【三文夜話】トイレの神さまの怨み節

神崎 小太郎

全一話 三ヶ月目の呪い

 皆さま、今宵もお集まりいただき、誠にありがとうございます。


 さて、私こと、うつつで評判を呼ぶ講談師・夢枕怨之助が、闇の底より語り起こす三文夜話の始まりでございます。パタリと扇子の音が、静寂を裂いて高座に響く。


 ここは講談の場、銭なんぞは結構、ただ黙って聞いておくれ。


 👻👻👻👻


 演目は『トイレの神さまの怨み節』🕯️


 山あいの古びた民家に、ひとりの老婆が住んでおりました。


 愛する孫たちも訪ねてこず、テレビは砂嵐の映し絵。話し相手と申しますれば、夜毎きしむ床板と、月明かりに揺れる障子のみでございます。


 さて、そんなある日のこと。


 長きにわたり使い込んだ、用を足すごとに「ぽっとん」と鳴り響くしつらいが「パキン!」と甲高い音を立てて割れ申した。老婆はやむなく町の業者へ電話をかけますと、やって来たのは口数少なき、ひげ面の男。


 便器の脇にこびりついた年季の汚れを見ても、眉ひとつ動かさず、黙々と新品に交換いたします。


「さて婆さん、これでよかろう。山奥の一軒家まで参りましてございます。修理代は五十万、保証は三か月。なにせトイレが使えぬとなりゃ命にかかわる……おや、まだ御不満でも?」


「高すぎるわ……へそくり全部飛んでしもうた……」


 老婆は財布の底をじっと見つめながらも、渋々支払うのでございました。


 そして三月後、夜も更けた丑三つ時。トイレの中から、「ガタガタ……ギィ……」と不気味な音が響きます。老婆は震える足を引きずり、そろりそろりと扉を開ける。


 誰もおらぬ。ただ便器の一部にヒビが入り、水面に浮かぶ一枚の紙に、墨でこう記されておりました。


「怨み」


「うちに長年棲みついとる、きれい好きなトイレの神さまが……また機嫌を損ねたんかのう……」


 保証書を引っ張り出し、業者に電話をかけるも、何度かけても応答なし。十三度目にようやく男が出る。


「三か月ぴったりで壊れたんや! どないしてくれるんや!」


「保証は切れてます。修理は可能ですが、また費用がかかりますよ?」


「なら役場に訴えてやる!」


 その晩、男は再び老婆の家に現れました。

 修理を終えると、今度は三十万円の請求書を差し出す。


 ――ところがでございます。

 婆さんがなけなしの財布を開こうとした、その刹那。男、ふいと顔色を変え、青ざめたかと思うや、たちまち踵を返し、脱兎のごとく逃げ出したのでございます。


 トイレから、また「ガタガタ、ギィ……」と音がしたのです。


 逃げ去る男の背を見送りながら、老婆は便器に向かってそっと呟きました。


「これからは毎日綺麗に掃除するから……どうかおとなしくしてな……」


 その夜から、トイレは静かになりました。

 ただ便器の水面にうっすらと浮かぶ墨の跡だけが、神さまのご機嫌を物語っていたのでございます。


 しかし、翌朝、その墨跡は夜露ににじんでおりました。覗き込んだ老婆は、息を呑む。そこには、こう記されていたのです。


「まだ足りぬ!!」


 その筆跡は、昨夜よりも深く、湿り気を帯び、鉄さびの匂いがいたしました。

 

 「ひぃっ…!」


 老婆は震える手で、その紙をそっと持ち上げて裏返す。そこには、赤黒い、まるで血のような文字でこう記されていた。


「オマエノヘソクリダ」


 老婆は慌てふためき、神棚から五円玉入りの塩瓶を持ち寄り、「これで、どうかご勘弁を……」と神さまに頭を低く低く下げたのでございます。



 👻🩶👻🌕👻🍂【終幕】👻🩶👻🌕👻🍂


 夏嵐が吹きすさび、蒸し暑き日々が続いておりますが、お盆のひととき、どうぞ怪談話の三文の徳とともに、涼やかにお過ごしくだされ。


 皆さまの胸に浮かぶままの思い、コメントにてお聞かせいただけましたら、語り部冥利に尽きまする。


 さて、怪談はこれで終わりでございます。ですが、くれぐれもご注意くだされ。古きもの、そして高価なるものには、見えぬ「保証料」がつきものでございます。


 それでは、また丑三つ時に地獄の一丁目でお目にかかりましょう……もっとも、皆さまのへそくりが、無事であれば、の話ですがな。


 さらばじゃ、ドロン。風の音だけをそっと残して……




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