国道沿い、コンビニにて
「わーい!風えぇー!」
歓声を上げながら、前を行く夏帆が思いっきりペダルを回して、あっという間に間が空いた。
ちなみに風はそんなに吹いていない。今夏帆が大喜びしている風は、速度を上げて自分で無理やり起こした風だ。
結局ホントに自転車を引っ張り出してから少し、今はちょうど広い国道に出たところ。
まだ見たことがある道だけど、進む方向がいつもの駅へ向かうのとは反対側でそんなに来る道でもない。この中途半端が旅の始まるワクワクした感じを起させる。
出る前は自転車行軍の正気を疑ったけど、この始まりを自分で進む感覚は悪くない。
「ねぇ拓海ぃー!次どこで曲がるのぉー?」
と、日常から離れていく空気を楽しんでいたら、前を走る自由人の口から信じられない言葉が飛び出してきた。さっきまでの気持ちの良さが一瞬で吹き飛んで行って、慌ててペダルを回して距離を詰める。
「お前、今なんつった?まさか道分かってないとか言わないよな?」
「え?分かんないよ?」
思わず手から力が抜けた。と同時に自転車が大きくグラついて、妙に高い気持ち悪い声がのどから飛び出る。
「なにその声!面白いからもっかい!」
「うるせぇ!てかもう二度と出せない」
って違う。話を逸らされるな。このままだと迷子コース一直線だ。
バランスを取りながら思いっきり体を伸ばして、自由人を避けてさらに先の方へ視線を飛ばす。少し先にコンビニが見えた。しかも都合よく左側。
「一回作戦会議だ!あのコンビニ入れ!」
「りょうかーい!」
「すーずしぃー!」
ウィーンと開いた自動ドアの向こうから流れてきた冷たい風に、ご機嫌な声が上がる。
作戦会議のはずが、自転車を止めるなりドアの方へスイーっと夏帆は吸い込まれていってしまった。
まぁ、止めるだけ止めて何も買わないのも申し訳ないから入るのは良いんだが、問題なのは国道沿いだけあって駐車場も店内も広いコンビニをご機嫌でうろついているヤツだ。
何を隠そう夏帆のやつ、金遣いが荒い。さらには、去年の旅先で荷物を倍にして帰ってきた前科がある。
そしてヤツのことだ。場所がコンビニだろうがお構いなく爆買いをしでかすに決まっている。
ご両親は良い人なのだが、少々甘やかし過ぎだ。故に良いのか悪いのかは別として、ここで爆買いを始めてもお金の心配はあまり要らないだろう。だがそれ以上に、今日の足は大して荷物の乗らないスポーツタイプのチャリだ。荷物を増やさせるわけには絶対に行かない。
「喉乾いた~」
言いながら、夏帆は一直線に後ろの方の飲み物コーナーへ。そこから何としても寄り道をさせずにレジまで誘導しなければならない。作戦開始だ。
「たまには奢ってやろう。どれが良い?」
名付けて、飲み物だけ決めさせて、さっさとレジまで持っていってしまえばそのまま付いてくるだろう作戦。問題は飲み物一本でやつの気を引けるかだが。
「良いの?やったぁー!」
しかしそんな心配とは裏腹に、夏帆はたかがジュース一本とは思えない勢いで喜ぶ。これなのになぜ爆買いが発生するのか。それに、手に取ったのも高くて凝ったおしゃれな飲み物でもなく、フツーのペットボトルの紅茶だ。
まぁいい。妙に納得のいかない頭を切り替えて、俺も凍ったスポーツドリンクをついでに取って作戦通りさっさとレジへ。
ありがとう。の一言と一緒に夏帆がレジにボトルを置く。案外素直に付いてきたことに安堵しつつ、おう。と返して財布を開く。ちょうど1円玉が2枚あって、端数の2円をピッタリ出す。気分が良い。
が、ここで油断したのが失敗だった。
飲み物二本を受け取って、良い気分のまま横を見ると、夏帆が居なかった。
慌てて店内を探すとすぐに見つかりはした。が、場所が悪い。なんせ入り口のすぐ横、設置された百均グッズの棚の前。
「行くぞ、夏帆。早く道調べよう」
「見てこれ拓海!スゴくない⁉」
ダメもとでかけた声はやっぱりというか、大興奮の声にかき消されていった。
