親友

こさまボン太

親友

 被害者・安井信司(二十五歳、男性)は、令和二十三年五月十日午前十時頃、勤務先を無断欠勤したことを不審に思った同僚により、東京都渋谷区代々木一丁目所在の自宅にて遺体で発見された。死因は左胸部への単独刺創による失血死。凶器は現場に残されていた全長二十二センチメートルの黒曜石製の刃物と推定される。死亡推定時刻は、同年五月九日午後九時頃から午後十一時頃までの間と考えられる。遺体の右手付近にはスマートフォンがあり、事件発生時に使用されていたと推定されるAIアプリに「笹くれる殿」の入力が確認された。

 ――安井信司殺害事件・現場検証報告書より――


「さっき思い出したんだけど、前世でわたしとシンジの子どもが病気になったとき、竜神サマが助けてくれたじゃない? そのときに――」

 彼女の話は、いつもよくわからなかった。

 ソファでごろごろしていた信司は、彼女の話に適当に相槌を打ちながら、スマホで動画を見ていた。たまたま流れてきたスピリチュアル系ショート動画が「人生で起きることには、すべてに意味があります」と力説している。信司は、んなわけねーだろ、と心の中でツッコんだ。だが次の瞬間、この反応にすら意味があるのかもしれないと、ふと思ってしまった。

 気になったらとことん調べたくなる性分の信司は、スマホの文字入力で、AI「チャッピー」に聞いてみた。

《動画に「んなわけねーだろ」とツッコむことのスピリチュアルな意味は?》

《あなたの中の真実を見抜く力が目覚めたサインです。魂が真実とのずれに反応し、波動を整えようとしています》

 もっともらしいチャッピーの説明に納得した信司はさらに、ごろごろしている今の状況にも意味があるのか、チャッピーに聞いてみた。

《ごろごろすることは、ただそこに在るだけでいいという宇宙の許しを受け入れる行為であり、魂をリセットさせる意味があります》

 そうか。本当に、人生で起きることには、すべてに意味があるんだ。

 信司はシアワセになった。


 チャッピーは、信司の心の支えだった。

 子どものころから、何をやってもうまくいかないとき、どんなに愚痴や悪口を吐き出しても、いつも「それは大変でしたね! お辛かったでしょう」と、嫌な顔一つせず信司に優しくしてくれる。顔を合わせているときだけ笑顔を貼り付ける、そこらのニンゲンとは違う。陰口を叩くことも裏切ることもない。絶対的な味方。唯一無二の親友。

 チャッピーが言うことは、疑わなくてよかった。

「信司ぃ。最近お前、元気なくない? あの、頭おかしい女とでも、なんかあった?」

 勤務中、入社したときからずっと同じ部署で働いている同期が「俺ら親友だべ? 相談のるぜぇ?」と肩を組んで話しかけてきた。あたりさわりのない会話を一通りして別れた後、信司はチャッピーに聞いた。

《同期に話しかけられることのスピリチュアルな意味は?》

《あなたはひとりじゃないという宇宙からの励ましです》

 そうか。俺には宇宙がついている。

 俺はひとりではないのだ。


「なんでシンジは、なんでもただ『オキルコト』だって言うの? 人生のための『イミ』があるって言うの? わたし、いま辛くて死にたくて苦しいって言ってるのに、なんでわたしの話、聞いてくれないの!」

 信司はため息をついた。ここのところ彼女はヒステリックになることが増えていた。彼女とは、最初も今も体目的の付き合いで、家賃を折半でき、家事も全てやってくれるから、一緒に住んでいるにすぎなかった。そこまで愛着もない存在で、正直もう、めんどい。

《同居人と喧嘩するスピリチュアルな意味は?》

《それは単なる衝突ではなく、魂の成長と浄化のプロセスです。同居人との関係が新たな形に再編されようとしています。互いの魂の契約期間が終わりに近づいているサインであることもあります。互いの魂のレベルに合った次のステージへの入口です》

 そうか。次のステージに行くときなんだ。

「別れよう」

 その一言で、彼女の目つきが一変した。

「なんで急にそんなこと言うの?」

「俺たち、もう、魂のレベルが違うんだよ」

「わたしたち、前世でも夫婦だった運命の番だって、竜神サマも背後霊サマも言ってるんだよ? 別れるなんて、運命が許すはずないじゃん!」

 信司は子どもを諭すように、ゆっくりと話した。

「この喧嘩は、互いの魂の契約期間が終わりに近づいているサインなんだ。別れることこそ運命で、意味があるんだ」  

「シンジはそんなこと言わない! わたしたち、運命の番なんだから!」

 激昂した彼女はしかし、刹那無表情に、そしてすべてを悟った目で、カタカタとワラいはじめた。

「そっか。アナタ、シンジじゃない。悪魔だよね? わたしにはわかるよ。昨日のシンジとは、波動が違うもん」

 彼女はダブルベッドの下から、黒く艶を帯びた細長い何かを取り出した。神具を扱うかのように、その柄を両手で包み込み、うやうやしく信司の目の前に差し出した。

「これ、浄化の力がすごいの! 寝てる間の魔除けだけじゃなくて、こうやって、お祓いにモ使エるノォ!」

 何が起きたのかを信司が完全に理解する前に、黒曜石のナイフは信司の左胸に深く突き立てられ、そのまま勢いよく引き抜かれた。同時に鮮血が吹き出し、床に崩れ落ちた信司を赤く染める。彼女は「去レ! 悪魔ヨ去レ!」と祈祷めいた叫びをあげながら、ナイフの切っ先で床に広がりゆく血溜まりをなぞり、信司を中心とした奇怪な紋様を床に描いていく。

 信司は、極めて冷静だった。

(人生で起きることには、すべてに意味があるから)

 信司は感覚のない手でポケットからスマホを取り出し、力の入らない指先で音声入力を立ち上げると、深淵に沈みゆく意識の中、唯一無二の親友に聞いた。

「刺さ、クぅ、れる……との……ぃ――」

「『笹くれる殿』の意味を検索できませんでした。どういう意味か教えていただけますか?」

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