カレイドスコープ

伏見翔流

カレイドスコープ

愛知にある工業系の大学に通っている姉の立花りっかが夏休みに入ったので、私のいる実家へと帰省してきた。茶髪のポニーテールに黄色い瞳が美しい立花は、最後にあった日から特別変わったところはなくて安心したものの、何やら得体の知れない奇妙な装置を一緒に連れてきたのには驚いた。

「姉さん、それは、何?」

私が訊ねると、立花は自信満々な笑顔で装置を手に取って紹介した。

「あぁコレ?大学で作ってきたの。カレイドスコープよ!」

「カレイドスコープ?万華鏡ってこと?」

「名前はそこから採られてるけど!実際は少し違うんだ!」

立花はバッグから配線やら何やらが蛸足になっているヘッドギアについて解説した。大きさは自転車のヘルメットくらいで、ゴムバンドのような紺色のバンドに、いろんな色の配線が繋がっている。それが接続する装置に繋がり、別にある四角い箱型の装置と接続するらしい。

立花の話曰く、この装置は「カレイドスコープ」と名付けた置き型脳波映写装置で、頭の中で考えているイメージを装置が自動認識し、映像として上映させることが出来るものなのだという。ものすごくざっくりと言うなれば「人間映写機」と言ったところだ。

立花はこの装置を三月から構想し、今日に至るまでずっと、開発に着手していたという。装置こそそれほど大きなものではないが、設計図から描いてひとつの形に整えてしまうところが、昔から物作りが好きなことが伊達ではないと再認識させられた。

「夏休みの宿題か何かで作ってたの?」

「いや。展覧会に出展するんだ」

「展覧会?」

「うん。愛知でキテレツ発明展覧会ってあったでしょ?それに出品するの」

「なるほどねぇ」

「その試運転ってわけじゃないけどさ、コレを使って、香凜かりんの頭の中を試しに写してみようかなって思ってさ!」

「おいおい……。私は実験台かよ?」

「いいじゃんいいじゃん!黙って私の実験台になってればいいのっ!」

「えぇ……」

屈託のない笑顔を浮かべながら、私を自分の部屋まで引っ張っていく。小学校の頃から実験に付き合わされてきた身なために慣れてはいるが、やはり毎回何かわからない実験に参加させられるのは、正直怖い。命がいくつあっても足りないと思う。

「ちなみにこれな、お互いのコードを接続すると、お互いの脳内神経に入ることも出来るんだぞっ」

「凄いような怖いような……」

整備点検をしていた立花が一言付け加えた。プラスドライバーやニッパーを使って、器用に手を加えている。その様子を見ながら、小さい頃に段ボールでガンダムのスーツを作っていた立花の姿を思い出していた。あの頃から何年と経って、今では本格的にゼロから物を作っている。何年経とうが何歳と歳を取ろうが、好きなものは変わらないという情熱に、どこか尊敬と憧れが芽生えているのを感じた。

「さ。ひと段落したし、お昼にしようよ!母さんの素麺、好きなんだよね!食べよ!」

「え?あ、あぁ。もうすぐ麺買ってる母さんが帰ってくるから、それまで支度してるか」

「うん!じゃあ野菜切っといて!」

ニパッと健気な顔をした立花が、昼食の支度のために台所へ向かった。私もそれに合わせて、自宅に向かった。


それから夜になり、私は自室で趣味にしている漫画を描いていた。漫画と言っても、手塚治虫や青山剛昌みたいな本格的なストーリー漫画ではなく、一コマ二コマ程度の風刺漫画のようなもの。ストーリーを立てた絵は、実はそんなに得意ではないため、一枚の絵をゆっくりと丹念に描くのが好きなのだ。

今日も仕上げに取り掛かろうと絵の具を走らせていたところ、立花がドアをノックした。

「入っていいよ」

私が答えると、立花が昼間の「カレイドスコープ」と接続装置を抱えて部屋に入ってきた。すでに寝巻きに着替えており、子供みたいにニッコニコの笑顔だった。

「さぁさぁ香凜!始めるよ始めるよ!」

「え……?まさかやるの……?」

「善は急げだよ!さささ!ベッドに寝っ転がって!」

「使い方違う気がする……」

自分の作品の成果を知りたくてウズウズしている立花に促され、私はベッドに仰向けになる形で横になった。天井を見つめながら、横で諸々の準備を進める姉の物音を聞いていた。

