数えていない。途中で油が何か叫んでいた」
「その油は捨てろ」
魔王は唐揚げを一つつまみ、俺の口に突っ込む。
「食え。祝宴だ」
「何の?」
「半額の勝利を祝う宴だ」
その瞬間、インターホンが鳴った。
703号室の住人が来たようだ。
「魔王様!!においが凄いことに!!!」
ドアが開き、現れたのは小さめのゴブリン。
……ガチでこのマンションは魔物しか居ないのか…。
ゴブリンは俺を見るなり、眉をひそめた。
「……お前、そのピアス。あの村の紋章だよな?」
「…なんのことだ」
全く意味がわからない。
が、ふとピアスが揺れ、頭の奥で燃える村の光景が浮かんだ。
ゴブリンは壁に掛かっている地図を指さした。
「二十五年前に燃えて場所が不明になった村の……」
俺が口を開く前に、魔王は山盛りの唐揚げをゴブリンに差し出した。
「……食え」
「腹いっぱいなんですけど…。」
ゴブリンは唐揚げをひとつ齧り、ぽつりと呟いた。
「……あの村で何があったのか、知ってる奴はもうほとんどいない」
「記憶が無いだけじゃないかって噂もあんだ。
お前みたいに」
俺は声が出なかった。
唐揚げの湯気の向こうで、魔王の顔は見えなかった。
朝から702号室が騒がしい。
ノックもなしに魔王が飛び込んできた。
「勇者、電子レンジを買うぞ。」
「なんで」
「唐揚げの保温が効かん。炎魔法だと黒焦げだ。」
「お前が一日で食いきれない量増やすからだろ」
「まあ見ろ、棺桶型の電子レンジを見つけたのだ。
美しいだろう。」
「食欲失せるわ!!」
結局、魔王を止められずにネット注文してしまった。
配送先は「702号室 魔王」。宅配業者泣くぞ。
――そんなくだらない午前を過ごし、帰ろうとした時。
廊下から昨日のゴブリンが慌てて走ってきた。
「昨日ぶりです魔王様!…とそこのお前。
ちょうどよかった……。」
雑な扱いに悲しむ暇もなく、ゴブリンは話を続けた。
「あの地図の場所を皆で解読しまして……」
ゴブリンは、昨日話していた地図の村を指す。
「…あの村の場所がわかりました。」
魔王は俺の顔をちらっと見た後、「……行くぞ」とだけ言い、俺の腕を引っ張った。
村跡地は…ただの草原だった。
家も畑も無く、少し冷たい風が通り抜けるだけ。
その風が俺のピアスを揺らした
その瞬間、不意に映像が脳裏をよぎった。
炎に包まれる夜。泣き叫ぶ声。
そして、鎧の背中に守られて走る――妊娠中の母の姿。
「……え、これ……」
口にした瞬間、魔王がこちらを見た。
その目はいつもの高圧的な光ではなく、遠い昔を見ているようだった。
「……我は…あの夜、守れなかった。
村も、仲間も村の人々も……お前の母上以外は。」
魔王は短く息を吐いた。
「彼女は、お前を身ごもっていた。
だから我は――勇者だった我は…命を賭けて守り、逃がした。」
言葉が続く。
「お前の母を逃がした後…我は、自らを裁くため魔王の力を求めた。
勇者が村を守れなかったのなら……
魔王として全てを終わらせるべきだと…。
……すまない。あの時、もっと…」
「やめろ。」
自分でも驚くくらい強い声が出た。
涙が滲むのを誤魔化すように。
「俺は生きてる。隣にやかましい魔王付きでな。
……帰るぞ。唐揚げが余計に冷める。」
魔王は少し間を置き、口の端をわずかに上げた。
夕暮れ、702号室。
唐揚げの山を前に、魔王が食べようとしたとき、
廊下から小さなゴブリンが慌てて飛び込んできた。
「魔王様!あとお前!差し入れだ!!」
手には、なぜか唐揚げパックがもりもり。
「……まだ増えれたのか。」と魔王が呟き、唐揚げを口にした。
「…冷めても旨いらしい。」
「電子レンジ買った意味……。」
俺もひと口食べた。
冷めに冷めきったはずの唐揚げは、どこか温かかった。
小さな村も救えなかった勇者に
――俺は今、救われてる。
元勇者と魔王のお隣さん生活! 睡眠求 @Zzz_
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