そのテンションで夏帆が指したのは、首に巻くと冷たいらしいタオル。うん、別に要らない。
よりによって200円だし、なによりどうせ大して冷たくない。
そして、コレだけなら大した荷物じゃないが、一個許すとブレーキが効かないのも学習済みだ。
が、これなら上手く興味を逸らせられるかもしれない。
「それもいいけど、もっと良いもんを俺が作ってやろう」
「え!出来るの⁉」
とにかく夏帆を引っ張ってきたコンビニの駐輪場で、もうずいぶん昔に思える中学の時を思い出しながらタオルをカバンから引っ張り出した。
ただそれでさっき買った冷凍スポドリを巻くだけなのに、手品でも見るみたいにワクワクに光る夏帆の目のせいで手元がおぼつかない。
それが済んで手招きすると、もともと至近距離で手元を見ていた夏帆がさらに顔を近づける。
こういうのはインパクトが大事だ。故に。
「冷たっ!」
何も言わずに出来上がった氷入りタオルを素早く夏帆の首に回した。
「これすごいよ!ホントに涼しい」
タオルの端を結ぶ時に、あまりに気合が入りすぎたか「グエッ」と鳴き声が聞こえた気がするが、本人がご満悦なので気にしない。
「こんなのどこで覚えてきたの!」
「なんでお母さんの説教風なんだよ。中学の時の部活でやってたのを思い出したんだ」
「そういえば私、拓海の中学校の時のこと知らな~い。部活何やってたの?」
つっこみつつ言うと、急に眼を輝かせて身を乗り出した夏帆が言う。
「陸上だ陸上。大会の待ち時間が長いくせに外で待たされるから暑くてしょうがなかった」
「ふーん。その割には私に勝てないよね」
「それはお前がおかしいんだ、一応俺も速い方だったはずなんだ!」
最近走ってないし。と言い訳しようとも思ったが、考えてみればまさにコイツのせいで度々走らされているはずなんだ。余計におかしい。
「それは良いとして、さっさと道調べよう」
言いながらスマホをポケットから召喚。マップアプリを開いて夏帆に渡す。
受け取って、よぉ~っし。と謎の掛け声まで出して気合を入れ、夏帆がキーボードの上に人差し指を掲げて、
その形のまま止まった。
「どうした?」
「滝……、名前、忘れちゃった……」
「さっきの『よぉ~っし』は何だったんだ……」
もはや大声を出す気力すら無くして、全身から力がガクッと抜けた。昨日道を調べたのはドコにやったんだと聞いてみても、「そんなのエイってやっちゃったよ」と返ってきて再び力が抜ける。
「えぇい、まぁいいや!」
なんとか思い出せないのかと夏帆を唸らせていると、不意にそんな声が上がった。
かと思えば、検索ボックスに「滝」となんとも雑なワードを放り込む夏帆。
「別に、今回はどっか行くのが目的なんだから、あの滝じゃなくても良いよね!ね!」
良いのか。つっこもうかとも思ったが、何やらわざとらしい念押しがくっついているので仕舞っておいて頷く。まぁ、滝に行きたいと言い出したのは夏帆だし、本人が良いなら良いんだろう。
声には出さずにそう納得する間にも、雑なワードに引っかかって出てきた三つくらいの滝の中から写真を見比べて、夏帆が一つをピックアップ。よりによって一番遠いやつだった。
「はい」と声とともにスマホが手の中に帰ってきて、画面にはご丁寧にも自転車用ルートが設定されている。
「さぁ行こー!」
気づけばいつの間にか自転車に跨った夏帆が元気に腕を振り回して騒いでいる。相変わらず、逃がしてはくれないらしい。
『1.6キロメートル。直進、その後、道路を左方向』
諦めて自転車に跨ると、ポケットからスマホがすでにうんざりする経路案内を大音量で流し始める。キロ単位の案内は車だけで十分だ。
覚悟のため息を一つ。
「よし!行くかぁ!」
もう吹っ切れて、夏帆に負けないくらいの声を出すしかなかった。
夏休み、自転車旅 秋風 優朔 @A-yusaku
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