「まずは感電しないように、おでこにクリーム塗るからね。科学科の人が作ったからかぶ!ることはないと思うよ」

「心配だなぁ……」

そう言われながら、額や耳元、首などにクリームが塗り伸ばされ始めた。これを塗ることで、電極が直接皮膚を焼くことを防いでいるとかいうが、説明が下手な故に不安しかない。

「よし。これでいいかな。次はこのバンドを巻いていくよ。サイズ調整するから、動かないでよ?」

そして次に、バンドがクリームを塗った場所を中心に巻かれていく。包帯やスポーツのサポーターを巻くような具合に。頭に巻かれていくこの感触に、私はいよいよ何か始まるという感覚にドキドキし始めた。

「ねぇ、これって副作用とかない?普通に寝ても大丈夫なやつ?」

私は不安のあまり、姉に訊ねた。

「大丈夫。何かあっても私が対処するからさ」

「姉さんがいるから不安でもあるんだよな……」

そしていよいよ、装置に電源が入れられた。コンセントを繋げた箱型装置のボタンやスイッチを点けていく。すると照明が光り、中で何かが作動する音が聞こえた。私の鼓動も、次第に音を強くしていく。

「大丈夫。私が手を握っててあげるから。目を閉じて、いつもみたいに寝てていいよ」

「……姉さん、本当に平気だよね?」

「大丈夫だよ香凜。姉ちゃんがついてるから」

そう言い切る立花の目は、何を根拠かわからないが、自信があった。

「最後に、このゴーグルを着けて」

立花は最後に、黒い弁当箱のようなゴーグルを私に渡した。

「これは?」

「これをつけると、香凜も目を開けて脳内世界を見ることが出来るの。それに、これは映写機の役割も担ってるの」

「そ、そうか……」

私はそのゴーグルを顔に取り付けた。目の前が真っ暗になり、暗闇の世界を見つめていた。

「これで全てがオッケーだね。じゃ、あとは目を閉じて、寝てていいよ。楽にしててね」

立花の声だけが聞こえる。その声だけで、ここがまだ現実であると理解できる。私は半ばどうにでもなれの精神で目を閉じ、後のことは立花に任せることにした……。


部屋を暗くした立花は、別のモニター端末で香凜の脳波を見ていた。このモニター端末は香凜の健康状態を把握できるもので、心拍数や血圧、酸素供給などを映し出していた。

「健康確認。大丈夫そうだね」

立花は香凜が眠れるように、こっそり部屋にラベンダーのお香を焚いていた。リラックス効果や安眠効果が期待できるとともに、被験者の精神状態を整えるためもあった。

装置を取り付けてから三十分ほどが経った。モニターを見ると、香凜が完全に眠りについたことが分かった。

「じゃ、始めますか」

立花は箱型装置にあるリモコンのアクリルケースを取り外すと、ダイアルを調節した。そして慎重にタイミングを合わせ、ボタンを押した。

「カレイドスコープ、点火!」

赤いボタンが押されると、香凜が着けているゴーグルから青白い光が放たれ、壁にかけられた映写用カーテンに広がった。そしてそれを見た立花は、その光景に目を見開いた。

「うわぁ……!これは……!」

そこに広がっていた光景は、まさにカレイドスコープの名の通り、万華鏡の光景によく似た、青や紫、黄緑や赤紫の幾何学模様が幾つも重なった、宇宙空間のような光景だった。そしてその真ん中には、香凜と思われる少女が、力無く手足を浮かせて漂っているのが見えた。

