無限館の殺人【解答編】
♾️
"エリア51"、1号館地下1階。
矯正処遇職員収容所に、探偵、リー、所長が到着する。
ガラス張りの独房が壁を埋め尽くしていた。各独房に、いずれも病的な白のパジャマを着た職員が手錠で拘束されていた。職務中の事故だろう。多くの職員の身体に欠損がある。
矯正処遇職員への医療は杜撰だった。死ねば補充するだけ。その思想が組織に蔓延していた。
その一角に、ハワードは居た。
頭は荒廃した原野のように禿げ、繁殖するカビの如く不潔な髭と足せば丁度よく思えた。白眼を大きく剥き、口からは涎が垂れ続けている。
明らかに、精神に支障をきたしていた。
ハワードを暫し眺め、
「フィリップスを殺害した犯人、それは──」
右腕が力なく持ち上がる。幾度も繰り返し、見せ物と化した動作をまた演じる。
「それは貴方だ」
長く、骨張った人差し指が伸びる。ハワードを指していた。
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所長が早くも、処刑用の銃に手を伸ばす。一件落着の気配に、口がにぃと開き、頬の食べカスが緩やかに上がる。リーに調書の作成を命じた。
ハワードは天井を見つめたまま、変化を見せない。
「先ず、殺害方法から──」
探偵は所長から目を逸らし、推理を続けた。役目を無心で全うする。
「当時、"無限館"にはハワード、フィリップス以外の入室者は居らず、所謂"密室"状態だった。
仮説は3つ。①ハワードの犯行、②フィリップスの自殺、③他の怪異の干渉」
探偵が指を3本立てる。重い火傷により、皮膚は引き攣っていた。
「フィリップスの死体は背中を切り裂かれていた。頭部に装着されたカメラにも同様の動作の記録はない。②はない。
また、"エリア51"収容中の
リーがPCを叩く音が、簡素に響く。所長が胸を撫で下ろす。
「しかし、事件当時の彼の様子は館外のカメラに記録されています。彼が殺害することも不可能に思えますが」
念の為の確認だろう。所長の丸く膨らんだ指が銃を擦る。
『錯乱状態のハワードが内部から"無限館"の扉を開く。常軌を逸した大声を張り上げ、握った右手を一心不乱に振り回す様子が、館外に設置された監視カメラに鮮明に記録されていた。上記の動作中、ハワードは「何かがそこにいる」かのように上空を凝視し続けていた』
「たしかに映像のハワードに殺害は不可能だ。だが、これは"最初の部屋"のハワードの場合──」
探偵が周囲を見渡す。
「"無限館"では、ある部屋の事象は全ての部屋に反映される。つまり、"最初の部屋"のハワードの動きは、奥の無限の部屋のハワードと連動する。
ひとつ奥のハワードなら、フィリップスを殺害できる」
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「映像のハワードは凶器を持っていません。右拳で斬殺できますかね?」
所長が問う。
「いや、ハワードは包丁を握っていた。カメラに映っていないだけだ」
「映っていないだけ?」
「"無限館"の包丁は館外に出ると消滅する。林檎と同じだ」
『①"最初の部屋"から林檎を持った探偵が館外へと出る。この時点で①の探偵が持つ林檎は消滅する。
②同時に、無限の部屋から"最初の部屋"へと林檎だけが入ってくる。』
リーが異を唱えた。
「腕が館外に出れば、館内の腕は消えます。切り裂く動きはできないのでは?」
「林檎のときは腕ごと館外に出たから、落下した。ハワードの腕は館内に留まっていた。
包丁の刃だけを館外に出したんだ」
リーの脳内で、ハワードが振り回す腕と連動して、刃だけが背後からフィリップスを裂く画が浮かぶ。
「柄は握って隠す。刃は消滅してカメラに映らない。さらに、万が一にも刃が映り込まないよう、犯行中は上空を凝視する」
ハワードの眼がぴくりと動く。
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「次に動機だが──」
探偵の話を遮るように、所長の丸い指が忙しなく動き、弾丸を摘む。
「動機はいいでしょう?
連続殺人犯リチャード・チェイスは、被害者を選ぶ基準として『ドアが開いていたから』と述べています。頭のおかしい狂信者だ。どうせ理解できませんよ」
探偵が手を広げ、制止した。
「そう。ハワードは狂信者だ。ところで、気になる怪異があった」
『ある島で邪神と崇められる"怪物"による精神干渉及び発狂』
「ハワードは、この邪神の信徒だったんじゃないか?」
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「仰る通り。怪物に歪んだ救済を幻視した、異教徒の狂人です。合衆国に無数にいる異教徒のひとりに過ぎません。それが?」
所長が人差し指を引き金にかけ、かちかちと音を立てる。
「"エリア51"は国家機密の塊だ。職員ですら全容を把握していない」
『通常は、職員ですら館内の自由な往来を禁じられていた』
「ただひとり──。真相を解明すべく、捜査を依頼された僕を除いて」
『部外者の探偵に歩き回らせて』
探偵の眼が強く、ハワードを捉える。
「常軌を逸した大声や、虚空への注視は、発狂を装う演技でもあったんだろう?
探偵は全ての可能性を検討する仕事だ。当然、精神干渉する"怪物"の関与も検討する」
ハワードの眼球がぎゅるりと回転する。時間をかけ、焦点がゆるりと定まる。青い瞳に、黒い火花が宿っていた。
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演技をやめたハワードが、初めて口を開く。
「面白い推理だ、探偵さん。仮にそうだとして、俺の動機はなんだ?捜査を混乱させることか?
地の底を這うような、粘り気のある声だった。長い舌が揺れている。
「あの怪物の関与はない。事件発生時は、3号館地下7階に収監されていた。あの怪物に異変がなかったことは監視を担当する職員から聴取済みだ。
僕自身、現地に行き、警備が万全であることを確認している」
ハワードの眼が横に細く伸び、蛇の如き笑顔へと形を変える。探偵の言葉が続く。
「──とでも、僕から言葉を引き出すのが目的だったか?怪物の居場所を探ろうとした。それが動機だ」
ハワードの舌が、ぴたりと止まった。固まる異教徒の耳に、リーの高い声が届く。
「ちなみにですが、探偵が捜査をした
異教徒の舌の先端から、大粒の唾液が落ちる。唾液の水泡は床に落ちると、ぼたりという音を立てて、割れた。
「全て無意味なのさ、ハワード」
瞼を閉じた外良が、自らを納得させるように、首を横に振る。所長が拳銃のセーフティを外す。かちゃという軽い音が無機質に鳴った。
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