犬小屋による日本の歴史
伊藤優作
犬小屋による日本の歴史
「どうして昔のひとは焼け野原を耐えられたんだと思う?」
「さあ」
「みんなの焼け野原だったからさ」
そしてタワマンと駐車場があった。
垂直方向のチキンレースであるタワマンと、水平方向に繁茂する駐車場は、彼らの足元が焼け野原だったころを知らない。知ってどうなるものでもないのだが。
焼け野原を知らない佐藤はリサイクルショップで小さな犬小屋を買った。佐藤は犬を飼ったことがない。わたしは途中でスーパーに寄り、手持ち花火のセットと火の用意をした。もちろんわたしも焼け野原を知らなかった。
ふたりで川の方へ歩いていった。少なくとも川へ向かおうとしていた。何本もの電車と、数え切れないほどの自動車が走り去る音が聞こえた。天気が悪ければ飛行機の音も聞こえたかもしれない。その間ずっと犬小屋の中身は空っぽだった。日に焼けて薄くなった屋根の赤いペンキはところどころ剥げ落ちていた。
日はすっかり落ちて、川はあった。そこには駐車場もタワマンもなかった。夏には大きな花火大会があって、チケットを買わないと河川敷に座ることができなくなる。
わたしたちはぐったりしていた。歩きすぎたのだ。
佐藤が岸辺に投げ出した犬小屋のなかへ、わたしはありったけの手持ち花火を放り込むと、そのへんに生えていた草の中からいいのを見つけて、先端に火をつけた。
犬小屋の中はにわかにやかましくなったが、すぐに橋桁の上を通り過ぎる電車の音にかき消された。炎は花火の量を考えればおそろしいほどにささやかなものだった。もしかしたら着地したときに触れた川の水のせいで火の巡りが悪くなったのかもしれない。佐藤は犬を飼ったことがなかったので犬は一匹も死ななかった。街灯や自動車のフロントライトに照らされていても、やっぱり屋根のペンキは剥げ落ちたままだった。
犬小屋による日本の歴史 伊藤優作 @Itou_Cocoon
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