最後の手紙

すっぐ@障害年金FIRE

最後の手紙

机の引き出しの奥から、小さな封筒が出てきた。

差出人は、三か月前に亡くなった母だった。


病院から葬儀まで、すべてが嵐のように過ぎ去り、僕はまだ母を失った実感を持てずにいた。


そんなとき見つけた封筒の表には、母の柔らかな字で「拓へ」とだけ書かれていた。


封を開けると、便箋が一枚と、小さな鍵が入っていた。




「拓、これを読むころ、私はもうそばにいないでしょう。あなたに隠していたことがあります。

台所の棚の奥、小さな引き出しにこの鍵が合います。

開けてみてください。」




不安と好奇心が入り混じりながら、僕は台所へ向かった。言われた棚を探ると、古びた引き出しの奥に、小さな木箱があった。


鍵を差し込み、ゆっくりと回す。


中には、色あせた写真と、ぎっしり書き込まれた手帳が入っていた。写真には、小さな僕を抱いた母が笑っている。背景は知らない公園。


手帳を開くと、僕が生まれた日からの日記が始まっていた。




「初めて笑った日。初めて立った日。

幼稚園に行きたくないと泣いた日。」


一日、一日が短い言葉で綴られ、ページの端にはシミの跡があった。「今日は熱を出して心配で眠れなかった」

「仕事で遅くなり、顔を見られなかった。ごめんね」

「拓は怒るとすぐ黙ってしまう。誰に似たのかな」




読み進めるうちに、母がずっと僕を見て、気にかけてくれていたことが胸に迫った。

最後のページには、こう書かれていた。




「拓へ。あなたはもう大人だから、私は心配しすぎるのをやめます。

でも、これだけは覚えていてください。

あなたはずっと、私の誇りでした。」




視界が滲んで、文字が読めなくなった。

僕は木箱を胸に抱えたまま、台所の床に座り込んだ。


その夜、窓の外では春の雨が降っていた。雨音の向こうで、母の声が聞こえた気がした。


「拓、ちゃんと食べて、ちゃんと笑ってね」




僕は小さくうなずき、涙をぬぐった。明日、この日記を一ページずつ読み返そうと思った。

母がくれた時間を、もう一度、胸に刻むために。

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