無限館の殺人【解答編・続】

♾️

邪神に会ったのは、本当か?」

「ああ、醜い怪物だった」

「そうか。感謝する」

 探偵と短い会話を交わすと、ハワードは満足した表情を保ったまま、所長の銃に斃れた。

 リーの背筋に、蟲のように悪寒が走る。信仰に殉ずる者特有の、常人の理解を超えた恍惚が気味悪かった。

 

♾️

「解決ですね」

 リーが声を掛けるも、探偵は眉を顰め、無言を貫いていた。

 ハワードが最期に残した「俺はチェイスの逆だ。」の真意を探っている。

「探偵の推理を認めただけです。移送も間もなく完了します」

 リーが再びねぎらう。直後、地響きのように床が揺れた。所長が確認のため部屋を後にする。白髪はくはつに絡めていた探偵の指が止まった。

 外良が興奮した声を上げる。

「そうか!全て理解した!そして、既に


♾️

 外良は、戸惑うリーを他所にひとりで捲し立てる。その瞳には、ハワードと同じ妖しい光が宿っていた。

「先ず、ハワードが"エリア51"に収容される原因となった罪は何だった?」


『大量殺戮テロ計画の罪』


「では、異教徒の彼が大規模殺戮をする理由は何か?生贄いけにえを捧げるためだ。

 再び実行するなら、"無限館"以上の場所はない。

 何せ、"無限館"でひとり殺せば、無限の生贄を生み出せる」

 

『疲弊した探偵と死体を閉じ込めた部屋が無限に続く』


「だが、無限の生贄を生み出しても、にどう伝える?」

 外良が、ごく自然に怪物を主と呼んでいる。その仕草に、リーは得体の知れぬ恐怖を感じた。外良の推理は続く。

「いや、。主は人間の精神に干渉する。僕と対面した際、"無限館"の記憶を読み取った」


『"怪物"による精神干渉』


「彼の仲間狂信者は無数に存在する。この施設にもいる筈だ。職員の中にも。

 移送作業は彼らの絶好機。解放できる」


『合衆国に無数にいる異教徒』


 再び地面が揺れた。何か巨大なものが胎動していた。衝撃で電灯が割れる。


 世界が暗闇となった。


♾️

 暗闇の中、音だけが終焉を告げる。

 泥水を大量に啜った絨毯が自らを擦り付けるような、陰湿な音が鼓膜をざらと舐める。

 ひと呼吸ごとに、音が大きくなる。近い。

 鉄の扉が異様な力に負け、へし折れた。勢いよく、何かが床に落ちる。

「所長──」

 リーが嗚咽する。噛み千切られた所長の首だった。

 啜り泣く外良が信じ難い言葉をこぼした。

「彼の計画は、僕の存在を必要不可欠としていた──。

 ありがとう。ありがとう。世界を変えた。僕の推理が誰かの役に立った」


『何も生まない、無価値な仕事だよ』

『もういっそ──』


 無限に繰り返す無価値な推理に精神を磨耗した探偵は、何かを生むことに執着していた。そして、それを達成できるなら、という境地にまで。


 見えない触手がリーの脳に侵入し、撫でた。

 リーが最後に見たのは、無限の牢獄から解放され、歪んだ救済を幻視した外良の、恍惚とした顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無限館の殺人 真狩海斗 @nejimaga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画