「香凜……!?」

立花は香凜の安否を見るため、モニター端末に目をやった。

「呼吸安定……、血圧正常。ふぅ……。びっくりした……」

香凜が無事であることに胸を撫で下ろし、立花はレポート用紙を手に取って観測を続けた。

香凜の脳内模様は、定期的に模様を変えていた。本当に、万華鏡を動かして模様が変わっていくのとよく似ていた。香凜は漂うままで動きはなかった。彼の周りに物体などはなく、ただ広い世界の中に、香凜だけが漂っている、という状態だった。

「仮説ではもう少し単色かと思ってたけど……、それはどうやら先入観とリンクしないみたいね。にしても凄いサイケデリック……、人間の脳内ってこんな感じなのね……」

立花はサカサカとボールペンでレポートを書き上げていく。それと並行して香凜の状態も確認する。立花は、今、猛烈に興奮していた。自分の作り上げてきたものが、こうして成功しているということが、とても、とても、とても楽しくて、嬉しかった。

「レポートはこんな感じかな。よし、じゃあ私も、行きますか」

レポート用紙や筆記用具を片付けた立花は、自分の額にもクリームを塗り、ヘッドギアを取り付けた。そして香凜の横に寝ると、呼吸を緩やかに整えながら、装置をタイマー設定し、そのまま眠りに落ちていった。


立花が目を見開くと、そこはまさに、テレビや動画で見たような宇宙世界のような光景が広がっていた。幾何学模様はクネクネと形を変えながら広がっていき、目がチカチカする。手足を伸ばしても、肉体と脳が接続されていないようで、上手くいうことを聞かない。動かそうにも動かない。意識から駆動が離れていたのだ。

「香凜……!香凜!」

なんとか喋ることは許されていた。立花はだらんと力無く漂う香凜を見つけ、名前を呼んだ。

「ん……?んんん……っ?」

「香凜!よかった……!」

香凜は眠りから醒めるように欠伸をし、目を開いた。しかし立花と同じように、身体を上手く動かせないようで、混乱していた。

「心配しないで香凜!これがあればお互い離れないから!」

立花は黄色いロープを香凜の足首に取り付け、自分の左手首にも取り付けた。これにより、お互いが遠くに離れる心配はなくなる。二人三脚みたいだなと、ボソッと思っていた。

香凜と立花は漂いながら、この空間内にある光景を眺めていた。美しさに見惚れると共に、香凜は立花からの説明を受けて、これが自分の脳内なのかと驚いていた。

「まるで銀河系みたいだね……」

「脳細胞と銀河系って、とてもよく似てるって、どっかの本で見たよ」

「じゃあ、銀河って誰かの脳、なんてこともあるのかな……?」

「あっははは。それは飛躍しすぎだけどね」

宇宙的空想話にお互い笑いながら、このサイケデリックな世界を漂っている姉妹。星に似たような、細胞に似たような点滅、光と影を同時に映し出すきめ細かな分裂。その全てに、二人は目を輝かせていた。

「ねぇ、姉さん」

「何?香凜」

「この世界があるってことはさ、私たちは、生きてるってことだよね?私の脳内で出来てるってことは、姉さんも私も、生きてなきゃ、おかしいよね?」

「そうだね。大丈夫。私たちは、繋がってるよ」

「そっか……。よかった……」

脳科学的神経光景が、目を閉じると、その実体を映し出す。姉と繋がれているこの感覚。それがある今だけは、この世のあらゆるにある不器用や不安を忘れて、帰れなくてもいい。

そう思った時、世界は青白い六角形に覆い包まれた。金色のラインが引かれると、そこには赤い文字が浮かび上がっている。

(ねぇ、姉さん)

(何?香凜……)

(地球って、どうして丸いの?)

(地球はね、私たちに隅を与えないようにしてるんだよ)

(隅?)

(そう。誰も彼も追いやられて、泣かないようにね)

(そっか……。何だか、救われた気がしたよ)


カレイドスコープに私は今溶けていく。

私と貴女を、たった一つにしていったの。まだ脈があるうちに帰れればいい。

私はそれだけ信じて、いつまでも、この細胞空間を、漂い続けていた。

永遠が残る、その光景を焼き付けて……。

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カレイドスコープ 伏見翔流 @Fushimi_Syouri

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